再編

 小岩井うさぎの朝は早い。

 毎日七時に勤務する聖應大学の准教授以上の教員にのみ与えられる個人研究室に入り、授業開始の九時まで自分が受け持つ講義の予習や論文の下調べをしつつ、病院で自分が受け持った患者記録のチェックをする。原則として個人情報は持ち出し禁止だが「特殊」なセラピストの彼女には特別に許可されている。ましてや昨夜はへヴィな【狼少女】と一晩中ハードなレズセよりももっと濃厚な猟奇的セラピーを営んだのだ。熱々のシャワーを浴びて一時間ほどソファに横になったもののお風呂場の頑固なカビ汚れのようにこびり付いた眠気も疲労も完全に取れるわけもなく、それでも次回のセラピーに向けていまから万全を期して備えておかねばならない。

 唯一の救いは静けさ。

 学生はもちろん、同僚の教員も研究室の室員もまだ出勤していない。

 人類消滅後ポストアポの地上カリプの楽園スナウ

 そんな終末ワードを想起させるストレスフリーな朝のひと時はメンタル的にもフィジカル的にも癒し作用としては最適な時間だったはず。

 そう、そのはずだった。




「おはようございます、先生❤」


 施錠していたはずの研究室の扉をなんなく合鍵で開き、入室の許可も出ないまま当然のように入室する少女。

 この春大学院に進学することが決まっている少女は、指導教員である彼女の許可も取らずに光の速さで机の極秘資料を手に取るなり固有結界を展開し熟読吟味する。

 この子には常識をいくら説いても無駄。

 二年間の卒業論文ゼミで懇切丁寧に指導を重ねた結果そんな育児放棄にも等しい結論に達せざるを得なかったが、それでも彼女の心理学に対する情熱と臨床現場に欠かせない直感スキルは紛れもなく本物だったし、だからこそ大学院入試の点数がボーダーギリギリだったのにも関わらず試験委員会で彼女を強力に推薦したわけで。

 セラピストとしての資質に期待しているからであって、企業に就職して彼女と疎遠になるのが嫌だとか人目を忍ぶ禁断の師妹百合にもっと溺れたいとか黄金の指テクを駆使したバリタチレズセで彼女が涙目になるのを期待しているからとかでは決してない。

 本当ダヨ?


「……【狼少女】ちゃん、ですか」

「そうだよ」


 昨夜の記録に一通り目を通し固有結界を解除した少女はふう、とため息をついて


「いろいろ言いたいことはありますがひとつだけ」

「なに?」

「先生のどこが幼女なんですか?」

「それな」

「というかむしろ【狼少女】では?」

「ほんそれ」


 是非も無しといった体で肩をすくめてみせる。

 小岩井うさぎ。

 北欧の血が混じった銀髪碧眼のクォーターという天才セラピスト。

 中学生の頃にすでにほぼ現在と変わらぬ容貌および理想的なモデル体型を完成させて以来、その名で呼ばれたことは一度もない。

 なぜなら彼女の本質はその名の示す小動物とは真逆の、肉欲に塗れた肉食系の肉食獣にあったから。

 

「貴女はうさぎという名前を被ったオオカミね」


 いままで付き合ってきた女性たちから事後の悩ましい吐息と共にそう揶揄されてきたバリタチ狼の彼女にとって、(【狼少女】の言動を解析した限りにおいて)うさぎとして認識されたのは昨夜のセラピーがはじめてだったのかもしれない。

 しかもそれだけでなく。


「この子も【狼少女】というよりも大概幼女寄りですよね……」


 オオカミというよりうさぎ。

 オオカミという名を被ったうさぎ。

 【狼少女】の記録に添付された少女の写真。

 小柄で朱い目をした真っ白な肌の女の子。

 悪戯好きっぽいおしゃまな顔立ち。

 彼女の類推が正しければその容姿は昨夜【狼少女】が小岩井うさぎとして認識していたものと寸々違わずのものだった。


「貴女は『本当に』あいまいだ」

「もしかしたら自分と他人の区別さえもないのかもしれない」


 昨夜の診断に間違いはない。

 【狼少女】は自分の容姿を小岩井うさぎのそれとして錯覚していたのだ。

 鏡像段階の異常な幼子が鏡に映った自分の姿を疑いも無く「別人」と認識するように。


「……【狼少女】ちゃんって、ウチの大学病院で入院中なんですよね?」

「そうだよ」

「よくここまで妄想の翼を広げられたものですね。それについていける先生も大概ですが」

「まあね」

「イジメ、ですか?」

「ん」


 短く頷く。

 過去の凄惨なイジメを受けた結果、自ら築き上げた美しくも儚いガラス細工の妄想世界に逃げ込み、救われ、癒されてきた。

 その結果、彼女の言動は周囲から「嘘」と容赦なく判定され、さらにその傷を癒すため彼女が発した釈明という名の「電波」メッセージによりイジメはさらにエスカレートし、いつしか彼女のあだ名は【狼少女】となっていた。

 そんな心も体も傷だらけの【狼少女】を誰が責められよう。

 しかも、事態はそれだけでは終わらなかった。


「この子が通っていた学校ですよね?」

「……なにが?」

「無差別殺傷事件が起きたのって。確か『無敵の人』が交番の警察官から拳銃を奪って放課後の学校に侵入し、たまたま教室に居合わせたイジメっ子たちを全員射殺して【狼少女】は銃弾がこめかみを掠めたものの、奇跡的に一命を取り留めたっていう」

「……よく知っているね」

「ネットで見ました。自称当事者も紛れていましたけど、学生証とID曝した『神』もいましたから彼女の証言で」

「ふうん」


 面白くもなさそうな顔で彼女は冷蔵庫を開けると常備してある眠気覚ましの缶コーヒーを取り出し、弟子にはピーチネクターを手渡す。

 しばし沈黙。


「治りますか?」

「あん?」

「【狼少女】ちゃん。治りますか?」

「治る、というか治すよ。でなきゃ私のメンツが立たない」

「先生が立てるのは手の指だけでいいと思いますけど?」


 ぶほっ。


「……朝っぱらから下ネタぶっこむのやめていただけますかね?」

「ご指導ご鞭撻ご薫陶の賜物でーす」


 こいつは。

 べっ、と子供みたいに舌出して茶目っ気たっぷりな愛弟子に、お返しといわんばかりにピーチネクターの缶に口をつけるよりも早くくちびるを塞ぐ。

 無糖ブラックコーヒーのぬめりの染みついた舌を口腔に挿入して甘党の少女が涙目になるのを悪魔的な愉悦感と共にねっとりと観察しつつ。


「……この鬼!悪魔!バリタチオオカミ!!」

「最高の褒め言葉、ありがとう」


 新種のレズ狼みたいな呼び名にも余裕たっぷりで応えてせる。

 その余裕が面白くないのか、ごくごくごく、とピーチネクターを一気飲み。

 まるでくちづけの苦い余韻を果汁の甘みで相殺するかのように。

 そう思っていたら。


「【狼少女】ちゃんの残り香のする愛を頂戴したってうれしくないんですからね!」

「ぶっ」


 バレテーラ。

 ていうか昨夜の残り香がわかるってあんたの嗅覚どうなってんのよ。

 まさかの二代目【狼少女】?

 そんな質問返そうものなら激怒のガチレズビンタ喰らいそうなくらい、今の彼女は激おこしていて。


「セラピーの最中になにやってんですか、逆ラポールにでも襲われたんですかこの変態!」

「いや、これはあくまで治療の一環というか私ほどの天才は世間の常識に囚われないというか」

「でしたら不肖の一番弟子がその旨セラピスト倫理委員会にご報告しますから、そこで申し開きでもなさってくださいね」

「ちょっ」


 それはまずい。

 ガチでまずい。

 ただでさえセクハラ絡みの判定ハードルが下がりつつあるこのご時世そんな全力疾走でハードル全部なぎ倒したような我がセクハラ案件知られたらセラピスト倫理委員会はもちろん大学の教授会にも諮問にかけられ過去の罪状を尽く白日の下に晒され文字通りきれいさっぱり私という存在が抹消されてしまう。

