(後編)(ジェレミア視点)

 いままで見学けんがくしてきゅう王宮殿おうきゅうでん

 うつくしい正門せいもんは、よるからの開催かいさいだった卒業そつぎょう記念きねん舞踏会ぶとうかいでははっきりとれなかったが。

 観光かんこうガイドが、素人目しろうとめにはづかない細工さいく数々かずかず紹介しょうかいしてくれた。


 しかし、つまはこの正門が大嫌だいきらいだったそうだ。

 うまれた直後ちょくごに、王国おうこく新聞しんぶんは「デイフローレンス第一だいいち王子おうじ殿下でんか婚約者こんやくしゃ誕生たんじょう!」と号外ごうがい発行はっこうするほど、国中くにじゅうがおいわいムードだったのだ。

 病弱びょうじゃくな国王へい下は当時とうじ、王太子たいし正室せいしつとのあいだに出来た二人ふたり王女おうじょ側室そくしつませた子は二人とも王。正室は王太子が王に即位そくいするさい、王太子を側室にじょう位せざるをなかった。

 王醜聞しゅうぶんをかきすために、すべての期待きたい注目ちゅうもくは、レストレス伯爵はくしゃく令嬢れいじょうベルの王妃教育きょういく意図的いとてきそそがれるように、操作そうさされていた。

 また、王家の醜聞が終息しゅうそくしたあとも。毎日まいにちのように、「未来みらいの王妃のために特別とくべつかい門される正門」をとおって、王妃教育を徹底てっていされていた。



 宮殿ないは、世界せかい各国かっこくからふたたおくられた「友好ゆうこうあかし」がかざられている博物館はくぶつかんしていた。

 初代しょだい猫王ねこおうぞう

 れき代猫王のしょう

 猫をモチーフとした調度品ちょうどひん

 そして、さきほど見学した「謁見えっけん」の玉座ぎょくざには、王かんがポツンとかれてあり、その王冠内にねこのヌイグルミがすわっていた。



 げん王宮殿は、旧宮に機能きのううつしている。とても、質素しっそ

 存命ぞんめいであるベルナルダのせいともえなくもないが。

 王室は、いまだに王宮にもどれず、王冠も手放てばなしたまま、穀倉こくそう地帯ちたい田舎いなか領地りょうち廃墟はいきょあたえられている。

 石造いしづくりのボロ屋敷やしきに、蜘蛛クモ毛虫けむしネズミ同居どうきょしている。

 もちろん、麦畑むぎばたけにも出られないし、近所きんじょの子どもたちのように小川おがわあそびも出来ない。

 幽閉ゆうへい


 長針ちょうしんのパネル展示てんじは、ねん何回なんかいかある舞踏会ぶとうかいの会じょうとしてし出される以外いがいは、こうして見学しゃ開放かいほうされている。

 この「オールド王国のはじ」を紹介しょうかいする旧王宮殿の見学。

 ほかの博物館見学料金りょうきんよりもやすくなっている。

 さらには、オプションガイドも充実じゅうじつしているらしい。

 希望きぼう者は、王子の部屋へやも見学能で。

 ドローネアとはげしくキスをする情熱的じょうねつてきな王子の写真しゃしんなどがパネル展示されたままだそうだ。

 また、王子によってやぶかれたドローネアの真紅しんくのドレス、むねもの娼婦しょうふのような下着したぎ陳列ちんれつされている。

 観光客かんこうきゃくは「一番いちばんどころ」をたのしみに、王子のしん室へ直行ちょっこうしていたが。私も、妻も、王子の寝室にははいらず。そばの廊下ろうか素通すどおりした。

 見たくも無い「王子の恥」の展示を迂回うかい出来る順路じゅんろ確保かくほされていて、たすかっている。

 ……また、だれかが展示のスイッチボタンをしたんだろう。

 王子の寝室から昼夜ちゅうやわず延々えんえんこえてたとされる「警笛けいてきのような女性じょせい悲鳴ひめい」の再現音声さいげんおんせいながされて、観光客がキャーキャーわらい、さけんでいる。



