エピローグ 私の大好きな星渡りの傭兵さん
レッドウルフのコックピットの中、イクサは少女に言った。
「ヘンキョー領に帰る前に、エリの依頼をこなさないとな」
「依頼……?」
「広い世界を見せてやる」
レバーとペダルを操作して、機体を急加速させる。
普通なら強烈な重力を感じることになるのだが、コックピット内はエーテルで満たされていてパイロットへの負担は0に書き換えられている。
王都を離れ、森を低空ですべるように飛んで行く。
木々の天辺をかすりそうになっているが、慣れてきた操縦でギリギリを維持している。
葉が舞い踊り歓迎してくれているようだ。
「わっ、一瞬でこんな遠くまで……」
「まだまだ」
次は湖の上を飛ぶと、水面にレッドウルフの姿が映り込んでいる。
飛沫が上がり、波がザァッとVの形に広がっていく。
「渡り鳥たちと一緒に飛んでる!」
「何か餌でも持ってくれば良かったかもな」
それからも陽炎揺らめく砂漠や、吹雪が視界を遮る氷山、大きな海の上を飛び回った。
「世界って……広いんだね……!」
「それじゃあ、この星は見て回ったな」
「え? この星……?」
イクサは進む方向を横から、上へと変更した。
海からドンドン遠ざかり、雲を突き破る。
「た、高い! イクサ!」
「もっともっとだ!」
「これより上に行ったら……天国? 私、うまく行けるかな……?」
エリは震えていた。
イクサは片手だけレバーから離して、エリを抱き締めてやった。
「天国なんて存在しないさ」
【イクサ、エリの身体はもう……たぶん最初から……】
オペ猫はコックピット内を常にスキャンしているから気が付いたのだろう。
イクサも気が付いていた。
エリの身体は体温が低くなってきていて、脈も弱まってきている。
強く抱き締めながら、機体を上へ上へと向かわせていく。
雲を抜けてから、段々と風景が暗くなってくる。
夜になったのではない。
進行方向の事象を書き換えながら大気圏を脱出したのだ。
「すごい……ここは……?」
「宇宙だ」
「宇宙……とても静かなところ……」
「星渡りの傭兵は、この宇宙を越えてやってくる」
「じゃあ、イクサも……?」
「ある意味そうかな」
地上で見るよりも眩しい太陽、遠くに煌めく星々が瞬いている。
360度、コックピット内の視界すべてが宇宙だ。
エリは手を伸ばして、星を掴もうとしているようだ。
「わぁ……キラキラしてる……綺麗……」
「あの星すべて……とは言わないが、結構な数に人間が移住している。それも見せてやりたかったけど……」
「ごめんね」
エリも、もう自分に残された時間がないことに気が付いているのだろう。
「でも、最期に見ることができて嬉しかった」
「どういたしまして」
「ありがとう……私の大好きな星渡りの傭兵さん……」
エリは満足そうに目を閉じて、静かに眠った。
イクサは前世で主人公として何百、何千とこなしたが――これは特別なモノとなった。
それでもやりきったので、いつもの言葉を呟いた。
「依頼達成」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます