第2話 出発

ある男がバス車内で電話をしている。

「バスに乗った。でも、なんでこのバスなんだ?教えろ」

男はバスの席に蹲るようにして座っている。

『質問はしない契約だ。次の指示はまた連絡する。』ガチャ。

電話が切れた。

「お客様、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

添乗員が声をかけた。

「大丈夫だ!俺のことは気にしないでくれ。」

男の剣幕に添乗員が顔をしかめた。

「あ、すまない。…そっとしといてくれ。」

「わかりました。何かお困りのことがございましたらお声かけください。」

添乗員は不審そうな顔をしてしばらく男を見ていたが、受付に戻った。


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バスツアー当日。

僕たちはバスの集合場所に集まって受付を済ませ、バスに乗り込んだ。

大型バスでツアー客は大体30人ほど。バス席も10席程の空席があり、満席ではなかった。


今回は一泊のツアーで東京駅を出発して首都高に乗り一路熱海へとバスは進んでいく。

車内ではママとモモちゃんがお菓子とつまみを僕らに配り、多少お酒も入って、テンション高めで楽しそうだ。

「バスにトイレがついてるのって、心強いわよね。お酒飲んでもトイレ我慢しなくていいんだもの。」

「でも、ママ。バスのトイレってすごく狭くてトイレしにくいわよ。」

「でも、ついてるだけで安心ってあるのよ~。モモちゃんももう少し歳をとればわかるようになるわよ。」


どうやら、ママは年齢を重ねてトイレが近くなってきているらしい。モモちゃんとママはバスのトイレで盛り上がっている。

僕らのバス席はちょうどバスの真ん中あたり。どうやら、明日は席替えがあるらしい。モモちゃんが明日は一番前がいいなぁ。なんて言ってた。

一番前が一番景色がいいみたいだ。

僕らは横並び左右に2席づつで着席している。並びは、モモちゃんとママ。僕と紫音。


「皆様。おはようございます。日頃はBETO観光をご愛顧いただき、また今回はこの『熱海温泉グルメ満喫一泊ツアー』にご参加いただき誠にありがとうございます。

今回、皆様のお供をさせていただきます乗務員は、まず運転手が小出。

二日間安全運転に努めます。

そしてわたくしが、添乗員の夏目と申します。二日間どうぞよろしくお願いいたします。」


添乗員の挨拶が始まった。20代前半だろうか。若くて小柄な真面目そうな女性の添乗員だ。運転手は乗車の際に添乗員と並んで一人一人にバスの前で挨拶をしてくれた、40代前半の人の好さそうな大柄な男性だ。

最近はバスガイドは観光ツアーに乗務しなくなってきているらしく、乗務員はこの二人なんだそうだ。


添乗員が旅程の説明を始めた。僕は旅程表を見てみた。東京を出発して今日はまず昼食場所に向かっているようだ。箱根までは一度、海老名サービスエリアで休憩をはさむとアナウンスが入る。時間調整かな。

海老名サービスエリアまでなら1時間足らずで着くだろう。


通路を挟んだ隣を見ると、ママとモモちゃんがガイドブックを見ながらキャッキャと盛り上がっている。

自由散策中にどのスイーツを食べに行くかで楽しそうだ。

反対のすぐ横を見ると紫音が少しウトウトし始めていた。

昨日は夜遅くまでゲームをしていたらしいから、寝不足なんだろう。

僕も少し欠伸が出てきた。海老名の休憩まで少し眠ることにしよう。


「皆様、お待たせいたしました。海老名サービスエリアに到着です。

本日のご昼食は、少し早めのご用意となりますので、ご案内いたします。

こちらで少し時間調整の休憩時間をお取りいたします。出発時間は10時20分を予定しております。約30分ほどお時間がございますので、御用等をお済ませくださいませ。」


添乗員のその声で、僕は目が覚めた。海老名サービスエリアに到着したらしい。海老名サービスエリアは結構広いサービスエリアだ。

「紫音、迅君!さぁ、行くわよ。海老名サービスエリアの名物は、色々ありそうだけど、この後お昼なのよね~。

一口肉まんとかあるみたいよ~。早速行くわよ!!」

ママはルンルンでバスを降りていく。その後をモモちゃんが待って~と追いかけて行く。

パワフルだなぁと感心していると、ふと僕の横を知っている匂いが通った。ん?なんかこの匂い嗅いだことあるなぁ。

「迅、トイレ行こうぜ。」

紫音が僕の後ろから声をかけてきた。

「あぁ、うん。」

紫音と連れ立ってトイレに向かった。

トイレを済ませて手洗いで手を洗っていると、またさっきの匂いがした。

匂いのほうを見ると、すぐ隣で手を洗っている男の横顔がどこかで見たことのある顔だった。変装をしているけどこの横顔とこの手は、そう岸くんだ!

「え?岸くん?」

僕が声をかけると、

「しっ!!ちょっと来て。」

びっくりする僕と紫音を連れて岸くんはトイレから出て人気のないところまで移動した。

「あの熱海ツアーのバスに乗ってるんだろ?俺も乗ってるんだよ。」

岸くんが言った。

「ママとモモちゃんまでいるしさ。まじで焦ったんだけど。

詳しくは言えないけど事件なんだよ。だからさ、ママとモモちゃんにはわからないようにしててよ。」

「事件って?」

紫音が聞いた。

「んーほんとは言ったらだめなんだけどな。乗務員にも言ってないんだけどな。…でも、そうだな。

誘拐なんだよ。ある会社のご令嬢が誘拐されてて。その身代金の受け渡しをこのツアーバスを指定してきたんだよ。

俺は覆面で参加中だから、絶対喋るなよ。じゃ、俺戻るから。絶対喋るなよ。」

そういって岸くんはバスに戻っていった。


「誘拐って、物騒だな。それにしてもツアーバスで現金受け渡しってどうやるつもりなんだよ。」

僕は首をかしげながら言うと、

「ルートが決まっているから、どうしても自由が利かないし警察側も警備しやすくなるから不利だと思うんだけどな。なにか理由があるのか。」

紫音も不可解だといいながら首をかしげる。


「ま、とりあえずこの旅行が無事に終わればいいんだけどな。」

僕は独り言ちた。








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バスツアージャック事件 KPenguin5 (筆吟🐧) @Aipenguin

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