IF 後日お風呂エピソード

前書き

人気が出ていた場合は、心折れずこんなルートへ続いていたかもしれない、というIFです。


――――――


 エリはイクサによって助けられ、無事に強化人間手術を受けて復活していた。

 強化人間と言っても有機素材を使っていて、それもエリ本人からの細胞から培養されたものだ。

 これがエリ本来の傷痕一つない姿だという。

 さすがラスボス戦艦、この世界を超越した技術だ。


 そんなある日――


「うーん、なんか臭いな……」


 八岐大蛇の中にあるラウンジルーム、イクサはそこでテーブルに座りながら本を読んでいたのだが、何とも言えない獣臭さが鼻に吸い込まれたのだ。

 それを聞いて、なぜか横にピッタリとくっついて座ってきているエリが抗議してきた。


「あっ、ひっどーい! 私が臭いって言ってる!?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて……艦内で何か別の臭いの元があるかもしれないし……」

「乙女に向かって臭いとか……イクサ……なんてことを……。もしかしてイクサが臭いんじゃないの!?」

「失礼だな、俺は毎日風呂に入ってるぞ」

「えっ!? お風呂って毎日入るものなの!?」


 目を点にするエリを見て確信した。


「……エリ、お前最後に風呂に入ったのはいつだ?」

「四日前」

「よし、今すぐ風呂に入れ」

「え~~~~~~!? なんでなんで!?」

「そしてこれからは、できれば毎日風呂に入れ……。パイロットスーツを着て、ザクセンからのYX搭乗訓練も受ければ汗もかくだろう?」

「毎日って……そんな貴族でもあるまいし……。お湯だって勿体ないじゃん?」


 たしかにこの世界では風呂という存在はあるが、毎日入るような文明ではないのだろう。

 それでもイクサは元が日本人であるし、可愛い女の子がお風呂に入らないというのは気になってしまう。人類の損失だからだ。


「オペ猫、戦艦の中のお湯はいくら使っても平気だな?」

【宇宙空間で無限に活動できるように作られているので、お湯くらい流しっぱなしでも平気ですよ。使用するエネルギーも微々たるものですし】

「というわけだ」


 一手攻められたエリは、バツの悪そうな表情をするも引き下がらない。


「で、でも……お風呂に入らなくても死なないし……! 面倒くさいし! 時間だって勿体ないし!」

「風呂はリフレッシュ効果もあるぞ。それに……エリが綺麗でいてくれた方が、周囲が嬉しいだろう」

「周囲って……う~……イクサも含まれてる?」

「そりゃまぁ、俺も嬉しい」


 エリは考え込んでしまった。


「そ、そんなに風呂に入りたくないのか……」

【差し出がましいようですが、エリは強化人間手術を受けるまで肌が腐り落ちていました。その状態でお湯に浸かるというのは自殺行為だったのでしょう。辛い記憶を思い出させてしまうことになります】

「た、たしかに……そうか……。悪かった、エリ。軽率な提案をしてしまった」

「……お風呂入りたくない気持ちもあるけど……イクサが一緒に入ってくれるなら好きになれるかもしれない……」

「は?」


 すっとんきょうな声をあげてしまった。

 おかしい。

 イクサは見た目もそんなに魅力的でもなく、ただのザコキャラ。

 それが女の子からお風呂に誘われたのだ。

 前世を含めて、イクサにはそんな経験はない。

 想定外中の想定外だ。


「お、俺は男子で、お前は女子だぞ……」

「うん」


 しっかりと返事をされてしまった。

 死ぬほど焦ってしまう。

 もしかしたら、まだ九歳ならお風呂に一緒に入るという習慣がこの世界にはあるかもしれない。

 だが、イクサの転生前は大人だ。

 倫理的に大丈夫なのだろうか?

