それでも一番伝えたい大事なことくらいは分かる。

「では、わたしはこれにて。お茶美味しかったです、ありがとう永倉さん」

 別れの言葉を告げ、冬華は踵を返そうとした。そんな彼女に、永倉は言葉をかける。

「剣だけでは示せない強さ。その強さで未来の災厄を斬りに行くんだろう? 冬華くん」

「……お話し、ちゃんと把握してるじゃありませんか」

 やや驚いた表情で、冬華がこぼす。

「ニコラなんちゃらがどーとかアインシュタインとかは全く分からんかったがの。

 それでも一番伝えたい大事なことくらいは分かる。座学は苦手っつっても、あまり舐めるなよ?」

「……ふふ。はい、わかりました」

 そう言ってほほ笑む冬華に、永倉はさらに言葉を投げかける。

「昔、幕末の京都でな。

 『本当の剣の神髄は、それを以って目に見えぬ不幸の種そのものを斬り、不幸が発生する事自体を防ぐ、目には見えない作業そのものの事だよ』

 と俺に言った剣客がおったんじゃ。

 その当時の俺は幕末という状況に加えて、俺自身今よりずっと血気早い所もあったせいか、

 『そんなもんはただのタワゴト、夢物語だろうが。

  実際に維新志士を刀で斬らねえと、幕府側のこっちが殺されて終わりだろうがよ!』

 って言って突っぱねたんだが、最近の国内外の動きを見てると、俺に剣の神髄を語ったあの男の言う事は正しいんじゃねぇかって最近俺はそう思ってる。

 ……だがなぁ、お前さんが言っていたことが本当だとすると、辛い道のりになるな」

「……そうですね。かなり辛い経験もすると思います。幕末のように」

「天に昇ってのんびり見ていればいいんじゃないか? お前さんはもう地上の生き物ではないのだから。

 竜神は地を這うものではないのだから」

 そんな永倉の言葉に、冬華は感傷的な微笑みを漏らして首を横に振った。

 過去に起こった幕末の悲劇、別れ、砕かれた愛――

 それと共に、竜神闇霎から知らされた未来――未来に生まれ、育まれると伝えられた愛、喜びが彼女の中でないまぜになり、複雑な表情を形作る。

「……それが楽だと思います。でも、愛や情けがそうさせてはくれません。

 見知った人が苦しんでいる姿を見て放ってはおけません。神の側の下界干渉に関する制約があろうとも、です」

「…………そうか。じゃあ最後にこの言葉を送っておく。

 どんな未来になるか分からんが。

 目の前が真っ暗になった時は、がむしゃらに暴れてみろ。

 一見無駄で空回りだと思ったそのがむしゃらが、実は未来の突破口になる」

「……さすが『がむしん』の言うことは説得力がありますね!」

「はっはっは!」

「……それでは、さようなら。永倉さん」

 もう会う事を期待しないような表情で、冬華は別れを告げる。

 彼女はこれから海を越えて、哀れなインディアン達が(少なくともインディアン自身にとっては)悪魔な所業を行った白い二足歩行の生き物どもに奪われた広大な土地に赴き、ニコラ・テスラのテスラコイルや気象兵器の悪魔崇拝者たちによる悪用を防ぐため未来へのくさびを打ちに行くし……、半分とはいえ竜神である彼女と違って、永倉新八は不老不死の生き物ではない。

(たぶん、これが永倉さんの顔をこの目で見る、最後の光景かしらね)

 そんな気持ちを、口には出さないだけで冬華は隠しはしなかった。

 そんな彼女の気持ちを彼が察したかどうかは、彼女自身には分からなかったが、

「ああ。さようなら……竜神の巫女よ」

 永倉も彼女に別れを告げる。

 ――が、いきなり彼女はハッ! と思いだしたような顔をすると、

「……あ。最後に一つ。奥さんから聞きましたが、虫歯を早く歯医者さんに行って治してくださいね! 舐めてると結構苦しみますよ!」

「んなっ!? そ、そんなことはお前さんが気にする事じゃないわ! まったく、竜は虫歯の心配もなさそうでええのう……!」

「うふふ……」

 微笑みとともに、彼女は彼のもとを去った。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「……気持ちのいい男だったな。わたしには風当たりが強かったが」

「今でも少年のような心を持った方ですよ。ていうかウガヤ様のいつもの態度は、彼のような性格とはうまが合わないんですよ」

 苦笑いとともに答える冬華。

 そんな彼女の眼前に、春をイメージした十二単を着た、桃色の髪桃色の目の女が見えた。木にもたれかかって暇そうにしている。

 ――が、彼と彼女を目に入れた途端、彼女はハッとして大きく手を振り始めた。

「春女が呼んでいるぞ。いくか、水鏡の女」

「はい、ウガヤ様――――わろき未来を切り裂きに。まともな未来を育みに」

「そうだ。良き心で、未来を照らそう――天照のように」

「はい!」

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狼に別れを告げ、半竜は富国強兵を斬りに行く 白い月 @mrwhite

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