バベルオーダー~あなたは塔を登るようです~

すくのすくお

ACT0→あなたは目覚めるようです


あなたは誰ですか?

「・・・」

あなたは人間ですか?

「・・・・」

あなたはのぼりますか?

「・・・・・」


頭の中に声が響く。

よくわからないが、多分人間の声なんだろう。

僕は頭に響く漠然とした質問に対し、沈黙で返すしか無かった。

・・・だって、今の僕は液体か何かの中で揺られる肉なのだから。

最初にこの脳味噌が動いたのはいつだったか、遠い昔なのかそれとも五分前なのか。

気が付いたときは「自分」はひんやりとした液体の中でじっと浮かぶだけの、人なのかすら

分からないような状態だった。

何故か「自分=ヒト」と言う事や、今こうして独白が可能な「知識」「思考」が備わっているのは

理解できている。精神は目覚めているが、肉体が致命的に目覚めていない状態だった。


話を最初に戻そう。

今、この僕の置かれている状況としては「何か液体の中で浮かんでいる」「体は殆ど動かない」

そして、「何かから語り掛けられている」と言う事。(なお、体が動かないので返事ができない。)


僕は、とりあえず脳内に響く謎の声を無視し、とりあえず意識の電源をOFFにした。(要は寝たのだ。)


────

────

────


急に、目の前が明るくなった。

いや、それだけじゃない。

「目の前が明るく、眩しい」

「自分が入っている液体?が冷たく、体が寒い」

「息が苦しい。空気はどこだ」

「体中の関節が固く、動かしづらい」

・・・と言った、肉体からのメッセージが大量に舞い込んできた。


とりあえず、自分の肉体がなぜか動かせるようになった(何故か機能が戻った)事に驚いたが、

それ以上に液体の中では呼吸が出来ない事に対し、脳で考える前に起きぬけの肉体が勝手に動いた。

簡単に言うと、僕が入っていたであろう液体に満たされたガラスポッドを蹴り壊したのである。

感覚としては、体が勝手にビクンと動く様な、居眠り中に起こされて反射で立ち上がるような、

そんな感じだった。


先程まで自分が浮かんでいた液体がガラスの破片を押し流していく中、僕は重力のままに倒れ込んだ。

振り返ってみると、ぼやけた視界の中で【瓦礫に半分ほど埋まっている、装飾のついた2m程のガラスポッド】が見えた。


ここまで僕の独白で概ね900文字とちょっとだと思うが、結局のところ僕は一体何なのだろうか。

戻った視力でもってまじまじと自分の体を見る。

肌は色白。爪は短く切りそろえられている。やせ型なのか、体には無駄な肉が付いていない。

服は着ていないので全て丸出し状態(誰かいるわけでもないが、急いで隠す必要アリ)。

周りを見渡すと、ざっと30平米ぐらいの部屋の様な空間だった。・・・まあ、一面瓦礫の山で

裸足で歩けば傷がつきそうな感じと考えてくれればいい。

瓦礫の隙間からは光が漏れており、頭上を見上げるとこれまた瓦礫でいっぱい(妙な表現だが、廃材や粗大ごみを押し固めた様なイメージを想像してほしい)だった。


たまたま視線を向けた先に、どうも粗末なぼろ布が埋まっていた。引っ張り出してみたところ十分なサイズがあった為、とりあえず身に纏っておいた。ゴワゴワしていて肌触りは最悪。ちょっと錆の様な臭いもする。・・・が、無いよりはマシなので身に纏っておいた。


足元に気をつけながらフロア内を見回っていたところ、ふと足元にナイフの様な物が落ちているのを見つけた。

現状の僕の持ち物はぼろ布の服しか無い為、せっかくだからと持っていく事にした。ナイフの様な物(まあ十中八九見た目以上の機能など無いだろう)は刀身が錆びてはいるがまだ鋭さは保っている様で、メインの武器として扱えずともせいぜい護身程度は可能に見える。


