第6話 春を歌う愛の巣のツガイたち
もうすっかり暖かい風が吹き、冬の国とは違い沢山の鳥たちが歌い空を舞っている。
僕の懐も温かくなり、一人旅を続けていた。
青い空に白い雲、やや憎たらしい太陽を横目に木々にふと目をやると、
寄り添うツガイがあちらこちらにいて、僕の胸が少しチクッとした。
ぴいぴいと二羽のメジロが僕の傍に舞い降りた。
「ごきげんよう旅人さん。どこから来たんだい?」と声をかけてくれたメジロ夫婦に
「僕は世界中を旅している途中だけど随分遠くから来たと思う。ここは今どこかな?」と聞いてみた。
「ここは愛の巣と呼ばれる場所よ」とメジロの奥さんが教えてくれた。
愛の巣か、僕には羨ましい世界にうっかり足を踏み入れてしまったようだ。
「お二方はとっても仲良しだよね?僕にもそんなパートナーができるといいんだけどね」と一人旅をしながら色んな出会いを思い出し、切ない気持ちを思い出した。
メジロ夫婦はとても愛情表現が頻繁で僕と話していてもキスをしていたり、羽を繕いあっていたりする。
「僕は奥さんが居てくれるから幸せでいられるんだ。旅人君もそんなパートナーがいつかできるといいね」とメジロの旦那さんが言った。
誰かがいるから幸せでいられるか……。
僕は一人でも旅をして沢山の人とその時その時出会い、新鮮で楽しい時間を過ごしていて幸せだよね?と自問自答してみる。
僕の頭の中では二つの意見がぶつかりあっていた。
「そうだ僕は幸せだよ。自由に好きなだけ自分のやりたいことに時間もお金も使えているじゃないか」と言う僕と、
「誰かに頼られたい、好きな人に好きって言われたい、必要とされたいって感じているからさっきここに来て心がチクッてしたんだろう」と言う僕。
「あらあらあなた、旅をする人に何を惚気ているのかしら。夫婦だって良い事ばかりじゃないのよ。せっかく愛の巣に来たんだから色んな家庭を見てくるといいわよ」と奥さんには僕の心を見透かされた気がした。
僕はせっかくのいい天気だからと、ピクニックにメジロ夫婦を誘った。
「あら!ピクニックのお誘いなんて日頃じゃ滅多にないから嬉しいわね!あなた!」と奥さんは喜んでくれている。
「君がそんなに嬉しいならお招きいただこう」と奥さんにキスをする旦那さんは、奥さんが喜ばなかったら参加してくれなかったんだろうか?とやや疑問は残るが、
「あの辺りの芝生で一緒にお弁当を食べよう」と青々と茂った芝生を指さした。
「あの辺りはオシドリ夫婦も居るだろうが旅人君は気にしないかい?」と聞かれたので特に何も考えずに気にしないと答えた。
芝生に大きな毛布を広げ敷物代わりにして、お皿にパンをほぐして盛り付け、果物の缶詰を開けて食べやすいようにほぐしてお皿に置いてピクニックの準備は完成だ。
それにしても随分とパンや缶詰は多く持っていたな。荷物が重かったのはこれが原因か。
ん?これは何だ?と白い毛糸を見つけ取り出した途端に春風が吹いて、カイトのように毛糸についていた緑色の紙ごと飛ばされてしまった。
あ!と毛糸を掴もうとしたけど、僕の手では届かず飛んで行ってしまった。
そこにメジロ夫婦がちょうどやってきて毛糸を咥えてくれたけど春風の強さでメジロごと飛ばされそうだったから、
「メジロさんそれはそんなに大切なものじゃないからいいよ!」と言うとメジロ夫婦も毛糸からクチバシを離して、毛糸と緑色の紙は空高く飛んで行った。
「ありがとうメジロさんたち、あれはなぜか荷物に紛れていた僕の知らないものなんだ。そんなことよりピクニックの準備は出来ているよ」とピクニックを始めた。
メジロ夫婦は聞いてもいないけどツガイになるまでの出会いから子育てを終えてそれなりに長い期間夫婦をやっていると、時折キスをしながら、僕に話してくれた。
寂しい気持ちもパートナーが居れば安らぐのかな?と思ってとっても仲良しなメジロ夫婦の惚気話を聞きながら、ボソボソとしたパンを齧っていたら、とても艶やかな旦那さんに、とても地味な奥さんが舞い降りてきた。
「あら、オシドリさんたちごきげんよう」とメジロの奥さんが言うと、オシドリの旦那さんがとても不機嫌そうに返事をした。
「ふん!ごきげんなものか」と。
オシドリの奥さんがそんな旦那さんの態度を見て慌てて話しかけてくれた。
「ごめんなさいね旅人さんメジロさんたち今日はいいお天気ねー何か機嫌悪いのよね。気にしないでね」とオシドリの旦那を指して言ったので、特に考えずに気にしないと言った。
ピクニックに参加してもらってオシドリ夫婦の馴れ初めもいつの間にか聞くはめになった。
