神の名において許したもうⅥ
火曜日。いつものように荒れ狂う朝食を済ませてから、なんとか学校に行く子供たちを送り出すと、わたしはY牧師に呼ばれた。わたしは鏡を見て、前髪に注意を払ってから、Y牧師にいる牧師室に向かう。ドアをノックすると、あの優しい声がわたしに届いて、入室を許可される。わたしは「失礼します」と言ってからドアをそっと開けると、いつものように、Y牧師は机の椅子に座っている。
「こちらに」
Y牧師は自分の横に置かれた丸椅子をわたしに勧めてきた。わたしは黒いスカートが皺にならないように気をつけながら、丸椅子に座る。
「どうですか、子供たちは」
「はい。みんな、元気に過ごしています」
「そうですか」
Y牧師は毎週火曜日にわたしをこの部屋に招き、子供たちの様子を尋ねる。わたしは全体的な感想を述べると、手帳を開く。子供たちひとりひとりの名前を言ってから、健康状態、生活態度、友人関係、学校の様子、そして注意すべきことなどを話していく。あの少女はあいかわらず静かに本を読んで過ごしている。自閉症と診断された少年はまだ小学校に行けないので、昼間は園で文字を練習したり、絵を描いている。もともと明るい気質の子だったようで、現在は年齢の近い子同士で仲良く遊んでいる。わたしは、そんなことをひとつひとつ丁寧にY牧師に話した。Y牧師は、あの穏やかな笑顔で「そうですか」とか「それは良い事ですね」とか、短いけれども、愛のこもった感想を漏らしてくれる。わたしはその言葉を聞きたくて報告を続けた。――わたしとて、誰かから褒められたい。そんな気持ちがあることを感じながら、Y牧師に言葉を伝えていくのだ。
やがて、すべての子供たちの報告が終わると、Y牧師はわたしの手を握った。わたしは何故かはわからないが、それが合図だと知っているから、立ち上がり、Y牧師に導かれながら、身を委ねる。
「君は、どうだったのかな?」
わたしの言葉を待つまでもなく、Y牧師は、わたしの服をひとつひとつ丁寧に剥がしていく――。
わたしが覚えているY牧師とのやりとりは、そこまでになる。その後に、何かが行われているのようなのだが、わたしの記憶にはない。――「神の名において許したもう」という言葉を、どこか遠くで聞きながら、眠ってしまうのだから。
ふと我に帰ると、わたしは牧師室の丸椅子に座っている。どうやら、報告を終わったところのようだ。
わたしは多分、毎週火曜日のこの瞬間に失われた記憶の中で、何があったのかを理解している。だけど、わたしはそれについて、深く考えないようにしている。この教会において、それは不適切な事態であることなど、よくわかっているからだ。そうでありながら、わたしがこの牧師室に、Y牧師に会いに来てしまうのは、仕事だけの為だけではなかった。わたしは、Y牧師に手を握りしめられることを望んでいる。それは、わたしの仕事ぶりを褒めてもらいたいからだけではなくて――。
(続)
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