第7話 終わりと始まりを繋ぐ者
僕はある立て札を見て恐れおののき、旅をつづける事に躊躇してしまった事がある。
「注意:この先一面海である。次の陸に行く者よ近くにはサメがいる」
サメだと・・・・・・僕はその文字に恐怖を抱いた。
この先は泳いで渡るしかないのだろうか。テントは持っているが船やボートは持っていない。
持っていたとしても、この近くにはサメがいるなんて生きて先に進むことなんかできないじゃないか。
とりあえず戻り違う道を探すしかないのか。そう考えていた僕の目の前の波の隙間に黒く尖ったヒレが見えた。
どうしよう。僕はもうここで旅を続けられなくなるのかもしれない。
ドキンドキンと胸が強く打ち付ける。
波は穏やかに浜辺を濡らす。そして悩んでいた僕の前に遂にサメが現れてしまった。
「おやおや、おぬしは旅人かのう?お困りごとがあるならワレが聞いてしんぜよう」とサメは話しかけてきた。
優しい言葉をかけて僕を食べようとしているんだ。どうしよう逃げようか。
「あ、サメさんこんにちは。だいぶ暑くなってきましたね。僕は困ってなんかいませんのでお構いなく」と言って来た道を戻ろうとした。
「ほう、困りごとがない旅人なんか居るのかね。珍しいのうおぬしは。ワレは困りごとが実はあって誰かに相談したいと思っていたところなんじゃがの」とサメは僕を引き留めようとする。
僕は旅を続けたい、こんなところで一人で死にたくない。
「ほれ、立て札をおぬしも見たじゃろう?あれのことなんじゃが」と相談は勝手に始まってしまった。
「ああ、あの注意書きの立て札ですね・・・・・・誰が立てたんでしょうね?」と返事をしながら立て札を立てた誰かに心の中で感謝をしていた。
サメは僕を見ながらもなかなか海に近づかないからか襲い掛かって来ない。
「あの立て札はワレが頼んで以前来た旅人に書いてもろうて立てたものじゃ」とサメは言う。
何故自分で注意喚起をするんだろうか?無駄な犠牲を出したくないからだろうか?少し相談が気になった僕はサメの相談にのってみようと思った。
「サメさんが頼んだんですか?それは何故ですか?優しさからですか?」と距離を取り恐る恐る聞いてみた。
「優しさからかどうかは何とも言えないんじゃが、ワレは商いをしやすくするために頼んだんじゃが、どうもあの立て札を見ると来た道を帰ろうとする者たちが多くて、商いがうまく行かなくて困っておるんじゃ」とサメは言う。
サメからは立て札の文字が見えていないようで以前来た旅人が何て書いたのかを知ることも出来ていないようだった。
「サメさんの商いについては立て札に書いてありませんでしたよ?」と答えるとサメは不思議そうに言った。
「『注意:この先一面海である。次の陸に行く者よ近くにはサメがいる』と書いてほしいと頼んだんだが間違えてしまったのかのう?」と首をかしげる。
いや、間違っていないな。よく覚えているなサメも。
「確かにそう書いてありますよ。でもあれではサメがいるから気をつけろと言っているようにしか見えませんね」と言う僕にサメは笑いながら話を続けた。
「ほっほっほっ!なんと!あの旅人に悩みを相談した時に一緒に決めた文言だったんじゃがの、本末転倒になってしまっていたか、ほっほっほ」と楽しそうに思い出話をし始めた。
「あの旅人がここに来た時、ワレはビックリさせてしまってのう、なんせこんな大きな体をしていてサメという種族じゃろう取って食われるんじゃないかとその旅人は言って来たんじゃが、それがワレの悩みでもあったんじゃ」
随分とはっきりと言う旅人だったんだな。と感心しながら話を聞き続けた。
「その旅人が『他の人がびっくりしないように立て札を作ってあげる!なんて書く?』と言うからここがこの陸の終わりであることと、ワレがいることが分かればビックリしないじゃろうと伝えると、
『あなたの商いの事も少しは書かないと』と言うから次の陸に行く者へのメッセージをつけ足してもらったんじゃがね」とサメは懐かしそうに話をしている。その顔はとても穏やかだった。
「あなたの商いって何ですか?」と聞くとサメは不思議そうに答えた。
「その立て札に書いてある通り次の陸に行く者を運ぶ事じゃ」と。
なるほど確かに部分的に一番見落としやすいけども書いてあると言えば書いてある。
「その旅人は今どこに行ってしまったんですか?あなたのお腹の中ですか?」と勇気を振り絞って聞いてみた。
怒られるか、襲われるかと思ったけども、サメは懐かしむように僕に当時の悩みを打ち明けてくれた。
「おぬしはサメと聞くと怖いじゃろう?サメはみんなおぬしらを食うと思うじゃろう?もちろんワレもなにも食わないわけじゃないプランクトンたちの命をもろうて生きているからこそ、恩返しがしたいと思って商いを始めたんじゃ」
