(中編)(デイフローレンス視点)

 いつも、ネコ尿にょうでドレスをよごしていた伯爵はくしゃく令嬢れいじょうとの婚約こんやく放棄ほうき宣言せんげんしたあとのこと。


 自室じしつで、もっとあいする彼女かのじょと、毎日まいにちごしていた。

もちろん、愛をたしかめっていた。

結婚式けっこんしき来月らいげつせまる。問題もんだいいだろう。

 ぼくとドローネアは、従者じゅうしゃがベッドをキレイにするとき以外いがいはほとんど、ベッドのうえからはなれようとはしなかった。

 ……それはすこはなしぎているな。


 彼女をれて、城下じょうかにくり出すこともあった。

宮殿内きゅうでんないでは、ドローネアの夜汽車よぎしゃ警笛けいてきのようなさけごえ目立めだってしまうが。

娼館街しょうかんがい安宿やすやどでは、だれにしない。

それに、安宿では、ドローネアのダンスまでもおがめる。彼女は貴族きぞく令嬢れいじょう舞踏会ぶとうかいおどるようには踊れないが。

ベッドのうえでのはげしい求愛きゅうあいのダンスは最高さいこうだ。

 だが、最近さいきんはそれもむずかしくなっている。


 ドローネアのおなかはまだゆったりとしたドレスでなんとかかくれる程度ていど

 まだ、結婚まえのドローネアの妊娠にんしんに気づいている国民こくみんはいない。

 どもはしばらくさきでもいとはおもっていたが。

 子どもの存在そんざい確信かくしんして、僕はより「王位おうい継承けいしょう」を意識いしきするようになった。


 結婚式をすすめるには、ちちはなわなければならない。

 ベルナルダとの結婚は卒業後そつぎょうごすぐに準備じゅんびはしていたのだから。

 その予算よさんがあれば、もうぶんない。

 しかし、その予算の内訳うちわけは伯爵からの持参金じさんきんふくまれていた。

 ベルナルダと結婚しないのだから、てにしていた持参金ぶん国庫こっこからおぎなうしか無い。


 ドローネアが用意出来る持参金は一切いっさい無い。

 ドローネアは父おやがいないし、はは親は父親との結婚を許されなかった。

 じゃあ、どうして、王立学院りつがくいんにゅう学出来たのか?

 入学金と学りょう費はどうしていたのか?


 しょ民であるのに富豪ふごうだったドローネアの祖父そふの存在がおおきかった。

 ドローネアを真面目まじめ養育よういくするよう、きょう育だけはかなかったのだ。

 祖父のおかげで、彼女はクロックタワー学院へ入学出来た。

 しかし、僕との夜遊よあそびが原因げんいんで、学院がわから、かなり謹慎きんしん処分しょぶん一方的いっぽうてきらっていて。

 謹慎処分で反省はんせいせずに、僕との恋愛れんあいふけっていたせいもあって学ぎょうおろそかに……。

 さらには、僕もドローネアも、二回にかい留年りゅうねんまでしてしまっていたのに。最終さいしゅう学年で、三回目の留年。

 だから、本来ほんらい、あの卒業生そつぎょうせい舞踏会には出席しゅっせきできない

 僕は、あくまでも、卒業生のダンスパートナーとして、入場にゅうじょうが許されていただけだった。

 それでも、あのでしゃしゃり出なければ。無理矢むりや理、あの猫の尿まみれのおんなと結婚する羽目はめになっていたのだ。


「こうなったら、アタシがベルナルダにいじめられたことにすれば逆転ぎゃくてん出来る」とドローネアにそそのかされたのも、あって調子ちょうしってしまっていた……。

 あのよるは、ちょっと、失敗しっぱいだったかな。

 いてかんがえることが出来るようになったいまの僕でも、そうおもう。



 それにしても、父が王宮にいないようだ。

 従者に話しかけるも、ない態度たいど

 どういうことだ?

 王がいないのなら、僕が王のわりなのに。


 僕の乳母うばで、従者見習みならいのマイクがノックもせずに、僕の寝室しんしつはいって来た。

 裸のドローネアは胸元むなもとで隠すが、ふくれたお腹を見せつけるように、マイクにかって、お腹をき出してみせた。


「マイク、父うえは?」

「シークエンス皇帝国こうていこく太子たいしのジェレミア殿下でんかのごせい婚で、シークエンス国へ」とボソボソちいさなこえで話してはくれた。


「来月には私とドローネアの戴冠たいかん式と結婚式だぞ!

 国へひまは無いはずだ!」

「デイのおとうさん、病気びょうきがちなのに、がい国へ行くなんて大変たいへんね~」とドローネアは何度なんども、何度も、お腹をさすっては「うふふふ」とわらうだけ。


「婚約放棄を宣言したデイフローレンスは、生涯しょうがいにわたって、いかなる契約けいやくむすぶことが出来ないとなった。

 その尻拭しりぬぐいに、国王へい下は奔走ほんそうされている」

「僕に対して、『殿下』をつけろ!

