猫の王様~愚かな王子と、粗相伯爵令嬢~

雨 白紫(あめ しろむらさき)

(前編)(ジェレミア視点)






「……よって、デイフローレンスと王太子おうたいしにおいて、粗相そそう伯爵はくしゃく令嬢れいじょうことレストレス伯爵令嬢ベル・レストレスとの婚約こんやく破棄はきする!!!!!」






 ババーン。


 本日ほんじつ午後ごご六時ろくじより開催かいさいされている、王りつクロックタワー学院がくいん卒業そつぎょう記念きねん舞踏会ぶとうかい

 学院敷地内しきちないでおさまりきらない、重大じゅうだい学校がっこう行事ぎょうじである。

 卒業せい華々はなばなしい進路しんろ見合みあった会じょうは、このオールド王こくふたつとあってはならない。

 ここは、オールド王宮殿きゅうでん長針ちょうしん


 オープニングセレモニーにふさわしい弦楽器げんがっきかん楽器、楽器の調和シンフォニー

 しかし、調和ちょうわしつつも。やはり舞踏会らしい、はずみをつけて華やかにした演奏えんそうつづくはずだった。


 招待しょうたいを受けたわたしはパートナーを伴わず。

 しかし、それがゆるされる立場たちばでもある。

 こうして、お目付めつやく大使たいし閣下かっかと、国の学校の「卒業生のための舞踏会」におばれしている。

 まあ、正規せいき留学りゅうがくして六ねん事に卒業した。

 そのとき、私は卒業生としてダンスパートナーのいもうと国からせて、無なんにこなしていた。だから、ダンスのおもとくかった。

 意中いちゅう相手あいてにパートナーをもうしこめばかったと、本当ほんとう後悔こうかいしか無い。



 卒業生と、卒業生のダンスパートナー。

 彼等かれらだけの入場にゅじょう

 はじめておおやけ着飾きかざることを許されたしょう年少じょたち。

 卒業生の初々ういういしい姿すがたは、彼等を見守みまも大人おとなたちにとって、きっと、まだまだお子様こさまっぽくえるだろう。

 そう、それですら予定よてい調和のはずだったのに。

 しかし、今年ことしの卒業生舞踏会は不穏ふおんな「婚約破棄宣言せんげん」からはじまってしまった。


 入場の案内あんないしたがわずにしてた、王太子。

 彼にたいして。

 ……だれもが、おかしいと思ったことだろう。

 かみ軍服ぐんぷくみだれた「王子おうじ様」がパートナーの伯爵令嬢をれずに、単独たんどくとびらをこじけて、長針の間にはいって来たかと思えば。

 婚約破棄を宣言して、ほくそんでいる。



 本来ほんらいならば、ダンスパートナーが直前ちょくぜんないような事態じたいこらず。

 相手とうでんで入場する。

 それだけでも、たりまえの「ちいさなしあわせ」。

 長針の間の人々は、胸躍むねおどらせる緊張感きんちょうかんえ、オールド王国の転覆てんぷく瞬間しゅんかんをただただ茫然ぼうぜんながめるだけ。


 王宮ではたらものじって、ざい校生が学院の制服せいふくで、招待客しょうたいきゃく給仕きゅうじおこなっていたが。やはり、卒業生がになるのだろう。

 一年後いちねんご、あるいはすう年後の自分じぶん想像そうぞうしているのかもしれない。


 長針の間、卒業生控室ひかえしつ厨房ちゅうぼう廊下ろうか受付うけつけ

 さまざまな場で、舞踏会の始まりを心待こころまちにしていた在校生や、卒業生、そして彼等の家族かぞく

 また、学院ちょうふくめた全職員ぜんしょくいん

 さらに、王立学院卒業生のざらとなっている王国の行政ぎょうせい機関きかん関係者かんけいしゃたちも。

 さらに、さらに、正規留学でにゅう学から卒業まで努力どりょくつづけた留学生の家族。

