第10話 マウス・トゥー・アビス Ⅲ
ウサギと図書館に向かう最中に厄介な事態となった。僕とウサギの前には桜が立ちはだかっている。
「壱成! お小遣い貰ったでしょう?」
「う、うん。それがどうしたの?」
「出しなよ!」
「イ、イヤだよ!」
桜が僕のポケットに手を突っ込み、力尽くで財布を奪おうとする。必死に応戦するが僕と桜では体格差がある。腕力で桜に勝つことはできない。
「桜! やめて! イチが嫌がってるでしょ!」
「私の物は私の物。兄の物は妹の物よ」
「そんなことあるわけないでしょ!」
「そんなことあるの。ウチの家族は!」
桜と取っ組み合ったまま、しばらく
このままじゃ、
続けるのか? 続けてどうなるんだ?
今、優先するモノはなんだろう?
「桜、ギブアップ」
「なによ。それなら早く出しなさいよ」
「……イチ」
「いいよ。今はウサギとの時間の方が大事だから」
桜に財布ごと渡す。
財布を受け取った桜は小さく震えていた。
「なによ! これじゃ、私が悪物じゃない!!」
「……誰がみても悪物でしょ」
俺の代わりにウサギが事実を告げると桜はどこかへと走って行った。
追いかけるべきか?
いや、今、ウサギを選んだばかりじゃないか。
「……イチ」
「行こう。図書館へ」
「う、うん。」
図書館に着いてからはいつものように宿題をしながらウサギの話を聞く。二年前からウサギとは毎月一度は互いに近況報告をする約束をなっていたからだ。
「で、イチからは何か質問はないの?」
「ウサギは何でも知ってるね。どうして?」
「何でもは知らないわよ。年上だからってだけ」
ウサギは俺と桜より歳が一つ上になる。
幼稚園の頃にウサギと出会った。
一年後、小学校の入学式で再会したのだが、なぜか同じ新入生として彼女は席に座っていた。
それに彼女は僕が知っているウサギではなくなっていた。見た目もそうだが、一番驚いたのは中身はまるで別人だった。
出会った頃のウサギは無口でたまにしか喋らない大人しい少女だったが、再会した時は明るく笑顔が似合うおしゃべりな女の子になっていた。
「小学生になるまでの一年間は何をしてたの?」
「う〜ん。主にお化粧の勉強かな?」
「お化粧?」
「そ。大事な大事なお勉強」
意味がわからなかった。
お化粧の為に小学校を休むことなんてあり得るのだろうか。桜が母の化粧品を無断で使って、怒られている姿は見た記憶が頭を過ぎった。
「じゃあ、お化粧の勉強の為に休んだの?」
「う〜ん。理由はもう一つあるの」
「もう一つ?」
「イチの姉であり、妹であり、同級生になる為」
更に意味がわからない発言に僕はただただ口元に手を当て首を傾げるしかなかった。そんな僕をウサギは笑顔で見つめている。
「どういう意味?」
「そうね。私は……、完璧になりたいんだよ」
「余計に意味がわからないよ」
「今はそれでいいよ。きっといつかはわかるから」
ウサギのその言葉に何故だかわからないが、自分の胸の奥でモヤモヤした感情が生まれた。言葉にできない感覚は不安だからだろうか。それとも他の感情なのだろうか。
その後も夏休みの宿題をしながら色んな話をした。家族のこと、友達とのこと、いつの間にかさっきのモヤモヤした感情は何処かへと消え去っていた。
夕方になり門限が迫った為、ウサギを家まで送って行くことにした。帰り道も二人の会話は続いた。
「イチは大変だね」
「桜のこと?」
「うん。だから私は出来るだけいい妹になるわ」
ウサギが僕の妹になったのは幼稚園の頃。
正直なところ記憶があやふやではあるが、ある日、突然にウサギの両親が我が家に訪ねて来た。
ウサギの母と父はうちの両親に頭を下げて、泣きながらお礼を言っていたことを覚えている。ウサギに初めてできた友達が僕達兄妹だったからだ。
たぶん『これからも仲良くして欲しい』と言う内容だったと思う。その時に父に言われた言葉は、今でも胸に残っている。
「壱成。楓ちゃんを守ってやりなさい」
「わかった。なら桜と同じだね」
「あぁ、そうだ。妹のフォローは?」
「兄の仕事!」
父と指切りをして、ウサギにはこう告げた。
「ウサギは今日から僕の妹だ。よろしく!」
「……う、うん。……よ、よろし…く」
その後はうちの両親とウサギの両親で何かを話していたが、僕達兄妹とウサギは蚊帳の外だった。
ウサギの家に着くとウサギの母である紅葉さんが玄関前で待っていた。ウサギに似ていて美人なのだが、僕のことを揶揄うのが好きなようでいつも揶揄われている。
「壱成君。いつもありがとう」
「いえ、一応、兄なので。」
「男前ね。私がもう十歳ぐらい若かったら……」
俺と紅葉さんの間にウサギが飛び込んで来て、紅葉さんに文句を言うところまでが様式美。
「ママ! 十歳若くても犯罪よ!」
「あら、そうかしら? 壱成君は嫌かな?」
「アハハハ……」
いつも通りに笑ってゴマかす。
他の人はこんな話しをどうやって上手く受け流すのか知りたかったが、相談できる相手はこの世界のどこにもいなかった。
「それじゃあ、僕はこれで」
「帰るの? ご飯食べてかない?」
「いえ、母が準備してると思うので」
「そう。なら今度は楓がいない時に来てね!」
「ママ! 私、本気で怒るわよ!!」
こうして紅葉さんから解放された僕は少し疲れ気味になりながら家へと向かう。
キンシンカノジョ こまりがお @komarigao
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