ふと、先ほどから僕の思考がやたらと物騒に感じる気がした。自分の記憶として、一般的な知識は持ち合わせていると先ほどどこかで述べた気がするが、結論から述べると【自分が何者なのか】の部分(記憶ではなく記録)が欠落しているのだ。よって、【右手に持っている物は錆びたナイフ】だと言う事はわかるが【ナイフに関する思い出、過去の関わり】が丸ごと存在しないと言った具合なのだ。

嫌なアンバランスさに苛まれながら、僕は手元に鈍く光るナイフをしまおうとした。

・・・鞘も無ければベルトもないので、とりあえず手に持ったままでいいか。


なんにせよ、いくら自然と物騒な考えに至ろうと、今の僕は僕だ。名前すら思い出せない「僕」なのだ。深く考えても意味は無いだろう。・・・と、脳裏によぎった考えを深く追及する事はせずに、とりあえずはフロアをウロウロしてみるのだった。


────

────

────


「扉だ……」

壁面の一部分、瓦礫の隙間からいっそう強い光が漏れていることに気付いた僕は、何か衝動に駆られて……とか使命感が……とか、そう言う理由も無しに何となく気になったので、手が汚れるのなんて気にせずにとりあえず瓦礫を退けてみた。


何と言うことでしょう。匠(僕)の手によって瓦礫が取り除かれた壁面には眩い光を放つ扉が現れたではありませんか……(劇的な某番組のBGM)


……いや、冗談はさておき、目の前に現れたのは材質不明、LEDで全面囲った様な光り方の扉。(シャイニングどこでもドアと言うべきか)


他に見る所も無いし、このドアを放置して別の場所を探索する理由も無いので、とりあえずは何の気なしに開けてみる事にした。


​───────まあ、結果としては開けない方が良かったのかもしれない。


「気を付けて!何か出てきた!!」

「こりゃ何ですの?【レイダー】にしちゃ機械部分が少ない……と言うか、全身生身っぽく見えるのですけど……」

「なにっ」

「不審な人物?が7班キャンプに突然現れました!!大至急応援求めます!!」


ドアの向こうでは、白いジャケットを来て武器を持った人々が僕の事を取り囲んでいました。


「まあまずは皆さん落ち着いて欲しい。僕は何も持っていないし何も知らない!気が付いたらここに居たんです!!」


僕は手に持っていたナイフを捨て、身体に纏っていたボロ布を剥ぎ取り、身の潔白(物理)をアピールした。


「本部!本部!!先程の不審な人物を一旦拘束します!!」

「あらま……すっぽんぽんですわ……」

「見ちゃダメよ!!!隠せ!!!変態!!!!」

「急に裸で現れるのは流石に擁護出来ないんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ……」


僕の姿を見た女性が別の女性に目を塞がれる。

フードを被ったロボット?がどこかで聞いた気がする語録で呟く。タ○語録はルールで禁止っスよね。

無線機に怒鳴るように応援を求めていた少女……白色の髪でメカニカルな槍を背負っている……が突如僕の方を向くと、手に持っている槍を僕の方へ向け、何かを呟いた。


瞬間、僕の身体はどこからか現れた鎖で簀巻きにされた。

余談だが、股間が鎖の隙間で変に挟まったのかめちゃくちゃ痛かった。僕がいったい何をしたと言うのだ(A.露出)


​───────

​───────

​───────


「さて、君の名前と目的を教えて貰おうか……モロダシボーイ?」


「多分僕は記憶喪失って奴なんだと思います。名前は何も思い出せず、目的も何かある訳では無いです……」


鎖で簀巻きにされた僕は、サングラスを掛けて白いスーツに身を包んだ赤毛の女性に尋問されていた。


名前こそ分からないが、この人は多分さっき自分を囲んでいた白服達の上司?リーダー?的な存在なのだろう。

サングラス越しに見える目元は、威圧的に僕を睨み付けている。


「なるほど、何も思い出せないと来たか……であれば、モロダシボーイは此処が何処かも知らず、私達についても知らず、此処がどんな危険な場所かも知らないって事でオーケーかい?」