 長針ちょうしんつぎには、たん針の間。

 ここは、昼夜問わず、中庭なかにわ噴水ふんすいを見ることが出来る。

 いまも、噴水ふんすい稼働かどうしている。

 今現在は、見学時間じかんだけ、うごかしているみたいだ。

 あのころわらず、や虫一匹いっぴきいていないのが遠目とおめでもわかる。


「……という、寓話ぐうわのような史実しじつです」

「とてもわかりやすいガイドでした。

 どうも、ありがとう」

「いえ。

 たんなる学生がくせいのアルバイトです」

 ガイドをえたわか青年せいねん腕時計うでどけいを見てきゅうあせって、「失礼しつれいします!」とはしって行ってしまった。











 私はあのよるおどくした彼女かのじょれて、この短針の間のソファーにこしかけた。

 伯爵令嬢ベル・レストレスはほほあかくして、「あしられもまれもしない舞踏会はたのしい」と上機嫌じょうきげんだった。

 ダンスぎらいでいつも馬鹿ばかな王子に蹴られ、踏まれていたのだとづくと。

 はらわたえくりかえりそうになった。

 そう。私は、婚約こんやく指輪ゆびわも用意せず、ただただ、彼女をジッと見つめていた。

 もちろん、それはダンスのおかげ。

 私たちのこころはもう、まっていたのだ。


 私たちのすぐそばには、大使たいし閣下かっかがレストレス伯爵にって今後こんご戦略せんりゃくを話しつつ見まもられていたのは言うまでもない。


 そう。

 彼女がさきに、こう言った。

「お父様とうさま

 わたし、このかたと噴水を近くで見たいのだけれど。

 よろしいかしら?」

「おいおい。

 噴水のそばでは、キスをする恋人こいびとたちと虫でんでいるよ」と彼女の父親ちちおやむすめひやかした。


「じゃあ、ここでキスしてくださる?」


 短針の間には、ひとがまあまあいた。

 みながベルナルダのしずかなこえみみましていた。

 のがしたものだれもいなかっただろう。

 でも、ベルナルダはその野次馬やじうまたちを牽制けんせいしてみせた。


「ジェレミア様。

 それとも、また猫が来て、このドレスにも猫が粗相そそうをするのをおちになる?」


 私もわらったし、彼女の家族かぞくも、私の子守りの大使閣下も。

 さらには、野次馬たちもおお笑いした。

 キスしないのに、皆が私たちを笑顔えがお祝福しゅくふくしてくれた。

 もちろん、彼女のい猫もどこからかあらわれて、まよいなく、すわっている彼女のひざった。

 しかし、いつまでっても、猫の粗相のにおいはただよわなかった。











 見学を終えると、妻は化粧けしょう室へ行ってしまった。

 さて。

 これは、妻も王子も「汽笛のめかけ」もらないことだ。

 国王代こうつとめている摂政せっしょうソーンこう爵と、オールド王国駐在ちゅうざいシークエンス皇帝国大使との密約みつやくのこっている。

 王子と妾の子は、公妾こうしょうむ子よりも「支援しえん」が何も無し。そういうことになっている。


 母親ははおやが側室であれば、王子位も王女位もみとめられる。


 母親が公妾の場合でも、王族にくわわれなくても、「臣下しんかくだる」ことが出来る。

 たとえば、上位じょうい貴族あるいはちゅう位貴族に養子ようしに出される。


「汽笛の妾」の産んだ六人ろくにんの女の子は、国で王族である王子とくらすことも許されず、孤児院こじいんりも拒否きょひされた。

 元同盟もとどうめい国へと国際こくさい養子縁組えんぐみに出されてしまった。

 全員ぜんいん庶民しょみんいえだが、裕福ゆうふく家庭かてい環境かんきょう

 六女は大変たいへん優秀ゆうしゅうで、王立学院に国留学生りゅうがくせいとして在留を許されている。

 外出がいしゅつさいは、国旗こっきのデザインとおな腕章わんしょうをつけなければならない。

 風紀ふうきみだれはもちろん、恋愛れんあいえた文通ぶんつうですら、きんじられているはずだ。


「やあ、カナリー!」

 私たちを案内していた観光バイトの男子学生が、深紅しんく毛髪もうはつみのしょう女に声をかける。

 王立学院の制服せいふくていないし、腕章もつけていない。

 ちち親のうでにヘビのようにからんでいた母親とかおは……ていなくもない。

 父親には全然ぜんぜん、似ていないが。


 男子学生はカナリーとぶ女の子を連れて、旧王宮殿の裏手うらてにある娼館街しょうかんがいへと足早あしばやあるいて行く。

「どこへ行くの、ローラン?」



 猫の玩具おもちゃごえこえて来た。

 どうやら、土産物みやげものてんに、あたらしい玩具が入荷にゅうかしていたようだ。

「お土産屋さんにって行こう。

 ……やはり、初代の猫王が人気にんきらしい」

 もう、私たちをすくった粗相ばかりしていたはずの猫は、初代猫王を十分じゅうぶんに務め、くなった。


 今でも、こうして、全世界から猫きがやって来ては、猫王の虜になっている。

 モッフモフ。

 モッフモフ。

 私は一度いちどでたことは無いままになってしまった。

 だが、関係かんけいきずけていたとはおもう。


「……おや。

 これは、可愛かわいらしいおじょうさんだ」


 私は人だかりが出来ているコーナーに妻を連れて行く。


「こちらは今やベルナルダ皇后こうごうとなられたレストレス伯爵令嬢ベルさまの学生時代じだいのお写真です。

 そのおとなりがクロックタワー学院に留学なさっていたジェレミア皇てい陛下です」

 みず嫌いのくせに、噴水に飛びこんでびしょれになった彼女の猫モップを救助きゅうじょしたのは、若かりしころの私だ。

 しょぼくれたモップは、ブルブルふるえるので、私の制服のジャケットで水いてやった。

 なつかしいな……。

 みみかおと手足だけをジャケットから出して、大人おとなしくしているモップがまたあいらしい。

「これをおう」



 初代猫王のモップは亡くなった後、伯爵家のにわねむっている。

 猫王のファンたちは旧王宮殿の土産屋近くにある、歴代の猫王像のそばにあつまっている。

 でたり、きしめたり、記念きねん撮影さつえいをしたりして、思い思いに過ごす。


 ベルナルダは像のふと尻尾しっぽを何度もさわる。

「モップ、貴方をきこんでしまってごめんなさいね。

 でも、貴方はわたしのこと、きらいだったでしょう?

