手紙 ~とあるカフェで~

あおい

第1話

「うーん」

お昼を食べながら友達の湊がスマホ片手に唸り声を上げる。一体何回目だろうか。授業の合間の休憩時間もずっと同じ光景を見ている。

「まだ見てるの?」

呆れ声で話しかけるが「うーん」と曖昧な返事が返ってきた。これは聞いてないな。

「また彼女へのプレゼント探してるの?」

するとようやく湊は顔を上げた。

「いや、今度デートする予定なんだけど何処かいい場所無いかなと思って。おしゃれなカフェとか無いかなー」

「ちなみにプレゼントは喜んでもらえました」と嬉しそうに笑う。彼女のことになると顔がにやける。キャラが崩壊していてなんか気持ち悪いなコイツ、と思うと同時に微笑ましくも感じる。男子校で彼女を作るのは容易ではない。そもそも出会いが無いから関わる機会がない。校内では“文武両道、彼女は作らない”が暗黙の了解となっていて、大っぴらに彼女のことを話せない。ちょっとでもリア充オーラを振りまこうものなら先輩からの圧に悩まされることになる。俺は部活に専念したいから彼女が欲しいとは思わないがそれでも彼女のことを話す湊を見ると幸せそうでいいなと思う。なんだろう、空気が違うんだよな。話す前から「あ、彼女のこと話したいんだな」と分かってしまう。湊も部活で忙しいはずだが彼女のために悩む姿を見ると、やっぱりいい奴なんだなと思う。俺は自分以外の人のためにここまで時間を使えるだろうか。

 

今日は部活が休みの日。いつもは自主練をするために学校に行っているが今日は完全オフの日。怪我人が出てしまい「皆しっかりと休むように」と顧問に言われた。最近は確かに無理をし過ぎていた自覚はあるから今日は何も考えずにゆっくり休もう。……そう思っていたのも束の間、何もせずにいることが我慢できなくて外に出ることにした。と言うより、家でウロウロしていたら邪魔だと妹に追い出された。滅多に居ない兄が久しぶりに家でゆっくりしていると言うのに酷い話だ。

 

どこに行くか決めるわけでもなく、気の向くままに歩く。そしてふと昨日の話が思い浮かんだ。そういえば湊、おしゃれなカフェを探してたな。せっかくだし俺も探してみようかな。特にやることもないし。早速スマホで近くのカフェを検索する。

んー。写真を見る感じどこもお洒落そうに見えるけど……。女子が喜びそうな場所なのかさっぱりわからない。とりあえず行ってみようか。

 

誰かと食事をするのはもちろん好きだが、だからと言って一人で食べるのが苦手なわけではない。一人でラーメンとか牛丼とか食べに行くこともある。だから、自分は一人でも気にならないタイプだと思っていたがどうやら間違いだったようだ。初めに行った所はレトロな雰囲気のカフェ。写真で見た時にいい感じだと思ったが窓ガラスから中を見るとお年寄りの方々が談笑していた。若い人は一人も見当たらない。振る舞いが常連さんぽくてそこに割って入る勇気は無かった。

うん、別の場所にしよう。

 

次の場所はイマドキっぽいお洒落な場所。若者に人気で、もしかしたら並ぶかもしれないとサイトに書かれていた。並ぶ様なら別のところにすればいい。とりあえず行ってみることにした。

どうやら今日は混んでいないみたいだ。運がいい、そう思いながらドアに手を掛ける。

ふと、横にあった看板が目についた。

『本日限定カップルパンケーキ』

扉を引く手が固まる。中の様子を伺うとイチャイチャした男女が目についた。店員さんに見つからないようにそっと扉を閉じ音もなくその場を離れる。

 

お洒落なカフェ探しはどうやら大変らしい。頑張っている湊には敬意を払わないと。

 

次はどこに行こうか、もう帰ろうか悩みながら歩いていると控えめなopenの文字が目についた。ネットで調べてみても見つからない。きっと隠れ家的なカフェなんだろう。どうしようか少し迷い、店の外観が控えめで好みだったので入ってみることにした。

 

ドアを開けるとカランコロンと心地よい音が響く。中にいた店員さんが「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」とにこやかに迎えてくれた。中に居るのは店員さんを除いて二人。それぞれが別の席に座っていたが、どんな人なのかはよく見えない。ここからちょうど見えにくい位置に座っていた。俺は窓際の奥の席に座る。メニューを見て、紅茶とサンドイッチのセットを頼んだ。

 

特にすることもなく、店内を見渡す。なんとなく感じる居心地の良さの理由が気になった。客が少なく視界に入って来ないからだろうか。それとも、インテリアの一つ一つ、その配置がそう感じさせるのだろうか。テーブル、椅子、照明、どれも新しいものとは言えないが丁寧に手入れがされているのがよく分かった。そこから感じる温かさも。きっと長い間、人に触れられて来たのだろう。

暫くすると店員さんがサンドイッチと紅茶を持ってきた。僕がキョロキョロしていたのを見ていたんかもしれない。

「素敵なところですね」

言い訳のように口から出て来た言葉。でも本心だった。

「ありがとうございます。代々店主が内装一つ一つ見た目や手触りに拘って選んだ物なのでそう言っていただけて嬉しいです」

店員さんが嬉しそうに微笑む。

「お料理もこだわりのものなので、ぜひ、お召し上がりください」

「ごゆっくりどうぞ」と言うと店員さんは奥に行ってしまった。

卵とハムのサンドイッチは柔らかくて美味しかった。いつもはスマホをいじりながらの昼食も今日は窓からの景色を楽しみながら優雅に過ごした。自分じゃないような非日常な感じがくすぐったかった。