 なんとか宥めようとするも日頃のセクハラ・モラハラで蓄積された怨念と羞恥心の火薬庫に火がついたのか彼女のお怒りは止まることを知らず。


「この鬼!悪魔!クレイジーサイコレズ!!」

「やめて」

「先生なんか免許はく奪されちゃえばいいんですよバーカ!」

「あ。ちょっと」


 やばい。

 ガチでやばい。

 人生終わった。

 所詮バリタチオオカミはニホンオオカミ同様絶滅するまで駆除されるべき害獣に過ぎないのか。明日から百合カフェ辺りでヒモとして養ってくれる都合のいい女を探さないと。

 そんな最低な未来予想図を思い描いていると。




「冗談です」

「え?」

「このやさしい弟子がそんなことするわけないじゃないですか?プロのセラピストなんですから本気と紙一重の冗談くらい見抜いてくださいね、先生❤」


 絶対嘘だ。

 ていうか本気と紙一重って。

 でもまあ、助かったのか。

 そんな安堵した刹那。


 ちゅっ。


 教え子のくちびるがこちらの艶やかなくちびるを雛鳥のように愛らしくついばむ。

 くっ。

 お返しのつもりか。

 ならこっちも。


「……先生、朝の講義があるんですから自重してくださいね?」

「わ、わかってます!」


 ふわっと舞うように距離を取られ、再反撃ならず。

 ちょっとムラっとしたのは事実だけど。

 心の中で涙目になっているのを見透かしたように、彼女は小悪魔っぽく思わせぶりにこう耳元にささやく。


「【狼少女】ちゃんの『気になるところ』が確認できたら後で連絡してください。お待ちしてますね❤」


 そういって退室。

 まったく心臓に悪い。

彼女の残り香に青酸ガスが桃の香りに似ていることを思い出しつつ、彼女が「気になるところ」についてすでに気づいていたことに驚かされる。

 そう。

 【狼少女】とのセラピーを通じ、彼女の記録を検証しているうちに些細だが確実な違和感を覚えざるを得なかった。

 一人の幼女が魔女からアイテムを貰って【狼少女】になり、次々と猟奇的殺人を繰り返す惨劇の物語。

そんな荒唐無稽なお話を誰が信じられようか。

 私も信じられなかった。

 心に傷を負った少女の救いの無い妄想。

 そんな常識という名のアスファルトで舗装された高速道路を飛び交う思考の高速自動車に乗りかけるも、人の歩みで人のココロを読むことに長けたセラピストはあわてて乗車拒否しすぐ傍の排水溝に隠された真理への隠し扉を発見する。