 そして、かっ国の大使、りょう事。


 まるで、ちいさな小さな戴冠式たいかんしきが始まるような、王しつ専属せんぞく音楽隊おんがくたいのファンファーレ。

 そう、王室がクロックタワー学院のためだけに、今宵こよい、王室専属音楽隊をし出したのはもちろんのこと。

 この由緒ゆいしょある「オールド王宮殿長針の間」を開放かいほうしている。


 しかし。

 管楽器のいきおいある演奏はオールド王国の王太子(第一だいいち王子)デイフローレンス殿下でんかの、婚約破棄宣言によってかきされてしまった。

 弦楽器も打楽器もそれに続いて、演奏のめてしまった。

 指揮者しきしゃが演奏を続けるようにうながすも、駄目だめだった。

 不敬ふけいだと指摘してきされれば、音楽隊から推薦状すいせんじょうも無いままい出されてしまう。

 はなしつうじない、やっかいな王子様に脅威きょういかんじて、皆が大人しくなる。


 大理石だいりせきゆかあるおとはしない。

 誰もがいきころしている。



 デイフローレンス殿下がかたる、かなしみをこめた話。

 王立クロックタワー学院で、入学当初とうしょから一目ひとめれしたドローネア・ホーネットとのめ。

 デイフローレンス殿下の婚約者であるベル・レストレスが、ドローネアをいじいたこと。また、ドローネアの卒業を妨害ぼうがいして、ドローネアが留年したこと。

 うらつらみのこもった、あいする少女からの手紙てがみをデイフローレンス殿下が心をこめて読む。


 その手紙を殿下が読んでいるあいだに。

 するりと警護けいごをかいくぐってやって来たドローネアが真紅しんくのドレスをひるがえしながら、やって来て。

 殿下のひだり腕に、ヘビのようにからみついて、う。


 ……社交界しゃこうかいへのお披露目ひろめねている、この卒業記念舞踏会。招待客はもちろん、卒業生のドレスコードはきびしい。

 軍服は禁止きんしで、しろのタキシードか、白のドレス。

 令嬢たちは、それでも、族のプライドで、銀糸ぎんし刺繍ししゅうほどこした、特注とくちゅうのドレス。

 王族よりお金持かねもちの新興しんこう貴族だって、きん糸はマナーで使つかわない。

 金糸は国王の許可きょかて、王族が使うことが許されている。

 ドローネアの真紅のドレスは金糸の刺繍は使用しようしていないが、黄金おうごんのフリルとリボンを用している。

 そして、殿下はチラチラ、ドローネアのおそろしくはだけた胸元むなもとを見ろしてははなしたをのばしてニヤニヤしている。


「殿下、婚約破棄は」とデイフローレンス殿下の子守りたん当の侍従じじゅういそけつけ、長針の間から殿下をきずり出そうとするも。

「王室とレストレス伯爵りょう家の問題もんだいだ。くちはさむな!!!」と殿下は怒鳴どなった。


 そこへ宰相さいしょうのソーンこう爵もけつける。

「殿下。

 王太子になられた貴方あなた様は、王の補佐ほさであります。

 貴方の行動こうどうすべ公務こうむ直結ちょっけつしております。

 婚約は王太子になられるさいに、再度さいど文書ぶんしょとしてむすばれなおされているのです」

「ソーン、私にそんなおぼえはない!」

「いいえ。

 さくなつにサインされました」

「私の行動は公務だ。公文書の破棄は口頭こうとう可能かのうだ!」

「いいえ、王太子殿下。

 公文書の破棄は……とにかく、ここにはどうやら、ベル様はいらっしゃいません」

 ソーン侯爵は、王子様の真のダンスパートナーであるはずの伯爵令嬢ベルを目視もくしさがすも、見つけられなかった。


嗚呼ああ

 そうだとも!

 また、あのいえネコらしたのだ!!!