「……そうですね。目が覚めてから……累計10分ぐらいしか自分の記憶が無い物で、【この場所が瓦礫まみれである事】【貴女達の団体が(多分)休憩している所に急に現れてしまった事】ぐらいは分かります。……質問すみません、ここは一体何処なんですかね?」


「本当に何も知らない様だね……モロダシボーイ……」


赤毛の女性はハァー……と、頭を掻きながら溜息を吐いた。


「此処はね、【ニライカナイ区 第三オベリスク 6層】内【『イサリビ』クラス混合実地研修7班】のキャンプなのさ。どうだい?モロボーイ……何かビビっと来る単語はあるかい?」


おかしいな、知らない単語しかないぞ?

ニライカナイ区は多分地区の事だろう。

オベリスクは知らない。遊戯王の奴?

イサリビが何なのかは知らないが実地研修だと言う事と周りに居る白服達が全体的に若い事からするに恐らく何かの教育機関なのだろう。


モロボーイは知らん。何なんだその呼び方は。

まあ名前が無いぶん否定材料が感情論しか無いので、一旦置いておくとしよう。


「すみません。何も分からないです……」

「本当かい?じゃあモロボーイ、【内殻大地】とか【タワー】についても……?」

「……はい、聞き覚えがありません」

「……マジか。おーいシロエ!塾長に連絡だ!このモローイ多分ホントに記憶喪失だよ!」


原型無いやん。


……では無く、一旦は僕が記憶喪失だと言うことを信じて貰えたようだ。


尋問中ずっと後ろに居たらしいシロエと呼ばれた白色の髪の毛の女性(さっき応援を呼びかけてた人だ!)は、僕の方をチラッと見ると【塾長】と呼ばれた人を呼びに部屋の外へと出ていった。


「……で、だ。モーイ、さっき此処がどれだけ危険か知ってるかい?って質問したのは覚えてるかな?」


「(モーイ……?)そうですね、自分はまだ【何に対してどう危険なのか】全く知らないです。瓦礫にナイフが埋もれてたなー、や、裸足で瓦礫の上を歩くのは結構堪えるなー……ぐらいです」


「具体的に答えてくれて結構結構。……ホントに知らないんだね?」


「そうですね。知らないです」


「【刃獣(バケモノ)】って単語に聞き覚えは?」


バケモノ。化け物。Bakem……

酷く頭が痛い。何かの記憶に触れたのだろうか、酷く頭痛と吐き気がしてきた。


「ボーイ!大丈夫?顔色が悪い様だけど……」

「えと……大丈夫……だとは……」


気持ちが悪い。寒気がしてきた。

バケモノと聞いた途端、体調が一気に悪くなってきた。


身体も震えてきた。小刻みに、上下に……

……あれ、周りも揺れてない?


揺れを感じ取ったのか、赤毛の女性は足元に置かれていた巨大な武器(?)を持ち上げて臨戦態勢を取った。


「総員!臨戦態勢を取れ!!これはデカいのが来るよ……!!!」


赤毛の女性は(恐らく7班の)班員に注意を呼び掛ける。


揺れは大きくなってくる。


遠くの方から叫び声が聞こえる。


「〜〜〜!!〜〜〜!!!」


だんだん音が近付いてくる。


ふと気付くと、自分の体を簀巻きにしていた鎖がフッと消えた。(ギャグに非ず)


その様子を見た赤毛の女性は、血相を変えて部屋の外へと飛び出して行った。


【何か獣の叫び声の様な音が聞こえる】


【部屋を出ると、赤黒い髪……では無く、先程の槍を持っていた白髪の女性が頭から血を流して倒れていた】


【目の前には、体表が機械と黄色いアメーバの様な物体に覆われた巨大なオオカミの様な獣が居た】


【その身体の至る所には鋭く尖った突起物が生えていた】


​───────そうだ。思い出した。


​───────コレは【刃獣】だ。


​───────【僕は刃獣を殺さなければいけない】


たった一つだけ、僕の知らない僕が遺したであろう記憶が蘇った。


理由は分からない。目の前に居る人外の物体が刃獣である事、それに被害を受けた人間がいる事。

それだけ分かれば十分だった。


「ボーイ!逃げろ!!アレは君じゃとてもじゃないがすぐ殺されてしまう!!!」


赤毛の女性が僕に対し、早く逃げろと叫ぶ。


【だが、逃げない】


「悪いですが……僕は多分、コレを殺すべきなんです」


「何を言ってるんだキミは!?応援が来るまで何処かに隠れるんだ!!!!」


目の前の刃獣が僕を睨む。


息つく間もなく、剣が複雑に生えているかのような爪を僕に振り下ろす。


【だが、届かない】


僕の頭のすぐ近く、体表より50cm程の場所で、その刃獣の爪はピタリと止まった。


【そんな爪は要らない】


ボキリと音を立てて刃獣の爪が根元から折れる。

異変を察知したのか、刃獣が後ろに距離をとる。


【遅い】


折れた爪を自分の手の先へと空中を滑るように移動させ、指先で高速回転させる。

そして……

​───────打ち出す!!!


人差し指の前で、ドリルの如く回転する刃獣の爪。それを、眼前に位置する刃獣の眉間目掛けて射出する。

刃獣の巨体が仰け反る程の勢いで打ち込まれた弾丸は、その眉間へと深く突き刺さった。


赤黒い液体を傷口から噴き出し、悶える刃獣。

悶えながらも、僕を【脅威】と認識したであろう刃獣は、なりふり構わずこちらへと突進してきた。


​───────反撃のチャンスは与えない。


刃獣が暴れた衝撃で散らばったのか、固まって何かの弾薬が落ちている場所へと飛び込む。

その弾薬を【全て右手の指先へ集める】。


そして、突進してきた刃獣が自分の目前へと迫るこの瞬間……っ!!


弾けろ​───────


音もなく、されど爆発するかのように射出された数多の弾丸。

瞬く間に刃獣の喉笛を引き裂き、破壊し、その肉体を蹂躙した。


首の肉や神経の尽くを破壊された刃獣は、声にもならない叫びを上げて僕の目の前で倒れ伏した。胴体から頭にかけて、物理的に首の皮一枚で繋がっている様な具合だ。ピクピクと痙攣する傷口からは、黄色いアメーバ状の粘液やどろりとした血液が流れ出ている。誰がどう見ても、これはもう死んでいるだろう。


【まだ足りない】

【動いているなら動かなくするまで】

【完全に殺す事こそ使命】


途端に何か強い衝動が僕の胸から湧き上がる。

ダメだ。幾らグロテスクなトドメを刺したからといっても、幾ら敵だからといっても、もう力尽きている相手に対しまだ攻撃を続けるのはどうかと思う。

僕は何故か頭に浮かぶ物騒な考えを振り払い、とりあえずは周囲の物陰からこちらに怪訝な視線を向けている白服に声をかけようと思った。


【刃獣は殺さなければいけない】

【止まってはいけない】

【ころすためのちからだ】

【これがおまえのやくわりだ】

そんな声が聞こえた気がした。

途端に、僕の両腕が、全身が、熱を帯びてくる。

あつい。いたい。くるしい。


やらなきゃ。ころさなきゃ。このちからで。


頭がボーッとする。高熱を出している様な感覚だ。

僕は刃獣の方を向くと、まるで夢の中の様なフワフワとした感覚を覚えたまま、何処からか溢れ出てくる謎の力を振るい始めた。


【くだけ。くだけ。さされ。うて。さされ。おとせ。おとせ。つぶせ。つぶせ。えぐれ。たりない。えぐれ。つぶせ。くだけ。】


​───────ころせ!!!



さて、一旦僕の記憶はここで途切れる。


全身の熱がスーッと冷め、肌の感覚が薄れて行く身体に力が入らず、重力のままに顔面から倒れ込む。曇り行く視界の中、僕が最後に見た光景は【まるで針山の様に、鉄柱が無数に刺さる刃獣の残骸】だった。

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