第11話 蘇りのサウダージ



「蘇り一発めの、チュウん~っ!」

「戦闘中じゃい!」


 起き抜けに飛びついたら、グーで殴らた。


「てて~ぇ。俺、どれだけ死んでました?」

「四七時間」


「手遅れ寸前じゃねえか。この人でなし!」

「言ったでしょうが、戦闘中なう、よっ」


 あたりを見回せば、どこかで見覚えのある村。


 ……ここって、転移した直後に寄った森に呑まれた村だ


 誰かと手を握っている感覚がして、右手を開く。


「ルシア」

「死に戻って、急に師匠に対して言うようになったじゃないの」


 灰緑色の瞳がむっとこちらを睨んでくる。


 魔女ビオラゥン・ルシタニア。魔女連からの通称は、ルシア。


 西都ポルトゥスにおける宝賢〝燈明の魔女ビオラゥン〟といえば、王国三賢女の一郭に数えられている。数百年の人生の中で、弟子は俺だけ。義姉妹である北陽の魔女ビウエラ、南陽の魔女バンドゥリアは、門下三百人を数える大家だというのに。


 師匠は、オレンジ色のみずみずしい長い髪を後ろでひっつめてあった。

 ずいぶん久しぶりに思える魔女の美貌は、俺のしっている幼い弟子の面影があった。


「夢の中で俺、弟子を取ってました」

「へえ。もっと聞いてみたいけど、今は……」


「ルシアっていって、王女でした。もちろん師匠が送り込んだ蘇生魔法の準備術式プロンプトですけど」


「ふっ。気づいたか」

「いいえ。他のプロンプトが教えてくれました」


「そうじゃないよ。呪殺魔法術式がゆるんだから、きみが自分で気づいたの。プロンプトはあくまで指標だから」


「師匠が言うなら、そうなのかもしれません。でも、これ。拾ったんです」


 魔石を差し出すと、師匠は目を見開いた。


「えっ、黒檀の銀魂シルバー・オブ・ダークネスっ? ちょっとぉ。原理、教えなさいよぉ」


「呪殺魔法に師匠の蘇生術式プロンプトが介入して変質し、〝崩壊惑星暗黒瀑〟コラプサー・シュヴァルツシルト〝煉獄終焉降下〟プルガトリウム・ダウンをぶつけ合って――」


「待てまてまて。なんでそんな無茶苦茶な設定になってんの。夢の中で、高位闇魔法? あんた殴られたいわけ?」


 さっきグーで殴ったやろがい。


「それと、呪殺魔法の正体、〝百面の狐賽〟ダブルオー・フォクシーダイスでした」

「えっ、ふふん……でかした」


 即答で頭を撫でられた。その手が俺の頭の上で止まる。


「てことは、デス・イーブン?」

「はい。さすが師匠。お早いご賢察で」


 頭をぽふりと手を置かれた。師匠の情緒はいつだって不安定だ。


「きみの蘇生と敵を釣り出す意味で、人気のない廃村まできて正解だったわ。追ってきてるのは間違いない」


「そもそもどういう怨みを買ったんです?」

「知らない。心当たりない。興味ない」

「単純に魔女だからとか?」


「かもね。でも世の中には魔女にすらなれないやつなんて、ごまんと転がってるわけだし?」

「酒の席で狼藉をやらかしたとか。相手より先に無銭飲食して逃げたとか」 

「や、やだなー。なによそそそれ、どどんなサイテー女よっ」


 酒が絡むと心当たり、あるんだ。酒の失敗がなければ、冒険者まがいの請負稼業じゃなかったのに。


「でも、よりにもよって師匠に呪殺魔法を、リスクを負ってまで使ってきたのはなぜなんですかね」

「呪殺魔法は、市街での魔法禁止条項にひっかからないからじゃない?」

「適用外?」


「そ。呪殺魔法は自分の命も危険にさらして成功させる捨て身術式。呪い殺せたかどうかも運まかせ風まかせ。でも成功すれば、呪殺した痕が死体に残らず、魔法審問官も立証できないから完全犯罪できる利点はあるっちゃあるけど、微々たるもんよね」