態度の悪かったオシドリの旦那もピクニックに参加して果物などを食べると機嫌が良くなり奥さんとベッタリくっついてキスをしてとても仲良く羽を繕い始めたので僕は見ていて照れてしまった。
ここのツガイはどこも結局仲良しで人前でも遠慮することなく愛を表現していて、いいなぁと感じながら、日が落ちてきた頃ピクニックを終えてメジロともオシドリとも解散して、僕はそのまま毛布に包まれて眠りに落ちた。
夜中にふと目が覚めて月の光が差す木の上を見ると、昼間一緒にピクニックをしたオシドリの奥さんが旦那さんとは違う艶やかなオシドリととても仲良く羽を繕い合っていた。
地味に見えた奥さんだったけど、旦那さんとは別の仲良しなオシドリが居るんだな。と特に気にしないでいた。
オシドリはそういうタイプの生き物なんだろうと思っていたら、なんだか夫婦もそんなに良いものでもないなと羨ましい気持ちが落ち着いた。
バサッと羽の音がして僕の隣には奥さんが他のオシドリと仲良く羽を繕い合う姿を目の当たりにしたオシドリの旦那が居た。
「旦那さんは他に誰かいるの?違うオシドリ」と聞く僕にオシドリの旦那は予想外の答えを返してきた。
「旅人さんたちの中じゃ俺たちオシドリ夫婦がどんな夫婦に見えてるか分からないが、俺はあいつ一筋なんだよ。あいつと子供たちだけが俺の家族なんだ」
意外だった。見た目で決めつけてはいけないな。
一見派手な見た目の一途なオシドリ旦那は、一見地味で良妻賢母に見える奥さんが他のオシドリと仲良くしていたせいで昼間は怒っていたようだ。
僕も他の誰かを思って僕に振り向いてくれないそんな切なさは経験がある。
「俺もあいつの何番目の夫かは分からない。あいつはきっとそろそろあの新しいヤツとツガイになって俺は誰の子か分からない子供たちが巣立ったらお払い箱になって最期は独りになるんだ」とオシドリの旦那は諦めたように語った。
僕は何て言ったらいいか分からなかった。
僕はパートナーなんて居なくてもいいかもなと思って寂しく去って行ったオシドリの旦那の後ろ姿を見つめていた。
チュンチュンと朝を知らせるかのように鳥たちのさえずりが聞こえて僕は目を覚ました。
僕の前では、一羽のメジロが独りで羽を繕っている。
「おはようメジロさん昨日のツガイとはまた違うメジロだよね?君」と聞くと、
「昨日君たちがピクニックしていたのを近くで見ていたんだ。昨日のツガイならもう話すことは出来ないけど会いに行くかい?」とメジロ夫婦に何かあったようだったので会いに行くことにした。
案内された場所では二羽のメジロが寄り添いながら息絶えていた。
「これは誰かに何かされたの?どうしてメジロ夫婦は死んでしまったの?」と独りのメジロに聞くと、
「このツガイは長くお互い愛し合って慈しみ合って生きてきて奥さんが寿命で今朝死んでしまったんだけど、それを知った途端に旦那さんの心が耐えられずに心臓が止まって一緒に死んでしまったんだよ。メジロはそんな生き方をするんだよ」と教えてくれた。
愛し合ってお互いを慈しみ合って最期の最期まで共にするツガイ。
オシドリ夫婦とは正反対ではないか。夫婦の形には色々あるんだな。
最期死ぬときに独りじゃないのは羨ましい気もした。
僕が最期死ぬ時、僕はどちらがいいだろうかと考えながら独りのメジロを見てふと声にしてしまった。
「あれ?君はこれからパートナーを探すの?」と。
「あはは、そう思うのも仕方ないよね。僕はメジロに違いはないんだけどパートナーが居ないまま生きてきたメジロなんだ」と言う。
「それで君は寂しくないの?」と聞く僕に独りのメジロは答えてくれた。
「僕だってこのツガイのように仲睦まじいパートナーが欲しかったよ。でも縁がなかったんだ。このまま独りで死んでいくのかもしれないし、これから誰かに出会うのかもしれないけど他のメジロ夫婦が羨ましいし、寂しいよ。君は旅をしていれば寂しくないのかい?」と。
あれ?僕は何故旅をしているんだろう?
僕は何故生まれたんだろう?
僕は誰にも必要とされないのだろうか?
僕は何故今生きているのだろう?
独りメジロの答えは僕の心の奥底に突き刺さり僕は気づかずに涙を流していた。
パートナーに先立たれるのも嫌だけど、ずっと独りで居るのも嫌だし、オシドリの旦那が見せた寂しい後ろ姿も嫌だ。
僕も誰かを愛し、誰かに愛されたい。ここからの旅で誰かに愛されることがあるのだろうか。
独りメジロが羽を振って見送ってくれながら、僕の旅はつづくのだった。
おしまい
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