 今日きょうという今日まで許していた私が馬鹿ばかだった。

 猫の尿にょうまみれのドレスをてて、ここへひとつであらわれれば、そく以下いかの公しょうくらいにはしてやったのにな!!!」

 彼の声色こえいろからは、侮辱ぶじょく意識いしきはしていないと判断はんだん出来る。

 心のそこから思う言葉ことばなのだろう。

 我々われわれかんじた下劣げれつ単語たんごも、彼にとっては、「たりまえ」なのだ。


 デイフローレンス殿下のおかおは、どの国の少女たちも夢中むちゅうにさせる。ずばり、「王子様がお」である。

 もちろん、ハゲてはいない。フッサフサの金髪きんぱつながめ。

 そして、王ゆずりのあおひとみ

 身長しんちょうもよろしい。

 巨漢きょかんでも無く、低過ひくすぎもしない。

 私が在学中、彼は下級かきゅう生だった。

 下級生が暴走ぼうそうしないように、教官きょうかん手伝てつだいをしつつお守りをしていた乗馬じょうば実習じっしゅう

 その際も、デイフローレンスはうつくしい姿勢しせいのまま愛馬あいばで駆けまわっては、下級生の女とりこにした。


 まあ、そういう「王子様」になびくのは世間せけんらずばかりの下級生くらいだった。

 どう級生やじょう級生は、殿下の「お子様っぷり」を入学前から知っている。

 残念ざんねんなのは、あたまだけなのだが。

 まあ、人とうのは、一つけているほういが。

 これが将来しょうらい、この王国のおさになるとはかんがえたくない。

 他国からの留学生だった私は、オールド王国には、心底しんそこじょうする。



 ワーワー一人ひとりさわいでいる殿下が長針の間から出て行かないことにはどうにもならない。

 そこへ女せい近衛このえ騎士きしが駆けって来る。

 本来ほんらいならば、女性王族のそばをはなれないが。

 今宵は、女子卒業生控室内の警備けいびを担当していたようだ。


「『デイフローレンス殿下が婚約ほう棄なさったら、いかがかしら?

 放棄の宣言であれば、撤回てっかいみとめられないほど強力きょうりょくですのよ』とベル・レストレス様はもうしております」と近衛騎士は伝言でんごんつたえた。

 誰もなにも言わない。




「じゃあ、婚約を放棄する!!!!!!!」




 殿下の、その言葉に、庶民しょみんのドローネアはピョンピョン飛びねて。

 殿下にき、ほほくちびるにキスを続ける。

 チュッチュッ。

 チューッ。


「やった!

 やったぞ、ドローネア!

 これで、私ときみけっ婚出来るぞ!

 君は来の王妃だ!

 いいや、今すぐにでも!

 ……まあ、そんなみすぼらしいドレスなんかよりもっと良いドレスを仕立したてよう。

 君は王妃になるんだからね。

 ぼくはダンスなんかきらいだ。

 さあ、皆。舞踏会場から出て行ってくれ。

 ドローネアは僕の部屋へやにおいで。アハハハハハ」



 王太子の高笑たかわらいはいまみみにこびりついている。

 さらに、王太子は恋人こいびとのドレスをビリビリにそのやぶいて、衆人しゅうじん環視かんしなか、舞踏会用の下着したぎ姿にしてしまった。


 貴族だったならば、ピッタリとしているはずの下着が。

 特注では無く、既製品きせいひんったと思われる下着には、ところどころ糸やぬのがほつれて、ブッカブカ。

 どうも、庶民のせこけた胴体どうたいにはっていないようだ。いや、「大きなむね」にわせて購入こうにゅうしたせいだろう。

 ドレスをひろげるための安物やすもののドレスカップは布がりず、ワイヤーがき出し。

 どうやら、うしろでヒソヒソ話している連中れんちゅうによると、いわゆる「下級以下の娼婦しょうふたちの下着にそっくりだ」と。

 彼等はゲラゲラ笑うことも出来ず、あくまでも紳士しんし士としてっている。しかし、興奮こうふんした眼差まなざしと鼻息はおさえられていなかった。


 そして、ドローネアの胸にめ物をした形跡けいせきあらわになっていて。

 王子はその詰め物をき抜くと。

 さすがに、女性じんから難めいたさけごえがった。


 扉のそばの廊下で控えていた卒業生の先頭せんとう集団しゅうだんに対して。

「御前等のパートナーはいもうとか?従妹いとこか?

 騎士だん入団予定の御前等は婚約者がいないだろう。めぐんでやる」と詰め物をだん子の顔にげつけた。


 これには。

 招待客も王宮で働く者たちも一斉いっせいに大理石の中にじこめられた化石かせきっぱなのか、さかなほねか、貝殻かいがらなのかを探究たんきゅうするしか無かった。


 私はそっと従者わりのオールド王国ちゅう在帝国大使に耳打みみうちすることにした。

「婚約破棄……いや、放棄の宣言があった。

 ということは、ベルは自由じゆうの身になったのだな?