サメの言葉に、僕は少し情けないような恥ずかしいような気持ちになった。
「サメという種族であるだけで、凶暴で誰彼構わず食い散らかす奴だと思われる事がたまらなく残念でのう。おぬしは旅人であるとか、オスであるとか、メスであるとかそういうことで同じように括られることは残念ではないかの?」と言われて、
外見で判断してはいけないと学んだのに、今度は種別で決めつけてしまっていた。
そしてそれは僕が旅人である理由でもあったことに気がつかせてもらった。
「サメさんごめんなさい。失礼なことを言ってしまいました。良ければあの立て札ちゃんと商いの事を書き直しませんか?僕がいい文章一緒に考えますよ」と言うと、
「いつも旅人であるおぬしらは、優しいのじゃな。ありがとう」と言い、どこからか流れ着いた流木の板を運んできた。
「あの立て札は残して欲しいんじゃ、あの旅人との思い出でもあるからの」と新しい立て札を僕が立てる事になった。
「分かりました。ところで商いのお代はいくらなんでしょう?」と聞くと、サメはいくらでもいいなどと言うのでそこは応相談としようと思った。
それにしても、海の中でしか生きていかないサメがお金を稼いでどう使うんだろう?と思いながらいい文章を考えていた。
「『渡し船をご利用の方は水玉模様のサメに話しかけてください安全に次の陸までお運びします。料金は応相談です』でいかがでしょう?」と聞くと、
サメはニコニコとそれで頼むと言うので僕は緊張しながら元々あった立て札の横に新しく立て札を立てた。
「さて、本当は困っておったんじゃろう?次の陸に行く者よ。立て札のお礼にワレの背中に乗るがよい次の陸まで運んでやろうじゃないか」と言うので、すっかり見透かされていたんだなと苦笑いしながらも、お言葉に甘えて乗せてもらうことにした。
これで旅が続けられる。
「背びれにしっかり掴まっておくんじゃぞ」と言うサメに乗りながら、僕はサメに話しかけた。
「商いでお金を稼いで何に使うんですか?」そう言った瞬間にカモメが一羽飛んできた。
「ああ、間に合った!旅人さん今回のギャラですよ・・・アオガエルさんがとても喜んで踊っていましたよ」と詩のギャラの配達に来たカモメ便だった。
「こんなに貰ったのは初めてだよ、ありがとうカモメさん」そして、カモメは飛び立って行った。
カモメはサメに怯えないんだなとふと思ったけど、サメはさっき僕が言いかけた言葉に返事をし始めた。
「あの最初の立て札を立ててくれた旅人が命を食べて生きている事への恩返しの仕方を考えてくれたんじゃよ。
おぬしも行ったことがあるようじゃな・・・・・・浮き島に」と。
浮き島のカエルたちにはよく稼がせてもらっている。
青いカエルは作品を買い展示し、詩に合わせて踊り、ブレイクすれば分け前をこうしてカモメ便で送ってくれる。
そういえば赤いカエルはどうやって僕らにお金をくれているんだろう?とふと思った。
「ワレは小さな命を沢山食べて生きておる。こんな大きな体だからそれだけ沢山の命に生かしてもらっている。だからせめてもの恩返しにと沢山の子供たちを育てるアカガエルに商いで稼いだお金を寄付しているんじゃよ」とパズルのピースがピタリとハマるようにスッキリした答えが返ってきた。
なるほど、僕が稼いだお金は巡り巡ってここにまたたどり着くことになっているのか。
それにしても、前の旅人は随分と粗雑な文章でサメの商いに支障が出ている立て札を書いたもんだ。
「前の旅人が来たのはいつの事だったんですか?」と聞くとサメは意外にも最近だったと答えた。
サメにとっての最近が僕にとってどのくらいの日数なのかは分からないけど、懐かしむようなサメの表情からするとだいぶ前の事なのだろう。
「ほおれ、到着したぞ!ここが次の陸の始まりだ。きっとあの旅人もまだ旅を続けておるはずじゃ縁があればおぬしと会うこともあるじゃろう。立て札と恩返しの方法を教えてくれた礼を伝えてくれたらありがたい」そう言って去ろうとしたサメに僕はさっき貰ったギャラを渡し賃として払った。
「お礼に運んでやったのに、おぬしといい、あの旅人といい、金離れのいいやつじゃの~変な国に騙されそうじゃわい。ワレは遠慮はせぬから後で返せと言われても返せないからの」と嬉しそうに海に潜っていった。
照りつける太陽の暑さに、冷たくて気持ちがいいサメの背中での航海。
これはまたいい詩が書けそうだ。
おしまい
【短編集】旅人は出会う かねおりん @KANEORI
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