 これは彼女の妄想でなく現実に起こったことではないのか。

 だとするとすべての前提も仮説も大きく覆されることになる。

 まずは大学病院に連絡して早急に、今夜にでもセラピーを予約しなくては。

 研究室の固定電話で連絡を取ろうとするも、無言の保留音が無情に流れるのみ。

 あの子には24時間体制で早朝のいまも厳重な監視下に置かれているはずなのに。

 耳の裏筋からうなじにかけてつつ、と嫌な汗ひとすじ。

 嫌な予感が拭えない。

 そして嫌な予感というのは往々にして当たるものだ。

 そんな不吉な経験則を震源とした脳内地震によって頭蓋が半端なく揺さぶられることで、脳細胞の隙間から嫌な感じの髄液がちょろちょろと漏れ出す。

 そのくちゅくちゅと波打つ醜い波紋は気まぐれな息吹をもって蠕動し【狼少女】の話に出てきた魔女の相貌をとって現われる。

 口元にかすかに笑みを浮かべて。

 顎をくいと引き寄せ満足げにうなずく。

 ぞわり。

 畏怖の悪寒に震えつつ精一杯の威厳をもって訊ねる。




「だ、誰?」

魔女わたし人間あなたで【ウサギなた】は【狼少女わたし】」

「はい?」

「貴女はよくやった。まさか人の身で【狼少女】の真理の扉を開くことになるなんて思いもしなかった。感動」

「ちょっと」

「だからご褒美。ちょっとだけご褒美。ご褒美だけどお仕置き。感謝して」

「人の話を」

「聞かない。貴女は優秀なセラピスト。わずかなヒントでもこちらを攻略してしまう」

「それなら」

「だからお別れ。もうお別れ。永いお別れ」

「待って」

「待たない。待てない。さようなら。永遠にさようなら。魔女の【なり損ない】さん」







「……っつぅ!?」


 頭痛が痛い。

 二重に被る表現が日本語警察ホイホイ案件だとわかってはいてもそうとしか言い表しようのない耐え難い鈍痛。

 まるでついさっきまで人間の脳容量をも超過したおぞましい何かがハイジャックしてその残滓に頭脳が悲鳴をあげているみたいな。

 時計を見ると午前九時五十分。

 私が担当の共通科目「現代心理学」は一限の講義で開始時刻は午前九時半。

 完全に遅刻。

 やばい。

 いつもだったらあの子が迎えにきてくれるのに。

 今朝に限ってどういうことだろう。

 飲み終えた缶コーヒーを車いすバスケのワンハンドショットの要領でゴミ箱に沈め、立ち上がって研究室を出る。

 瞬時。

 異常に気づく。

 静かだ。

 静かすぎる。

 郊外の立地に建てられたとはいえ、夏の朝は外の蝉や小鳥のささやきに混じって校舎に蝟集する学生たちの喧騒や職員教員の話し声が大学キャンパス特有の無線BGMとして空気に紛れて流れてくるはず。

 なのに。

 この不自然な静けさは。




 文字通り文明消滅後ポストアポカリプスの遺跡を散策する未来人あるいは宇宙人のような心持ちで頭痛も忘れてひとりエレベーターに乗る。

 この世界にただひとり。

 『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の冒頭を思い出す。

 ブドウとか果物に嗅覚が敏感になったような錯覚を覚えつつ。


 二階で降りて無人の事務室と掲示板前を突っ切って俗に金魚鉢と呼ばれる学生たちの休憩所まで来ても誰とも会わない。

 あり得ない。

 教職員が集団ストでも起こさない限りは。

 自動人形のような無機質さでさらに教室へと歩みを進める。

 学生に人気のある共通科目がしばしば講義される大教室37564号室。

 小岩井うさぎ「現代心理学」も本来はここで行われるはずだった。

 しかし、扉を隔てて聞き耳を立ててもささやき声一つ、くしゃみ一つ、スマホの着信音さえ聞こえない。しかし、扉を隔てた向こう側には明らかに人だったものの残骸が、気配が、匂いが、終りが濃密に立ち込めている。

 扉の下を通じて床にはみ出た赤い水たまりに足を取られぬよう注意しつつ。

 禁断の扉を開く。








 詳細は割愛するが、現在この大教室には107人の学生が屍体となって着席している。





 107人。

 複数の大学で多数の講義を受け持っている小岩井うさぎにとって彼らの顔と名前を逐一暗記するのは非常に困難だ。しかし、奨学金を使って苦学したり退職後に教養を身に着けようとする高齢者層だったりあるいはコンビニバイトで慣れない日本語に悪戦苦闘しながら学費を稼いでいる外国人留学生だったりというお話は講義終了後の質問兼雑談タイムでよく耳にした。そんな彼らがいまや老若男女の区別なく人種民族の差別なく有象無象の識別なく皆一様に平等に首を切り取られ首なし胴体の両手はその首を胴体から解放されたことを祝福し万歳するような恰好で首の上はるか高く掲げ持っている。

 とびっきりの笑顔で。

 まるでこのパーティ会場に参加する招待客とキャンドル役を兼ねているかのように。

 パーティって。

 なら主催者は誰?