 大使閣下」

「おしずかに。

 さあ、今日きょうはもうかえりませんと。

 大使館へいそぎましょう。

 いけませんよ、ぜっ対にいけません。

 嗚呼、貴方様までどうなさったのです」と大使閣下になげかれてしまった。











 あれから、数十すうじゅう年がった。

 毎年まいとしはるになると、オールド王宮殿へやって来ている。

 今現在は「きゅうオールド王宮殿」としょうされている。

 長針の間へ続く廊下には、むかしわらない真っ絨毯じゅうたんかれている。




「国王様がお散歩さんぽ中です。

 どうぞ、立ちまられて。

 どうか、れないように」




 ガイドが立ち止まって、毛並けなみがモッフモフの長毛種ちょうもうしゅの猫のうごきをちゅう視している。

 その猫のうしろには、従者がついてあるいている。

 レストレス伯爵家特有とくゆうの、「猫のシルエット」と「黄金のかね」が入った紋章もんしょうのブローチをつけた従者と、猫の仮面かめんをつけた近衛騎士団がゆっくりあとう。

 ちかづき過ぎず、とお過ぎず。

 猫一匹いっぴき優雅ゆうがに絨毯の上を歩くのを見守っている。


「デイフローレンス王子が婚約放棄を宣言していたとき。

 婚約者のご令嬢はどちらに?」

 そう、ガイドにしつ問しただけなのに。

 つまには背中せなかをバシバシたたかれてしまう。

 ハハハハ。


「それがベル様は長針の間にはいらっしゃいませんでした。

 こちらの廊下で。

 じつは。

 ……御召おめし物のドレスの上で……い猫にオシッコをジャーッとされて。

 急いで控室にもどられて、着えをされている途中とちゅうだったと記録きろくのこっております」


 妻はコロコロひょう情をえて、オロオロしている。

 そして、ついには、両手で顔をおおってしまった。


「ご令嬢の飼い猫は屋敷やしきにお留守番るすばんしていなかったのかな?

 どうやって、王宮にしのびこんだんだろうね?」

「どうやら、ベル様の兄君あにぎみおとうと君、妹君がれて来ていたそうです。

 近衛騎士団が騒動そうどう調査ちょうさした報告ほうこく書にりした話がっていました。

 我々王国民は、初代しょだい猫王ねこおう様の、あのよるのオシッコには感謝かんしゃしてもしきれませんよ」


 嗚呼、何度なんど来ても、ここのガイドたちはユーモアがある。

 そう、この国は、猫のオシッコによって、おろかな王子が王位にそく位出来なくなったことになっている。


 そして、私個人こじんにとっても。

 猫のオシッコによって、風向かざむきが変わったのだ。


 ガイドは予定どおり廊下をすすみ、つぎの見学さきへ案内してくれる。

「その婚約放棄の騒ぎの後。

 中断ちゅうだんしていた卒業記念舞踏会はオープニングセレモニーの入場きょうからやりなおしとなりました。

 次は長針の間の見学となります。

 大理石の床はすべりますからご注意ください」

 赤い絨毯が無くなるはずだが。

 やはり、見学者たちの転倒てんとう念して、赤い絨毯が動線に敷かれている。



 嗚呼、なつかしい。

 廊下のシャンデリアも可愛かわいらしかったが。

 長針の間のシャンデリアは、皇帝宮殿の見慣みなれたシャンデリアよりも、可愛らしい。

 特に、国王の「権威けんい栄光えいこう」の象徴しょうちょうである、はなの飾りが目つ。

 ここは、猫の意しょうすくないままとなっているのだ。

 かべ肖像画しょうぞうがも猫では無く、花束はなたばつ人。


 猫の王様と従者に続いて、私たちも長針の間の中央ちゅうおうへ向かって歩く。

 途中途中、写真しゃしんを引きばしたパネルが展示てんじされている。


 まだ、どこかおさなさが残るベル・レストレスの白いドレスの写真。


「こちらは、シークエンス皇帝国の皇太子殿下と、婚約放棄後のベル様の入場場面です。

 その前に、こちらもご紹介しょうかいすべきでしたね。

 パートナーがいらっしゃらなくなってしまったベル様を思われて、ジェレミアこう太子殿下がダンスを申しこまれたときのお写真でございます」

 ガイドが指差ゆびさす写真を見て、顔を真っ赤にしてずかしがっている妻。



 嗚呼、これで音楽隊の演奏でも聞こえてきたら。恥ずかしがる妻を抱きしめながら、長針の間を妻と何周なんしゅうおどってしまうかもしれない。


 私のいとしいベルナルダ。

 どうか、恥ずかしがらないでしい。

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