ラーフ帝国が終わる日

@tmnr0810

第1話

機甲歴64年X月


地球連邦はついにマルス基地を舞台としたラーフ帝国との血みどろの戦いに勝利した。

この勝利を機にエルジア大陸をラーフ帝国から”解放”するべく連邦軍は可能な限りの戦力を投入。

フォーチュンからもかなりの数の隊員が参加することになった。


月代・エイジ。オーバーロード級「ホワイトラビット」のリンケージ。

彼は輸送中テロリストに奪われそうになったホワイトラビットに偶然乗り込み、その後もフォーチュン隊員として幾多の戦いを潜り抜けてきた。

「これで、ついにラーフ帝国との戦いが終わるんだな…」感慨深げにコクピットでひとり呟く。

『作戦開始時間です。ホワイトラビット、出撃してください!』

「了解!」

輸送機から純白のオーバーロードが最前線に向けて飛び立つ。


その頃、ラーフ帝国総司令部では…。


「諸君!このエルジアは地球連邦によって一度見捨てられた地である!」

ラーフ皇帝の義理の息子、総統アヴァリス・ラーフが兵士たちの前で演説している。

「それを救い上げたのは誰か!我が父デルス・ラーフ達、アビ・テクノロジストである!アビスはこのエルジアの生命線である。

地球連邦はその生命線を放棄せよと言っている!再び我らに死ねと言ってきているのだ!!」

ラーフにおいてはアビスの害は徹底的に隠蔽されている。それでも実際に被害を受けている人間は少なくないのだが…。

「連邦の軍勢は我々の喉元に迫っている。しかし、我々にはまだ”アグニ”が残されている!」

”アグニ”。ラーフ帝国の最終兵器と言える超特大のガンマ線レーザー砲だ。

「兵士諸君!君たちは”アグニ”発射までの時間を稼げばいい!!そうすれば連邦は大打撃を受けこのエルジアから完全に駆逐できるであろう!」

そして、自身の背後にある巨大ガーディアンを指さして

「今回は私自身がこの”アルゴル”から陣頭指揮を執る!この戦いは絶対に負けるわけにはいかないのだ、ラーフの、エルジアの未来のために!!」

自ら出撃する、と聞いて兵士たちの間から大歓声が上がる。


「総統自ら出撃とは恐れ入ります」仮面をつけた一人の男が演説を終えたアヴァリスに話しかける。

ラーフ帝国のエース、”紅の魔弾”ランヌ・ルフェーブルだ。

「操縦はアートマにやらせる。今は兵達の士気を少しでも上げておかねば話にならんからな」現状への苛立ちを隠しきれずに声が大きくなるアヴァリス。

「総統の身は我々第13近衛艦隊が必ずお守りします、ご安心を」

「もちろんだ!私の身に何かあったらこのラーフ帝国はお終いだからな!!」

アルゴルのコクピット内、既にナヴァクラハ・ラボから派遣されたアートマが座ってる後ろのサブシートに窮屈そうに座るアヴァリス。

「よし、アルゴル出撃!連邦に目の物言わせてくれる!!」


発進した巨大ガーディアン”アルゴル”を見てランヌは一人呟く。

「総統閣下は当然戦死なされるお覚悟は出来ていましょうな…?」


それから1時間後

連邦軍と敷島皇国、そしてフォーチュンによる大部隊とラーフ帝国軍は正面衝突。

連邦側も既に”アグニ”の存在は情報部の手で明らかにしており、それを使われる前に短期決戦を狙った結果である。

しかしラーフ側の抵抗は激しく、特にアヴァリス総帥が乗り込んでいる巨大ガーディアン”アルゴル”は単騎で敷島のミーレス中隊を壊滅させるほどであった。


「そこだっ!」OVLマグナムを構え迫ってくる敵機の集団の中央に狙いを定めるホワイトラビット。

次の瞬間、超高圧縮されたAL粒子の塊が撃ちだされ、ヴィクラマを数機蒸発させる。

「…っ」OVLシステムを介し、機体と運命を共にしたラーフ兵士の意識を感じ取ってしまうエイジ。

しかし立ち止まっている暇はない。銃身の冷却が間に合わなくなったマグナムを捨てCALブレードを握り白兵戦に入る。


戦況が大きく動くのはさらに一時間後。”アルゴル”が突如前線を退いたことでラーフ側は混乱に入る。


「私はここで死ぬわけにはいかん!」同乗していたアートマの制止を振り払い、アルゴルから降りるアヴァリス。端的に言えば命が惜しくなったのだ。

「私と、ソフィアさえいれば帝国はいくらでも再起できる!」それでも娘の事を気に掛ける程度の理性はまだあった。だが…

「皇帝陛下はどうなされます、閣下」正面にランヌが立ちはだかる。

