理解されないことが意味不明すぎて

「……この扉、魔王様に言ったら直してくれるかな」


 部屋の前まで来た俺は、呟くようにそう言った。

 いや、だってさ、思いっきり横に切り裂かれてるし、覗こうと思ったら普通に中を覗けるぞ。いくら俺でも最低限のプライベートくらいは欲しいし、後で魔王に言いに行くか。

 娘のしたことなんだから、直してくれるだろ。多分。

 ……その時ついでにあの窓もエリーナのせいにして報告しておこうか。


 そう思いつつ、俺は自分の部屋の中に入った。

 そしてそのまま、ベッドに寝転がった。

 ……今更なんだけど、魔族の世界って風呂とかあるのかな。

 人間の世界じゃあ俺は権力やお金的にお風呂なんて入れなかったけど、魔族の世界なら強さで偉さが決まるだろうから、俺は結構偉い方だと思う。

 だからこそ、もしも魔族の世界にも風呂があるのなら、入ってみたい。

 これも後で魔王……いや、これはさっきのメイドの女性にでも聞こうかな。流石に魔王に聞くような内容では無いわ。


「どうぞー」


 そう思っていると、部屋の扉がノックされる音が聞こえたから、俺はそう言った。

 正直、エリーナだったらわざわざノックなんてしてこないと思うし、メイドの女性かな。


「失礼します」


 案の定、見覚えのあるメイドの女性がそう言って扉を開けて部屋の中に入ってきた。


「ん、何か用か?」


「はい、魔王様より伝言です。明日、もう一度玉座の間に来いとのことです。四天王の皆様も同時に召集されていますので、貴方様が魔王様の配下に加わったことを改めて紹介するのかもしれませんね」


「あ、うん。分かった」


 魔王の配下になるのってそういう感じなんだな。

 わざわざ紹介とかされるんだ。

 ……いや、四天王を全員倒した俺だからこその特別か? まぁ、なんでもいいか。


「では、私はこれで」


「あ、ちょっと待ってくれ」


「はい、何か御用でもありましたか?」


「用というより、あれだ。名前、聞いてもいいか?」


「…………魔王様の、ですか?」


「いや、この流れで魔王様の名前なわけないでしょ」


「……でしたら、誰のでしょうか?」


「あなたのですけど」


 なんか、敬語は魔王様以外に使わないって決めてたのに、名前を聞いてるだけなのにそれを理解されないことが意味不明すぎて思わず敬語を使ってしまったんだけど。


「……私の、ですか?」


 何故かメイドの女性は信じられない、といったような目で俺を見ながら、そう聞いてくる。


「だからそうだって言ってるだろ」


「…………」


「えっと、教えてくれないのか?」


「い、いえ、私の名前はルナ、です」


 別に変な名前じゃないな。

 ……なんで渋ってたんだ? まさか本気で自分の名前を聞かれてるってことが理解できてなかったのか?


「いい名前だな。これからよろしく、ルナ。……あ、ちなみに俺の名前はユリね」


「は、はい、ユリ様、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 なんかさっきより元気がある気がするけど、まぁいいや。

 どうせよろしくって言っても、俺の寿命的に後一年くらいだ。そこまで仲良くなんてなんてなれないだろうし、ルナのことを深く知ることも無理だろう。うん。別に気にしなくてもいいな。


「それでは、今度こそ、私は失礼させていただきますね。また何か私に用がある場合は、いつでも……はい、本当にいつでも、どんな事でも遠慮せずお呼びください。すぐに駆けつけます」


「あ、うん。何か用があれば直ぐに呼ぶけど、どうやって呼ぶんだ?」


 俺がそう聞くと、ルナは中指に嵌めていた指輪を突然取り外した。

 かと思うと、その指輪が突然紫っぽく光出して、何故か二つになった。


「こちらの指輪をユリ様に差し上げます。これに魔力を込めていただければ、すぐに私の指輪にも伝わりますので」


 そして、ルナはその二つなった方の片方を手渡してきて、もう一つの方は何故かさっきまで嵌めていた中指ではなく、左手の薬指に嵌めた。


 ……まぁ、深い意味は無いよな。

 これが人間社会の中なら絶対にそういう意味なんだろうけど、ここは魔族の世界だからな。

 特になんの意味もないんだろう。

 そもそも、今日会ったばかりなんだから、ここが人間社会だったんだとしても、深い意味は無かっただろうけど。

 俺がルナのことを口説いたりしたのならともかく、そんなこともしてないし、ありえないな。


「分かったよ。ありがとな」


 今日会ったばかりの俺に良くしてくれるルナにお礼を言いながら、俺は利き手の中指に指輪を嵌めた。


「……いえ、それでは、今日のところは失礼させていただきますね。もちろん、ユリ様のお呼びがあれば、直ぐに駆けつけますけどね」


「あ、うん。それじゃあ、またな」


 ルナは一礼をして、部屋を出ていった。

 なんか、心做しか少しルナの顔が残念そうな気がしたけど、まぁいいか。

 

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