きれないかみ
藤泉都理
きれないかみ
ただいま帰りましたよ~っと。
小声で言って、玄関の扉を音を立てないように開いてはそっと閉じて、ふらふらの身体で上がり框に腰をかけて、なかなか脱げない靴にあららどうしたのと声をかけながら、やっとのこさ、靴を脱いで立ち上がり、居間へとふらふらと向かう。
お、やったね。
流し台で手洗いと控えめなうがいを済ませて、食卓の椅子に腰をかけると、目に入ったのが、食卓の上に置かれた鋏だった。
居酒屋で切り絵職人に教えてもらったこの技を忘れない内に復習しておくか。
明日は休み。
子どもに見せて喜んでもらうのだ。
どこかに遊びに連れて行くことも、この小さなアパートの部屋で一緒に遊んでやることもなかなかできないもんなあ。
シングルファーザーで、実家の両親に子どもの世話を頼んでいる現状だけれども。
飲んでないでさっさと帰ってこいなんて、ツレナイ事は言わないでちょうだいな~。
寝ている子どもを起こさないように、小さな声で歌いながら、鞄からお裾分けしてもらった折り紙を取り出して、鋏を手に取って、切ろうとしたが。
あらら不思議、切れません。
ん~どったの~。折り紙ちゃん。切られたくないのかな~。
ぺらりぺらり。折り紙はあっちらこっちら折り曲がって鋏から逃げていく。
あらららら、しょうがないですねえ~。
陽気な微笑を溢しながら、あっちらこっちら折り曲がって逃げていく折り紙を鋏で追いかけていく。
あはははは、追いかけっこだあ~。
そうだ、明日は追いかけっこをしようかな。
だいぶ、気温も上がって来たし、外で遊ぶのもいいだろう。
「バカタレ息子っ。お酒飲んでんのに、刃物を持って遊ぶんじゃないよ。危ないね。ああもう情けないったらありゃあしないよ。もう。ほら。水を飲んでさっさと寝な。明日お父さんと遊ぶんだって楽しみにしてんだからね」
「………はい。すみません」
まったくもう。
小声で説教をしてのち、襖の向こうへと帰って行った母親をぼんやり見送って、折り紙と鋏を食卓に置いて、用意してくれた水を飲んで、立ち上がる。
どうか、切り絵の妙技を忘れていませんように。
手を合わせて、一緒に遊んでくれた折り紙と鋏に深々と頭を下げたのであった。
(2024.2.16)
きれないかみ 藤泉都理 @fujitori
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