「…養父は科学者であって軍人でも政治家でもない」今となっては役に立たない、と本音を露にする。

「そうですか…では閣下」いつの間にか拳銃を握り

「あなたを国家反逆、敵前逃亡の罪で射殺します」と冷たく宣告するランヌであった。

「貴様!誰がお前をここまで引き立ててやったと思っている!?たかがアートマにすぎなかったお前を…」銃口を向けられ狼狽えるアヴァリス。

「遺言、確かにお聞きしました」とだけランヌは答え引き金を引いた。

銃声が響き、命令するものが居なくなったアートマはどうすればいいのかわからずに戸惑っている。

それをコクピットから追い出し、ランヌが操縦レバーを握る。

「ご安心を。閣下の分も私が戦いましょう、全ては帝国のために」


混乱するラーフ帝国の軍勢は焼けたパンに乗せられたバターのように崩れていく。連邦側の勝利が見えかけた次の瞬間…。

『帝国の全将兵よ!アヴァリス総帥はたった今戦死なされた!!』

再出撃したアルゴルから全周波数でランヌ・ルフェーブルから通信が送られてきた。

『負傷され後方に下がった後、医療班が手を尽くしたが間に合わなかった…しかし、閣下から最後の命令を預かっている』

総統の死、と言う内容に両陣営が動揺する中ランヌの演説は続く。

『”依然、命令に変更はない”。繰り返す、”依然、命令に変更はない”。閣下の御意思はこのランヌ・ルフェーブルが遂行する。ラーフ全将兵も心を一つに閣下の遺命を果たすことだけ考えよ!!』

総崩れと言ってもよかったラーフの勢いがこれを契機に再び激しさを増していく。


その頃…連邦軍の艦隊がまた新たにエルジア領空に侵入する。

真っ赤に染められた中央の旗艦は”スーリア”…アーディティヤの戦艦である。


「まだ戦いを続ける気なのか、お前たちは!?」エイジが悲痛な叫びをあげながら、CALブレードでまた一機、ヴィクラマを達磨にしていく。

コクピットは外した。無論、それで殺さずに済ませたなどと甘い事を言うつもりはない。ただ好き好んで人の命は奪いたくない、それだけだ。

「埒が明かない、だったら…!」目標を敵の巨大ガーディアン、アルゴルに定めて突撃する。

まっすぐ迫ってくるホワイトラビットに対し、有線式クローアームと拡散重粒子砲で応戦するアルゴル。しかしホワイトラビットは空中を跳ねるように全てかいくぐる。

『来たか、フォーチュンの白兎』アルゴルからアクセスを受け、回線を開くなり冷静な、しかし敵意に満ちた声が流れる。

「これ以上戦う気なのか、まだ殺し合いを続けたいのか、答えろランヌ・ルフェーブル!!」

『それは私に言われても困る。私はただラーフを代表する英雄としてラーフのために最後まで戦うだけさ』だが、その言葉から伝わるのは覚悟や信念などではなかった。

OVLシステムを介さなくても感じ取れるもの。それは何かへの侮蔑の念だった。

『月代・エイジ。君については調べてある。君も望まずして戦場に立たされた英雄…大衆にそうあれと望まれた生贄なのだろう』

「何を言っている…!?」

『私も、ランヌ・ルフェーブルなる男もそうだ。歴史の浅いラーフ帝国がアイデンティティとして必要とする、デルス・ラーフやアヴァリス・ラーフに足りないもの、超人的な武勇を、神話的な武功を求められたDrナヴァクラハが用意した、まさにスケープゴート』

会話しながらもアルゴルの攻撃は止まらない。一方エイジは回避に専念してでも続きを聞かずにはいられなかった。

『誤解しないでもらうなら私は英雄としての使命に殉じるつもりだよ。それが私のアイデンティティなのだから。しかし…それで生き残るのが英雄に全てを押し付けてきた自分を無辜だと信じて疑わない大衆と言うのも腹立たしいとは思わないかね』

「まさか…ラーフ全軍を道連れにするつもりか」

『アグニが発射されれば連邦は大打撃を受けるだろう。しかしそれで連邦と言う怪物はその本性をむき出しにして報復してくる。再びエルジアを死の大地にせよ、と!』

「くそっ、そんな事させるものか…」

『おっと、邪魔はさせないさ』次の瞬間、ホワイトラビットの背後からビームが飛んでくる。とっさに回避して振り向くと…。

そこにいたのは十数機のミーレスらしき機体。しかしそこから感じるのはランヌ・ルフェーブルの敵意だけ。

「ミーレスイグニス…!?」

『いかにキミでもこれはしのぎ切れまい…!』アルゴル本体とミーレスイグニスによる集中砲火が始まる…!!


