余命一年

 それは、男が魔王の配下になる少し前の話。


 その男は傍から見れば普通だった。

 友達が多いわけでも、少ないわけでもなく、どこにでも居る王城の騎士の指導役として働く普通の男だった。


 ただ、犯罪を犯そうとしたことがないのか? と聞かれれば、素直に首を縦に振ることは出来なかった。

 理由としては単純だ。

 犯罪を犯そうとしたことがあるからだ。

 

 ならば何故、その犯罪を犯さず、今も普通に生きているのか。

 それは、まだ男が23歳と若かったからだ。

 まだ人生は長い。だと言うのに、犯罪なんて犯して、誰かに追われ、命を狙われる人生なんて嫌だったからだ。

 そんな人生を送るくらいなら、このまま普通に生きて、普通に幸せを掴んで、普通に死ぬほうが楽しいと思った。だから、犯罪なんて犯さなかった。

 

 だったら、もしもそう考えた時のその男が若くなかったのなら? 例えば、60代後半……いや、50代後半の老人であったのならば? 答えは簡単だ。

 意気揚々として、犯罪に手をかけただろう。

 どうせ残り少ない人生なんだ。

 好きに生きよう。楽しく生きよう。自分のやりたいように生きよう。

 そう思ったはずだ。


 


 そんなこんなで、相変わらず男は普通に生きていた。

 ただ、突然、その男にとっての分岐点が訪れた。

 

「がはっ」


「大丈夫ですか!?」


 いつも通り、新人を指導していた時の事だった。

 その男は突然血を吐き、その場に蹲った。

 男は以外にも慕われていた。

 だからかは分からないが、周りのみんなに連れられ、直ぐに王城に待機している治癒士や医師の元へ運ばれた。


「あなたの余命は残り一年です」


 色々と体を見られた結果、言われた言葉はそんな言葉だった。

 男の中で何かが崩れ落ちた。

 もう立て直すのは不可能なくらいに、崩れ落ちた。


「……冗談だろう?」


「いえ、本当です」


「昨日までは体に違和感なんて無かったんだぞ? 治せないのか?」


「……残念ながら」


「……そうか。……分かった。今日のところは、これで失礼する」


「お、お気を確かに持ってください。一年しかないとはいえ、あなた程の実力者ならば、歴史に名を残すような何かができるはずです!」


 ……歴史? 歴史に名を残したって、なんになるって言うんだ。

 死は死だ。死ねば、終わりだ。どんな偉人であれ、みんな死んでいる。終わっているんだ。

 尊敬はしてる。すごいとも思ってる。……それでも、残り一年しかない時間でそんなものになろうとは思えなかった。

 どうせなら俺は……


「ユーリ、大丈夫だったのか?」


「ん? あぁ、リユウか」


 俺の同僚で、たまに一緒に飲みに行くくらいの友達だ。

 今はまだ仕事中のはずなんだが、なんでこんなところにいるんだ?


「お前が血を吐いたって聞いてな。心配で来たんだよ。それで、顔色が悪いが、大丈夫なのか?」


「そうか。……例えばの話なんだが、リユウは余命一年だと言われたら、どうする?」


「……そう、だな。俺はユーリみたいに強い訳じゃなく、本当に普通の男だから、何も出来ない。だからこそ、いつも通り日常を生きていくと思うぞ」


「……そうか」


「もしも、もしも今の話が例え話なんかじゃなく、ユーリ自身の話なんだとしたら、好きに生きたらいいんじゃないか? お前、俺と違ってこの仕事、別に好きでやってる訳じゃないだろ」


「……好きに生きる、ね。……まぁ、確かに、どうせ後一年しか生きられないんだもんな。……リユウ、ありがとう。俺は、歴史にでも名を刻んで見ようと思うよ」


「お、元気が出てきたな。頑張れよ。何をして歴史に名を刻もうと思っているのかは知らないが、お前なら出来るさ」


 別に、歴史に名を刻むっていうのは、何も偉人になるってだけじゃないもんな。

 俺は好きなように生きる。そのために、魔王の配下になろう。

 俺は一生後ろ指を刺され続けるだろうが、どうせあと一年なんだ。

 俺が死んだ後にいくら罵倒を受けようが、どうでもいい。


「じゃあ、リユウ。もう会うことが無いように祈るよ」


「なんだよ、冷たいな? 俺はまた会えることを願ってるよ」


 いや、会わない方がいいと思うぞ? もしも次に会う時があれば、敵同士だろうからな。

 

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