 いっつも、わたしのドレスにオシッコして。そのときも、機嫌なかおだったもの。

 こうして、はるが来るたびにおしのびで来ているけれど」

 いつも、モップの像のそばで、涙声なみだごえになってしまうベルナルダ。


「貴方は誰にもまさるわたしの騎士きしで、王子様だったのよ。

 モップ、どうかやすらかに」


 私も、帽子ぼうしはずして、あたまげる。

 むかしは無かった白髪しらがが目立つようになった。

「君はかしこかった。

 王子が来る度に、粗相をしていたそうだね。

 心配しんぱいしたハウスキーパー……いや、パレスキーパーが国宝級こくほうきゅう絨毯じゅうたんぎまわっていたそうだ。

 だが、君は一度だって、絨毯には粗相をしなかった。

 ベルのドレスをオシッコまみてにしたのは、君のぼう略だったんだね。

 ありがとう。

 おかげで、猫のオシッコくさく無くなった妻と、一緒いっしょ何十年なんじゅうねんることが出来ているよ」


「ちょっと!」

「良いじゃないか。

 ハハハハ」

 おこった妻は私のむねに顔をうずめた。


 皇帝宮殿で、すえの子を妊娠中にんしんちゅうだった妻に配慮はいりょ必要ひつようで。

 妻がモップのらせを聞いてしまわないように。私が情報じょうほうせさせ、妻を隔離かくりした。

 すまなかった、モップ。

 君の愛するひとを君からうばった私を、どうか許さないでしい。

 これからも、妻を連れて、君に会いに来るよ。



 春かぜきつける。

 もう、夕方ゆうがただ。

 これから、大使館にって、夜汽車よぎしゃで帝国へもどらなくてはならない。

 この国の人々ひとびとの中には、ベルナルダの目じりにまった涙に気づいても、気づかぬふりをしてくれる。

 誰も、写真かまえようとはしなかった。




 ミーミーミー。

 パシャシャシャシャシャシャシャ。

 パシャシャシャシャシャシャシャ。

 パシャシャシャシャシャシャシャ。

 パシャシャシャシャシャシャシャ。

 パシャシャシャシャシャシャシャ。



 うん。

 そうだね。

 人妻ひとづまよりも、子猫がとおれば、るよね。

 その子猫の愛らしい鳴き声はすぐに聞こえなくなる。

 宮殿のほうから、幾度いくどとなく、「警笛のような女性の悲鳴」が聞こえて来るからだ。


 おそらく、らい年も、来年も、十年後も。

 妻と私は猫の鳴き声や「警笛のような女性の悲鳴」を聞きながら、猫の王様のむ宮殿を歩くだろう。










 夜汽車にられながら、駅舎えきしゃ待合まちあい室の光景こうけいを思い出す。

 三つ編みが左側ひだりがわだけほどけ、靴下くつしたのままきはらしていた少女。

 靴はどこへわすれて来たのだろうか。

 王立学院の教官きょうかんと、サンドバー国大使が「国費留学のそく中止ちゅうし」を口頭こうとうでやりりしている。

りょうのおともだちにおわかれの挨拶あいさつをしたい」とまた、泣き叫ぶも、認められなかったようだ。



乗車券じょうしゃけん確認かくにん~、乗車券確認~、じょ……失礼しました!」

 私たちの乗車券と姿すがたを確認した古参こさんの車掌は急いで、(まだらしていない)警笛をめに(絶対ぜったい鳴らさないように)先頭車両せんとうしゃりょうへ走って行った。おしの旅行りょこう毎回まいかいかえりの夜汽車でバレてしまう。


 さあ、この国ともお別れがせまる。

 夜汽車は加速かぞくして、すぐに国境線こっきょうせんえて、帝国を目指めざす。


 猫の王様の治世ちせい万歳ばんざい


 妻は夜汽車のまどいきをハァハァき、窓を真っしろめて、ゆびで窓をなぞってみせる。

「伯爵令嬢が行儀ぎょうぎわるいことをするなんて、いけません」と、なにかにつけて、結婚前けっこんまえの彼女をしかっていた女。伯爵家に仕えていた侍女じじょおそろしい表情ひょうじょうわすれられない。

 猫の落書らくがきが完成かんせいすると、妻は果実水かじつすいびんり出した。

 学生時代によくんでいた。

 車内販売はんばいで買ったのだろう。

 まだ、えたまま。


乾杯かんぱいしましょう」

「嗚呼、構わないよ。

 猫の王国の平和へいわに乾杯」

「乾杯……ふふ」

 カチンッ。

 瓶がかるくぶつかって、音が鳴った。


 残念。

 さっ速、警笛が鳴って、げん速する。

 鹿シカれが鉄道てつどう線を横断おうだんしていく。

 猫の王国だが、国境を越える前に見た動物どうぶつは、猫では無かった。


 夜汽車には子どものじょう客はすくないのだが。

 聞きれない警笛に興奮こうふんしているようだ。

 警笛の真似まねをしている子どもたち。

 しかし、その警笛の真似をすように、さん人ほど、母親の鬼気ききせま鳴りごえがどこかの車両からひびいていた。

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猫の王様~愚かな王子と、粗相伯爵令嬢~ 雨 白紫(あめ しろむらさき) @ame-shiromurasaki

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