 不敬罪ふけいざいぞ!」

御前おまえはまだ、わかっていないのか?

 婚約・婚姻・即位が出来ない。

 また、婚約放棄の賠償ばいしょうとして、婚約公文書こうぶんしょ内で結んだとおり、国王陛下は伯爵家に目録もくろくわたした」


 よくわからない説明せつめいいているあいだに。

 ベッドのわきかざっていた、この国の王冠がマイクとはべつの従者によって、持ちられていく。

「王冠をどこへやるの!?

 デイのお父さんのものよ!!」とドローネアがはだかのまま従者をいかけるも、羽虫はむしを追いはらうように、で払われてしまった。


「もし、婚約が破棄された場合ばあいは伯爵令嬢ベルがくなるまで、王位はくう位とする。

 宰相さいしょうであるソーンこう爵が国王代行だいこうつとめる」とマイクは僕をかわいそうなものを見るように、あわれんでいる。

「ハハハハハ。

 僕は伯爵令嬢と婚約を放棄しただけんだぞ。ソーン侯爵が国王代行だって?そんなことはみとめられない」


「まだ、はなし途中とちゅうだ。

『ただし、婚約放棄の場合は、伯爵家の猫に王冠をさずけるとする』そうだ」






「ニャーニャー」






 僕の寝室のそとで、猫のごえこえる。

 たしかに、聞こえる。

 幻聴げんちょうじゃない。

 僕は伯爵令嬢のせいで、すっかり猫ぎらいになって。

 王宮内にいる猫は、たとえ同盟どうめい国や友好ゆうこう国からの「友好のあかし」としておくられたとしても、追放ついほうしたはずだ。


「ねこ?」

「猫ですね」

「猫って聞こえました。

 じゃあ、やっぱり、猫の王様って本当ほんとうなんですねー」

 庶民であるドローネアが王室の慣習かんしゅうやぶり、侍女じじょたちと上手うまくいかなくなって。位貴族出身しゅっしんの侍女の大半たいはんはクビにした。

 あたらしくやとえるかねは、王太子の僕の結婚予算のせいで、無い。

 のこっているものでやりくりしてもらっているが。

 王族に対する敬まったかんじられなくなった。


「『伯爵家の猫が王位を継承けいしょうする。

 また、猫が王位継承中は王宮殿・宮、王室財産ざいさんすべてを伯爵家の猫が相続そうぞくする。この場合、宰相であるソーン侯爵が摂政せっしょうとして、国王代行を務める。

 猫への不敬はゆるされない』」

 マイクはさらに、「自分じぶんも、母親も、王宮の仕事しごとめる」と言い残して、ってしまった。


 僕がころんだときも。

 王宮に遊びに来たベルをかせてしまったときも。

 僕がドローネアに一目惚ひとめぼれしたときも。

 僕がはじめて男子だんし寮を抜け出して、ドローネアと娼館街の安宿にまったときも、

 世話せわも尻拭いも全部ぜんぶ、マイクがしてくれた。

「マイク、行かないでくれ!

 御前おまえいますぐ、つまめとってよ。

 今夜こんやにでも、君の妻も子どもをつくって、ドローネアの子の乳母になって」と僕はマイクに泣きついた。




「「「「「……」」」」」




「まだ、続けましょうか。

『さらに、王室および王室財産にたずさわる王室職員および奉仕ほうし者は、王室および王室財産にれてはならない』とあります。

 王宮・離宮の侍従・侍女などの職員はもちろん。

 王立騎士団きしだんと王立近衛このえ騎士団も解散かいさん

 王立図書館としょかん、王立クロックタワー学院の職員もめん職です。

 王室専属せんぞく音楽隊おんがくたいも、無くなります。残念ざんねんですね」


「学院はどうなるの?

 子どもをんでも、もどれるようにしてくれるのよね?デイ」

「もちろん!

 心配しんぱいいらないさ、ドローネア。

 子どもを産むまで、僕も一緒いっしょに学院をきゅう学する。

 最悪さいあく、僕の王けんで卒業資格しかくくらい、どうにでもなる」

 僕はドローネアのうつくしいまるまるとしたしりでながら、せる。


「『けん国以来、くにと国の友好の証としてった宝物ほうもつ全てを、もと王太子とめかけドローネア・ホーネットの手によってかっ国へ返還へんかんするように』。

しろのタキシードをて、猿轡さるぐつわもして、一切いっさいくちひらかせないように』との注意ちゅういきもありました。

 自分はもう貴方あなたつかえないので。

 ご自分じぶんで猿轡をつける練習れんしゅうをしたら、どうでしょう?」

 未来みらいの王妃にまたがられた僕は、マイクに見下ろされている。

マイクの話をもっと聞きたいが、ドローネアの警笛のような叫び声を、まずはしずめなければならない。

マイクはこちらをしばしにらんで、そして、また憐れんで、寝室のそとった。

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