神の名において許したもうⅤ
わたしは少女が気になって、少年をボランティアさんと他の先生に預けると、少女のいるであろう図書室に向かった。図書室には少女と例の中年女性の二人がいて、少女は本を読み、中年女性はそれをじっと見ていた。中年女性は、それが自分の仕事であるかのように真剣な眼差しで見ている。――いや。その目は、少女への信仰の眼差しではないだろうか。
「こんにちは。いつも彼女と一緒にいますね」
わたしは少女の読書の邪魔をしないように、小声で中年女性に話しかけると、中年女性は「りょ、りょうぼ、せんせい」と、吃音はあるが真摯な返事をしてくれる。
「いつも彼女のお世話をしてくれて、ありがとうございます」
わたしがお礼を言うと、中年女性は軽く手を振った。その仕草がとても可愛らしくて、愛おしさを感じる。
「こ、この子は、か、神の子、なんです」
中年女性は、真剣な表情でわたしにそう訴えると、また少女を方を見て、あの信心深い視線を少女に向けるのであった。
「いのりの園」において、もっとも活動的な時間は食事の時である。ボランティアのお手伝さんたちとわたしたち職員で用意した食事を、二十人近い子供たちが、配膳をしていき、年長者は幼き子たちを長いテーブルの前に座らせる。すべてが整い、神への感謝を祈る為の沈黙が過ぎれば、あとは騒然とした世界が広がる。大声でしゃべりながら食べる者たち。隣にちょっかいを出しながら、小競り合いをする者たち。年長者から食べさせてもらうが、上手く食べられずに、床やテーブルにこぼしてしまう者たち。静かに一人で食べる者たち。そんな雑然とした中で、わたしたち職員は、自由に振舞う子供たちに注意をしながら、食べ物を口に運んでいく。生きるというのは食べることなのだと、十分に理解のできる風景の中で、わたしたちは過ごしている。この園において、過去を振り返ることは、贅沢なことなのかもしれない。そう思うくらいに、目の前の食事は慌ただしく行われるのであった。
食事が終わると、テーブルや床にはたくさんの食べかすが散らばっている。わたしたちと年長者でそれを掃除していく。あれだけの食欲旺盛な子供たちなのに、食べた量と同じくらいと思わせるような大量の食べかすが広がている。細かくなったキャベツやパスタ、ご飯粒。意図的に残された人参やピーマン。色鮮やかな食べかすを、布巾やモップで掃除をしていく。
「もったいないね」
年長組のひとりである女子がそうつぶやく。わたしは黙って頷いてから、「いつも掃除をしてくれて、ありがとうね」と礼を言った。この園において、子供たちに足りないものは食料などではなく、感謝である。誰からも褒められない子供たちに、わたしは積極的に感謝の言葉を伝えるようにしている。子供たちに、自分たちは必要な存在であることを感じてもらうには、Y牧師から語られる神の御言葉と、わたしたちの感謝の言葉が必要なのであった。
(続)
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