神の名において許したもうⅨ
金曜日の朝を迎える。まだ早朝で、誰も起きてはいない時間に目が覚めた。わたしは昨夜の件を思い出して、静かにベッドを出た。本来であれば、Y牧師に相談すべきなのだろう。だが、わたしはそれを良しとは思えなかった。Y牧師はわたしの記憶を消した人であり、Y牧師に少女の記憶に鍵をかけてもらえば済む話なのだとは思う。だが、Y牧師は毎週火曜日にわたしの記憶の一部を消してしまう。わたしもそれを望んでいるとはいえ、合意をしたことではない。自分自身について、正直に告白すれば、わたしはY牧師を愛していると思う。わたしはY牧師に捧げるに十分な愛情と身体を持っていて、お互いの立場さえなければ、記憶を消さなくても、正しく愛を深めていけると思う。だが、それは現実的ではない。だからわたしは、Y牧師の行いを咎めずに、ズルズルと記憶のない愛を受けとめてはいるが、そこには信頼関係が芽生えることはなかった。だから、わたしはどうしても、Y牧師を信用することができないでいるのだ。
わたしは足音を立てないように、少女たちが寝ている部屋のドアを開けた。少女が寝ているうちに記憶を消してしまおうと思ったのだ。四人部屋で少女は、他の女子と同様、可愛らしい寝息を立てて眠っている。わたしは彼女のベットの前に立つと、詠唱を始めるが――
「――!」
どうやら、最初から目を覚ましていたらしい少女は、素早くわたしの口を塞いだ。そして、他の子を起こさぬように、小さな声でわたしに告げる。
「寮母先生の部屋に行こう」
わたしは従うしかなかった。少女の手には、何故持っているのか理解のできない――刃こぼれをしたあの包丁があったのだ。
「それをどうして持っているの?」
わたしの部屋に入ると、それしか口から出てこない。あの日、わたしは確かに彼女の記憶を消したはずだ。そして、彼女を抱きかかえて部屋を出たはずだった。なのに、彼女の手元には――。
「――そう、なの?」
信じたくない、一つの結論が頭に浮かんだ。わたしが戸惑う声に、少女は微笑みながら、「たぶん、寮母先生の思っている通りだよ」と返してきた。この子は――あの日、どこかで、わたしの記憶を消したのだ。
「いつもあなたのそばにいる女性が言っていた通りね。あなたも、
「さあ、そんなの、わからない。だけど、寮母先生がわたしの記憶を消す前に、わたしは寮母先生の記憶を消したの。ほんの少しだけの時間。そう、この包丁とあるものを隠すための時間。それから、寮母先生はもう一度、わたしの記憶を消したの。すごいよね、この力。あの人を殺したら、与えられたんだよ」
「そんな……。どうして、あなたは、そんなことをしたの?」
わたしが問うと、少女はわたしの目の前に手をかざした。
「答えは、むかしにあるんだよ」
少女はそう言うと、わたしの目を手で隠した。
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