 転生した身体に引っ張られて、精神的にそれなりに若いが、それでもダメだろうというブレーキがかかる。

 エリのためというのもある。


「ダメだダメだ。エリはまだ子供だからわかってないだけで――」

「そっか、嫌だよね。奴隷勇者だった私とお風呂に入るだなんて……」

「い、いや、そういう意味じゃ……!!」

「あはは、無理言ってごめんね!」


 エリは涙を流しながら、その場から走り去って行ってしまった。

 イクサが無意識に伸ばした手は、何も掴めずに虚空を彷徨っていた。


「うっ、良心の呵責が……」

【鬼ですね、悪魔ですね、心が機械なんですか?】

「お前が言うな」


 オペ猫はそんなことを楽しそうに言いつつ、テーブルの上で肉球を使って顔を洗っていた。




 ***




「はぁ~……」


 その夜、イクサはバスルームで溜め息とも、お湯に浸かったときの声のどちらとも取れるようなものを出していた。

 身体を洗ったあとに湯船に浸かる。

 この世界では、それなりに贅沢なことだ。

 この自称最高の戦艦も、このお湯使い放題に関しては本当に最高の戦艦だろう。

 広く清潔なバスルームが日本人にはたまらない。

 お湯の温度も最適。

 シャワーも最初は水が出るなんてことすらない。

 いきなり適温のお湯が出る。


「今日はエリに悪いことをしてしまったなぁ……。彼女の気持ちを考えず、風呂に入ることを強要して……。しかも最後は傷付けてしまった……ちゃんと謝らないとな……」


 普段、それなりに性格の悪いイクサだが、さすがに超えてはいけないラインというのもはある。

 素直に謝りたいという気持ちが、お湯のように溢れてきてしまう。


「一緒にお風呂に入ってくれれば、謝らなくてもいいよ~!」

「……は?」


 イクサは我が目を疑った。

 聞こえてきたものはエリの声で、目の前にはその裸体があったからだ。

 状況を把握する前に、イクサは速攻で後ろを向いた。

 視界に入れてはいけない。

 だが、一瞬見えてしまったそれは、とてもきめ細やかな白い肌をしていて、しなやかに伸びた肢体は同じ人間とは思えないくらいの美しさを感じた。

 まるで幻の種族と言われるエンジェリンのようだ。


「お、おい!? なんでバスルームにいるんだ!? オペ猫、ロックをかけ忘れたのか!? 俺が入ってるだろ!?」

【この場合、人間二人が同じ風呂に入った方が友好関係を深められると判断しましたので】

「おまええええええ!!」

「ねぇ、イクサ。やっぱり奴隷勇者だった私とお風呂に入るのは嫌?」

「……嫌じゃないけどなぁ……」

「わーい! それじゃあ一緒に入る~!」


 イクサからは見えてはいないが、エリが湯船に入ってきそうな気配を感じた。

 瞬間、イクサは人が変わったかのように冷静に言った。


「待て、エリ」

「ん?」

「湯船には身体を洗ってから入るんだ。これだけは譲れない」

「そうなの?」

「ああ、これは奴隷、平民、貴族、大統領関係なく適用される魂のルールだ……!」

「よ、よくわからないけど、わかった。あっ、でも、身体の洗い方とかちゃんとわからないかもしれないから、イクサが教えてくれたら――」

「オペ猫、きちんと見てやってくれ。洗い残しのないようにな」

【了解】

「ちぇ~」


 元日本人としてはこれだけは譲れない。

 イクサが戦争を起こすとしたら、風呂の入り方か、食事改善くらいなものだろう。

 それくらい魂の奥底に染みついているものなのだ。


「わぁ、心地良い熱さのお湯が細かく出てくる。シャワーってやつだよね。スポンジも、石鹸の泡もふわふわだ~!」

【臀部や、股関節周りを丁寧にスポンジで洗ってください。胸の周辺も忘れやすいポイントです】

「はーい、お尻やお股、おっぱいだね~」


 イクサは後ろを向いているので見えていないが、何か色々と聞こえて想像してしまう。

 まだのぼせるような時間は入っていないのだが、メンタル的に赤面してのぼせそうだ。


「あの、俺にも聞こえてるからな……」

「あはは~、聞こえるからわざとエッチな言葉にしてるんだよ~」

「やめい!」


 わざとってなんだ、わざとって……とツッコミたかったが、やぶ蛇も怖いので止めておいた。

 リアルの女の子はもっと清楚だと思っていたので、かなりの衝撃だ。

 いや、それよりも気になってしまうことがあった。


「お前のために言うが、そういうのはあまり言わない方がいいぞ……」

「うん、普段は言わないよ~。イクサにだけ言ってみた」

「……」

【幼体同士で繁殖行為をしても非生産的ですよ】


 どうやらこの選択肢すらやぶ蛇だったようだ。

 もう遊ばれているとしか思えない。

 そうしている内に身体を洗い終わったらしく、エリは湯船に入ってきた。

 ある程度の広さがあるのに、なぜか背中合わせになった。


「あの、エリ……背中がくっついている……」

「元奴隷勇者と背中がくっつくのは不気味? 嫌だ?」

「お前なぁ……何度言わせるんだ。元奴隷勇者だからってのはぜんっぜん気にしてないっての!」

「そういうところ好き。何度でも言わせたい」


 突然、真剣な声で言ってきた。

 イクサは好きとは言われ慣れてないので赤面してしまう。

 それと同時に怖くなってしまう。


「俺みたいな奴に軽々しく好きとか言わない方が良い。もしかして、好きと言わなければ追い出されるとか思ってるかもしれないが、別にそんなことはないし」

「違う、私はそういうのじゃない」


 触れている背中から、エリの震えが伝わってくる。


「ごめん、ごめんね……不快だったらごめんね……他に好きな人がいたらごめんね……。でも、それでも……あの地獄から助け出してくれたイクサが好き」

「そんなことは恩でも何でもないから気にしなくても……」

「元奴隷勇者でも、普通に接してくれるイクサが好き」

「い、いや、それくらい誰でも……」

「優しいイクサが好き」

「べ、別に保身に走っているだけで優しいわけじゃ……」

「嘘だよ、私にはわかる。優しすぎて、自分にも嘘を吐いている」

「ひな鳥が最初に見た奴を親だと思うように、エリも最初に優しくしてくれた俺を勘違いしているだけだ。そういう気持ちは、もっと良い男が現れたときまでとっておけ。俺なんかには勿体ない」

「うん、そうかもしれないね」


 エリがやっと納得してくれたとホッとした。


「それでも、今の私のすべて――それがイクサだもん」

「お、おいおい……」

「イクサが死ねって言えば死ぬし、別れようって言えば別れたあとに死ぬ」

「じゃあ、自由に生きろって俺は言いたい」

「今と同じ行動をするだけだよ」


 どうやら何を言っても無駄なようだ。


「はぁ~……。わかった。それじゃあ、仮の恋心としておこう。結婚できる年齢になっても、それが変わらなかったらそのときにまた考える」

「本当!? 私はイクサを好きでいて良いの!?」

「ははは! すぐに俺以上に好きになる奴が出てくるって!」

「無理だと思うけどな~」

「男なんて、それこそ宇宙に散らばる星の数ほどいるんだぞ?」


 エリの背中が離れたので、やっと諦めてくれたのかと思った。

 しかし、今度は小さな二つの膨らみを背中に感じてしまった。


「ひょえっ!?」


 イクサは、つい童貞丸出しの情けない声を出してしまう。

 エリは背中越しに、覗き込むようにしてきていた。

 艶を帯びた美しい顔が真横にある。


「宇宙に星はいっぱいあっても、一番星はひとつしかないからねぇ~」


 頬に唇の柔らかさを感じる。

 脳に甘やかな電撃が走る。


「好きだよ、イクサ」


 エリはフフッと笑いながら、そのままバスルームから出て行ってしまった。

 イクサは固まって動けない状態だった。


【女性個体の方が、幼いときから精神年齢が高い傾向にありますからね。もしかしたら、転生したイクサよりもオトナなのでは?】

「……う、うるさい」

【成長したら人間基準でかなりのナイスバディというやつになると予想されます。バカそうに見えて実は計算していて、天才的で思慮深い。それでいて相手に対して一途。イクサにはもったいないのでは?】

「それだけは同意だ」

【イクサは彼女に好意を抱かないのですか?】

「……俺を好きだと言ってくれて、しかも肌を見せてキスまでしてくれる相手に好意を抱かないはずないだろ」

【サイテーな理由ですね。他に好きなところはないんですか?】

「……あるよ……あるに決まってるだろ」

【人間の〝優しい〟って損ですね】

「いいんだよ、それが俺だ」


 イクサは予想外の長風呂になり、のぼせ気味になってしまっていた。

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