「先生」


 いた。

 それは主催者というより主役と呼ぶべき女の子。

 【狼少女】。

 病んだ花嫁。

 昨夜入院着の白衣だった彼女はいまやウェディングドレスという名の白無垢のお召し物を返り血だの臓物だの皮脂だの赤黒い世界地図のように染めて正気のままの狂気のままで何の憂いも衒いもなく静かに嫋やかにただただ微笑む。

 彼女はもはや【狼少女】ではない。

 これは――――。




「先生、受け取ってください」




 そういって後ろに向いた教壇の彼女から何かが放たれる。

 それは結婚式場の花嫁さんがよくやる恒例のブーケトス。

 しかし宙に舞ったそれは花束という可愛らしいものでなく。

 ついさっきまで私と愛を育んでいた女子だったものの残骸。

 眼球が眼孔からせり出して、舌も口からべろりと飛び出して、口の中にはフォアグラだか白子だかどろどろしたものがいっぱい詰まってて。

 私のくちびるに向かって脳漿だの髄液だの歯肉だのを小便の出が悪い中年男性みたいにあちこち撒き散らしつつゆっくりと放物線を描いて飛んでくる彼女を。

 なぜか身動き一つとれずにいた私は。

 まるで昨夜の【狼少女】と同じことの仕返しを受けたかのように――




 がしっ。




 ――ならなかった。

 さっきまでの頭蓋を襲った鈍痛が蘇り、刹那脳内電気信号が運動神経を通じて送信され腕の筋肉を動かし始球式のボールのようにしっかりとキャッチする。

 魔女が言ってた「ご褒美」ってこれ?


「よかったあ」


 耳に届いたのは安堵のため息。


「やっぱり先生はわたしを選んでくれたんですね」


 発情度マックスの潤んだ瞳と火照った頬を隠そうともせず、彼女は教壇から降り107体もの首なし胴体が無言の祝福をするなか血染めの裾を血染めの手に持って足早に駆けてくる。

 ひったくる様に私の手から彼女の首を奪い取ると瞬時に原子の塵へと還してしまう。

 これで108体目。

 煩悩の数と一緒。

 煩悩の数だけ人を殺めた【狼少女】は正気の光に目覚めることなく純粋な狂気の闇の底なし沼へと沈み、完全な純粋悪に染め上げた純白の衣を纏って不死鳥の如く蘇る。



 

 魔女の誕生。




 そう。

 これは。

 魔女の花嫁。

 魔女のなり損ないの花婿。

 そんな化け物二体の結婚式。

 小岩井うさぎがその事実を正気の脳で認識した途端。

 耳を聾さんばかりの膨大な拍手と莫大な喝采がそれまで平日の教会のように静謐だった大教室を不自然な大音響で満たす。

 見渡すと大教室の空間には遍く無数の目が感動の涙を流し遍く無数の口がけたたましく祝詞をあげ遍く無数の手がいくら叩いても痛くならない無言の拍手を送る。

 おそらく彼女が殺した学生たちの魂を虚数空間から遠隔操作しているのだろう。この大教室だけでなく大学キャンパスのいたる場所で無残な死を遂げた無辜な魂が輪廻転生のサイクルへと組み込まれる前に現世に屍体として留まることすら許されず強制飛び入りの参列客として招かれたのだろう。

 そんな狂気の宴に。

 私は立っている。

 魔女のなり損ないというろくでもない花婿として。

 そして魔女というもっとろくでもない花嫁はといえば。

 うさぎの外見を被った【狼少女】として。

 否。

 人の少女のかたちをとった魔女として。

 その人ならざる可憐にして妖艶な唇で。




 ちゅ。




 ゆっくりと人としての最後の息吹を、最後の時間を封じられる。

 昨夜の仕返しといわんばかりに艶めかしい甘露の一筋をつう、と引かせると。

 純然たる正気という名の純粋たる狂気の笑顔で。

 【狼少女】の罪の告白から魔女の愛の告白へと切り替えた口調で。

 迷いなく澱みなく。

 彼女は私の耳元に愛をささやく。






「先生、大好きです」

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狼少女の告白 黒砂糖 @kurozatou-oosajisanbai

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