食事を終わらせ一息つく。もう少しここに居たいなと思いスマホをいじる。こんなことなら本の一冊でも持ってくればよかった。普段は本なんて読まないくせにそんなことを考える。スマホを触るのがなんとなく似合わないような空間ですることもなくソワソワしていた。

そう言えばここの物は手触りにも拘っていると言っていたな。テーブルをそっと触る。さらさらしていて心地よい手触り。軽く叩くとコンといい音がした。色々見ているとふとテーブルの裏に何かあるのに気がついた。覗いてみると紙が張り付いている。取ってみると花柄の可愛らしい封筒だった。

名前は無く、『この席に座ったあなたへ』と書かれていた。忘れ物では無さそうだが勝手に開くのも躊躇われる。見なかったことにしてもう一度戻すか悩みどころだ。宛名ではなく、『この席に座ったあなたへ』と書いてあるということは俺が読んでもいいのではないだろうか。あれこれ考えながら手紙と睨めっこしていると店員さんが近づいてきた。

「それ、前の方が置いて行かれた手紙です。気付いた人に読んで欲しいと仰っていたので、よろしければ読んでみてください」

 

家に戻り手紙を読む。誰かからの手紙を読むなんて初めてかもしれない。花のイラストがプリントされた可愛らしい便箋。

そこには『先日はありがとうございました。この席、とてもいい場所ですよね。私のお気に入りなんです』と女の子らしい文字で書かれていた。“先日はありがとう”とは一体誰に向けた言葉だろうか。おそらく伝えたい特定の相手がいたのだろう。少なくともその相手は俺ではない。店員さんは持って行って良いと言ってくれたが、なんとなく後ろめたさを感じた。然るべき誰かに届けるために、この手紙は返しに行こう。明日の部活の帰りに届けよう。もし閉まっていたらポストに入れておけばいい。

ただ、勝手に手紙を見といて知らぬふりをして元に戻すのは気が引ける。何か一言添えた方がいいだろうか。

紙とペンを取り出し何か書こうとするが一体何を書けばいいのだろうか。この状況を説明する言葉が思いつかない。

『勝手に読んでしまいすみません』

……。何か違うな。

『他の方宛てなのに気がつきませんでした』

これも違う。そうじゃなくて。

その後もいくつか考えたがしっくりこない。考えて、考えて、だんだんよく分からなくなって結局最初に書いた言葉を記す。

そして封筒に入れようとして……手が止まる。綺麗な便箋に綴られた丁寧な言葉。それと比べるとあまりにも不恰好で……少し恥ずかしくなる。せめてノートの切れ端ではなくてきちんとした紙で、丁寧な字で書こう。そう思い何かいい紙がないか探す。とはいえ今まで誰かに手紙など送ったことがなかった。当然そんなものがあるはずがない。妹なら何かしら持っていそうだが……。聞いてみようと思って考え直す。絶対に冷やかされるだろう。ラブレターなんて思われたらたまったもんじゃない。……家族にバレないようにするには自分で探しに行くしかない。今から買いに行こう。

こっそり家を出てお店に向かう。妹が「またどっか行くの?」と訝しげにしていたが曖昧に返事をしてやり過ごした。

 

いくつかお店を周って漸く便箋を売っている場所を見つけた。書店の文房具コーナーの一角にずらっと様々な種類のものが置かれていた。シンプルなもの、可愛らしいもの、カード状のもの、大きさ、厚さ、手触りなどその種類の多さに圧倒された。

言葉を伝えるだけでもこんなにも選択肢があることに驚く。

“何に言葉を綴りたいか”なんて今まで考えたこともない。その時思いついた言葉をその場でメッセージアプリで伝えているだけだ。

会ったこともない相手に伝える言葉。どんな紙がいいだろうか。

暫く悩み、気になったものを手に取ってみる。線が引いてあるだけのシンプルなもの、控えめに花が描かれているもの、どちらにしようか迷う。せっかくだから、花が描かれているものを選んだ。あのカフェに似合いそうな花だった。

 

さっき書いた言葉を再び便箋に書く。でも何となく不釣り合いな気がした。新しいのをもう一枚取り出し何て書くか再び考える。

もしかしたら、きっと会うことは無いだろう相手に伝える言葉。

でも不思議な縁で繋がった相手に何を伝えたいのか。暫く悩んんで言葉を綴る。出来た、と封筒を閉じた時に思っていた以上に時間が経っていたことに気がついた。

 

次の日、もう日がだいぶ傾いた頃またあのカフェに向かった。さすがにやっていないかと思っていたが、お店は開いていた。窓からそっと覗いていたが客は一人も居ないようだった。あの席にも誰も居ない。

 

お店に入ると昨日と同じ人が迎えてくれた。

「お好きな席にどうぞ」と俺に笑顔を向ける店員さんに昨日受け取った手紙と僕が書いたものを見せる。

「やっぱり、これ、自分宛てじゃなかったようです。なので返しに来ました」

店員さんは一瞬驚いたような顔をしてすぐにまた微笑んだ。

「この手紙はあなた宛で間違ってはいませんが、お預かりしておきます」

そう言って手紙を受け取ると丁寧にお店の引き出しにしまった。

「ゆっくりしていかれますか」と店員さんの提案に丁重にお断りしてお店を出る。また今度、時間がある時に来てゆっくりしたい。

その時は、あの手紙はどうなっているかな。まだ残っているか、持ち主に返ったか、……それとも、もしかしたら返事があるかもしれない。そしたら、また手紙を書こう。その時は、何を伝えようか、どんな便箋にしようか。

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