「魔女でも見逃すレベル?」

「私じゃなけりゃね。だからその弟子に誤射したことで、相当の鬱憤はたまってると思うけどね」


「たしかに〝百面の狐賽〟が、やり直しですもんね」

「ううん。やり直しになんないよ」


「えっ、なんでですか?」

「なんでって、きみが生き返ったからに決まってんでしょうが」

「あっ。ええぇ」


 そいつは盲点だった。俺は魔石を顔に近づけて主張する。


「でもほら、これ。術式の中で俺、黒い狐まで倒しましたよ?」

「だとしても、ノーカウント。それが狐賽の狐っていわれる理由よ」


 誰だよ。こんなインチキな呪殺魔法を発明した魔女は。


「師匠。向こうって、一人になるのを狙ってますかね」

「ふむ。かもね。あと生き返ったことに気づいて、その場で術式を再起動してるかも」

「どうやってここまで追ってこれたんでしょうか?」


 ビオラゥンは、軽く目を開いて、微笑んだ。


「死んで、少し馬鹿が治った?」


「その言葉がなけりゃ、弟子はもっとついてきてたはずですよ」

「むぅ。オリハルコンハートなのは結局、きみだけだもんねえ」


 惚れた弱味ですとは、死んでもいわない。さっき死んでたけど。


「で、釣りだした術者をどうやってブチのめしましょうか?」

「もぉ一発……?」

「弟子の献身は、年二回は無理。マジで無理」

「だよねぇ」

「あ、でもたぶん、あの方法ならいけるかも?」

 俺は崩れそうなボロ小屋から辺りを伺いながら出ると、

 

 パァアアアン!


 一発の拍手を炸裂させた。魔力を込めたほの赤い音の波が、村中に広がる。

 距離二〇メートル先の家屋の中に、ローブをかぶった人の姿が赤く浮かびあがった。


 刹那という時間だけ、うちの師匠の理解が勝った。


 家屋の中から外へ向かって岩盤の荊棘が飛び出し、一軒まるまる粉砕した。人影が魔力の気配を悟って部屋から逃げ出そうとした体勢のまま、消えた。

 相変わらず師匠の魔法は容赦がない。


「よし、やったか?」

「おい、それやめろ」


 俺が置き去りにされたピッチフォークを右手に握って家屋のあった荊棘に歩み寄る。

 足下に人形が落ちていた。何気なく拾いあげると、そばの家屋の窓際へそっと戻した。

 窓際にずっと残されていた、もう一つの人形のもとへ。


 荊棘の隙間をくぐって奥へ行くと、術者らしき痩せぎす男が胸を押さえたまま床へ頭から突っ伏していた。魔法陣が斜めに裂けていた。それに合わせるかのように、術式の胸にも赤い裂傷が走っていた。だが、どこにも出血はない。


「死んでます。術式事故を起こしたようです」一応知らせておく。


 術式事故。魔法詠唱の途中に何らかの原因で発動が不安定になり、魔法が不成就によって起きる反動弊害のことだ。


 外見でそれとわかる特徴は、残った魔法陣と血を奪われていることだ。


 魔法使い独学者が未完成にも気づかずに術式を築き、術式不備による反動を引き起こす死亡事故が後を絶たない。その後始末に魔女が駆り出されて、始末したあとも魔女のせいにされるのだから噴飯ものだ。


「呪殺魔法には、術式途中で中断するスペルがないからね。私がちょっと脅かしてやれば、この通りよ」


「この術者が逃げ出したのは、俺が音の波を飛ばした直後でしたよ」


 術式事故を誘発させたのは、たった一つの拍手。

 魔女ビオラゥンは魔法に関する時だけは、弟子を気遣う優しさを見せる。


「持ち物に依頼人を示すもの無し。魔石がいくつかあります。もらっておきますか?」

「いらなーい。もぉ疲れた~。帰ってお風呂入りた~い。沸かし――」


 俺は廃屋からでてきたビオラゥンをそっと引き寄せていた。


「ん、どしたどした。ジルヴァン……っ!?」


 師匠に触れてようやく、自分の体がはじめて震えていることに気付かされる。

 彼女からの温もりが体内まで移ってくると、俺はみっともないくらい声をあげて泣いた。


 怖かった

 悲しかった

 寂しかった

 失いたくなかった


 会いたい彼女のそばにようやく戻ってこれた安堵とよろこびを、どうすることもできず溢れさせていた。


 魔女の心臓を食べた狼の郷愁サウダージが、溶けていく。


                                      〈了〉



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蘇りのサウダージ ~呪殺魔法からの脱出~ 玄行正治 @urusimiyasingo

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