一方その頃、連邦と敷島皇国、フォーチュンに向けてラーフ側から突如通信が入る。身なりの良い、若い娘…皇帝デルス・ラーフの孫ソフィアである。

『…こちらソフィア・ラーフ。皇帝デルス・ラーフに代わって停戦を申し込みます』

「停戦、だと…?」敷島皇国の壬冷夏は驚きを隠せない。

『ラーフ帝国にこれ以上の戦争を続ける余力は残されていません。父アヴァリスが死亡した今、これ以上双方の血を流す必要はないはずです…』

戦艦ユリシーズからフォーチュン部隊を指揮するチトセ・ウィル・ナスカもこれにどう対応すべきか思考を巡らせる。しかし…


『停戦を受け入れるつもりはない』通信に割って入ってきたのはサングラスをつけた一人の男…アーディティヤのエドガー・モードヘイムだ。

『なぜなら、そうやってラーフ帝国はアグニ発射のための時間稼ぎを目論んでいるからだ』モードヘイムは反論を許さず一方的に話し続ける。

『…連邦議会はアグニが発射された、あるいはそれが現実に起きると確信した時、それに対する報復攻撃として封印していた奈落弾頭によるエルジア爆撃を承認した』

壬、チトセ両名はそれを聞いて驚愕した。


『エイジ!このままではエルジアに奈落弾頭が!!』アルゴルの猛攻を凌ぎ続けるホワイトラビットにチトセが通信を入れてくる。

「こっちは手一杯だってのに!!」

『ハハハハハ、こうも上手く事が進むというのは愉快なものだな!!』状況を把握して哄笑を上げるランヌ・ルフェーブル。

それに動揺してホワイトラビットにミーレスイグニスからのビームが直撃してしまう。

動きが止まったところに拡散重粒子砲が撃ちこまれ、ボロボロになるホワイトラビット。だが…

次の瞬間、破損した部位から虹色の光が漏れだす。OVLシステムが発生させた量子波動…カレルレンエフェクトだ。

「この光は、命を焼くためのものじゃない」カレルレンエフェクトに触れたイグニスミーレスは動きを止め…逆にアルゴルへと攻撃を始める。

『イグニスドミネート!?』有線クローアームでミーレスイグニスを破壊していくランヌ。だがそこに隙が生まれる。

虹色の残像と共に肉薄するホワイトラビット。ブレードで切りつける。胸部装甲に大きな傷をつけるもしかし戦いのダメージで折れてしまった。

だが、素早く左右の手にダガーを握り、アルゴルの両わき腹に突き立てる!そして…

「あなたにだって、帰るところはあったでしょうに!!」ブレードで付けた傷目掛けて手刀を振り下ろす!!

『…かもな!!』手刀が装甲を突き破り、コクピットが潰される寸前に、仮面の英雄はただそれだけを言い残して逝った。


満身創痍のホワイトラビット。しかし…

「アーディティヤが奈落弾頭弾を発射した!!全員速やかに離脱せよ!!」壬冷夏の必死の呼びかけがようやく耳に入ったエイジ。

「まだだ…まだやれる事はあるはず」奈落弾頭を阻止すべく飛び立とうとするが、ダメージが大きくバランスを崩して墜落しそうになる。


だが、それを支える機体がいた。同じフォーチュンの仲間たちだ。

「みんな…」自分は一人じゃない。全てを背負う孤独な英雄なんかじゃない。そう思えたエイジであった。

「みんな、力を貸してくれ。奈落弾頭を止める!!」


ホワイトラビットを中心に奈落弾頭弾の進路上に集まったガーディアン達。フォーチュンだけでなく敷島の機体も参加している。

「ホワイトラビット、OVLシステム最大…!!」再度カレルレンエフェクトを発生させるホワイトラビット。

その虹色の光がガーディアン達を結び付け…巨大な網のように広がっていく。

そして、視界に入った奈落弾頭を光の網が包み込み…その内部で大爆発が起きた!!


「フォーチュン各機、応答しなさい!」ユリシーズから必死に呼びかけ続けるチトセ。しかし奈落弾頭の爆発のせいかノイズしか返ってこない。

「…だが、彼らのおかげでエルジアを再び焼かずに済んだ」敬礼する壬冷夏。

「……こ…ちら、ホワイトラビット。及び全機…無事です」

光の網を構築していたガーディアンは…ボロボロになりながらも健在だった。


「ああ…」その光景を見て涙をこぼすチトセ。壬も胸がいっぱいになって何も言えない。


アーディティヤは部隊を派遣し、皇帝デルス・ラーフの身柄を確保しようとした。しかし…

「…お爺様は、つい先日息を引き取りました」豪奢な寝台の上でデルス・ラーフは安らかな顔で永久の眠りについていた。

ラーフ帝国を作り上げた偉大な天才は、結局真意を明かすことなくこの世を去ったのである。

その後始末は孫であるソフィアがやっていく事になるが…それは別の物語となるだろう。


機甲歴65年。ついにラーフ帝国との戦いは終わりを迎えた。

ようやく地球圏は平和に向けて一歩進むことができたのである。


<終>

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