名前
その辺を歩き回るつもりだったんだけど、流石にもうそんな気分にはなれないしな。
さっきまで腹に穴が空いてたんだ。当然だろ。
あの無駄に大きいベッドでゆっくりしよう。
そう思って、俺はどう考えても四天王より強い女の子を置いてその部屋を出た。
……うん。ここどこだ?
どっちに行けば俺の部屋に行けるのかすら分からないんだけど、どうしよう。
戻ってさっきの女の子に聞くか?
いや、いきなり殺そうとしてくるような相手だぞ? 絶対素直には教えてくれないし、ダメだな。
もう適当に歩いて、その辺で出会ったやつに聞こう。
流石にあんな四天王より強い奴がゴロゴロと居るとは思えないし、武器は持ってないけど、大丈夫だろ。
そう思って、俺は歩き出した。
……足音が俺のを含めて、二重に聞こえる。
「……何やってんだ」
後ろを振り向いて、俺はそう言った。
足音は何故か俺の後ろを黙って着いてきていたさっきの女の子だ。
「何って、ついて行ってるんだけど」
「そんなのは見たらわかる。なんで着いてきてるんだって話をしてるんだよ」
「お父さんに言われたでしょ?」
「何をだよ。と言うか、お前の父親と会ったことなんて……」
待てよ。よく考えてみよう。
今のところ俺が会ったことのある魔族は四天王にその配下の何人か。それとさっきのメイドと魔王だ。
……四天王の子供があんなに強いとは思えない。そして、さっきのメイドはそもそも女性だ。
ということは、消去法でコイツは……
「お前、まさかとは思うけど、魔王様の子供、なのか?」
「言ってなかった?」
「……言ってなかったも何も目が覚めた時に初めてお前の声を聞いたくらいなんだよこっちは。そんなこと聞いてないに決まってるだろ」
冗談がキツすぎる。
なんで俺は部屋を出てそうそうに魔王の娘に襲われてるんだよ。
と言うか、今になって考えてみれば気がつける要素はあったか。
四天王でもないのに、四天王以上に強いところとか、単純に血を使う技を使ってくる時点で魔王と同じ吸血鬼だってこととか。
「……」
そう思っていると、魔王の娘は黙って俺の事を見つめてくる。
なんだ? 俺の言葉遣いに気を悪くしたのか? 仮にそうなんだとしても、俺は言葉遣いを直す気は無いぞ。
だって俺、負けてないし。
別に負けず嫌いって訳では無いんだけど、もしもあの時俺が自分の命覚悟にコイツを殺す気だったら殺せてたし、引き分けだ引き分け。
うん。言葉を正す必要なんて無いな。
そもそも、武器を持ってたら勝ってたし。
……まぁ、そんなこと言わないけど。
余計なことを言って「じゃあもう一回やろう」とか言って攻撃を仕掛けられたくないし。
「そういえば、名前は? お父さんも色々あって聞いてなかったって言ってたし」
「え? あぁ、名前……名前か」
別に一年後には死んでるんだし、本名を言っても問題ないんだが、どうしようか。
「ユリだよ」
「なんか、女の子みたいな名前。ほんとに本名?」
失礼なやつだな。いや、別に本名じゃないからいいんだけどさ。
本名でも良かったんだけど、今日から俺は魔族の世界で新しい俺として生きていくんだ。新しい名前の方が気持ち的にもいいだろ。……多分。
新しい名前って言っても、本名から一文字消しただけの名前だけど。
「今日から本名なんだよ」
「ふーん。まぁ、いいや。よろしくね、ユリ」
「あぁ、よろしく。……それでなんだが、結局お前が着いてきてる理由はなんなんだ? と言うか、お前も自分の名前を言えよ。言ってくれないと、ずっとお前お前としか言えないからな?」
「名前、言ってなかったっけ?」
「だからお前の声を聞いたのもついさっきなんだよ。聞いてるわけないだろ」
「エリーナ。エリーでいいよ。改めてよろしく」
「あー、うん。よろしく。それでエリーナ、お前が着いてきてる理由はなんだ?」
「…………お父さんに監視役を付けるって言われてるはず。それが私」
「マジ?」
「うん」
……監視役がいること自体は全然いいんだけど、それがさっき俺の命を狙ってきた魔王の娘ってなるとかなり話が変わってくるんだけど?
魔王も魔王だぞ。なんで自分の娘を監視役になんて任命するんだよ。
「それで、ユリはどこに行くの?」
「自分の部屋だが」
「……そっちじゃないよ?」
「知ってる。こっちだろ?」
「違う。あっち」
「……よし、行くか」
「うん。それじゃあ、私はお父さんにユリの監視役になったことを言ってくるね。誰を監視役にするか困ってたみたいだから」
「あぁ、分かっ……ん? えっと、エリーナ? 何を言って……あっ、おい! ちょっと待てって!」
俺の言葉を聞かずに、エリーナは走り去ってしまった。
……お前、まだ俺の監視役じゃなかったのかよ。
……もういいや。今から追いかけてもエリーナを止められる気がしないし、諦めて部屋に戻ろう。
幸い、部屋の位置というか、方向はエリーナのおかげで分かったしな。
……部屋の位置が分からなくなったのもエリーナのおかげなんだけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます