第10話 赤と黒



 藪をつついて、ヘビを出す。

 ヘビでも嫌なのに、今度こそ強そうな黒狐がとび出てきた。


 呪殺魔法〝百面の狐賽〟ダブルオー・フォクシーダイスが獣化した姿か。


 黒い毛並みに白銀毛が隈取くまどりのように混じっている。取り込んだセシアのプロンプトによって呪殺術式に一部だけ抑制が入ったのだろう。


 真っ黒な飛槍となって鋭い放物線を描き、襲いかかってくる。

 俺はバックステップ二回からの急突進、狐に頭突きをかける。


 ドゴッ!


 骨同士の衝撃を置き去りにして、すぐさま互いの喉笛を狙う。

 俺の爪で顔面を叩けば、かわした狐が至近距離から黒炎を吐いた。俺は地を低くとって躱すと、その体勢をバネにして、開いた顎へ再び頭突きで封じる。


「ぐふぁっ。し、師匠、往生際が悪いですよっ」

「接近戦で忙しい時に黒炎なんか吐いたら、そっちに意識が集中して隙が生まれるに決まってるだろ」


「ぐっ」

「魔法使いがパーティ後衛なのは、ひとえに詠唱時間にある。すべての魔法使いが運動不足でトロい生き物だと、誰がいった?」


「か、狩られるのは師匠なんですよっ。なんでそんなに余裕なんですか!」


「お前がどんなにこの世界を掌握しようと、ここは俺の世界でもある。それがわかったから負ける気がしなくなった」


「だから、その根拠は」

「そういう精神修練を、俺は師匠から教わった」


「……っ」


「お前にも教えてやる。お前が呪殺術式? プロンプト? 違うね。お前は俺の弟子ルシアだ。一度弟子にしてくれとお前が頼んで俺が認めたからには、お前は一生、俺の弟子だ。さっさと呪殺なんて捨てて、俺と魔法の真理を求道しろ」


「ううっ、うがぁああああっ!」


 俺が諭す直後、頭の芯が強制的に絞り出されるような痛みが走った。


〝暗黒の式 深淵の黄昏 そは混沌の渦はるかなる闇の業火なり――〟


「あいつ、俺の記憶から魔導書をっ!? そんな真似までできるのか。呪殺術式だから親和性の高い闇魔法を選ぶにしても、一番ヤバいのに手を出しやがって!」


 師匠にバレたら本気で殺される。この後、大団円で蘇るのも躊躇うわ。


 〝――むる者よ 我が呼び声に応え 広大無辺の彼方にいたるまで 無明と絶望を顕現せん!〟


〝崩壊惑星暗黒瀑〟コラプサー・シュヴァルツシルト


 ……闇魔法は、組成から発動までのタイムラグが他の魔法より長い。急げ、急げ!


 俺はうろ覚えの印を切って、対抗魔法陣をすばやく築く。

 いざって時だけ、ポンコツ弟子のままな俺でなくていいんだよ。


「煉獄の式 灼熱の終宴うたげ そは熾烈しれつなる輝きを放つ紅蓮なり――」


 彼我ひがの後背で赤い魔法陣でとり囲む。


「――炎煌の覇者よ。わが前に立ちふさがりし 全てを焼き尽くす浄化の業火を解き放て!」


 〝煉獄終焉降下〟プルガトリウム・ダウン


 円環魔法陣から火柱が噴き上がり、天穹集束すると中天から燃えたぎる終末の鎚となって、標的へ降り注いだ。


 対して地面から闇も溢れ出し、地上に立つ俺とルシアも飲みこんだ。体毛が闇の酸でむしばんでいくが、高位魔法は魔法負荷が大きく、衝撃に耐えるのが精一杯でダメージを気にしていられなかった。


 赤と黒がぶつかり合い、音が死んだ。

 魔力と魔力による衝突で光と闇がせめぎ合い、灰色の濃淡が世界を支配する。


 属性拮抗線で衝撃波の環雲がひろがると、あふれた魔力衝撃が余波となって術者の毛躯を荒々しくあぶる。


「魔法、勝負ならなぁ。基礎をってる、師匠おれの勝ちだあ! ルシア!」


 灰色の世界に、〝赤〟が戻るや、地上の黒をし潰した。


   §


「主上の杞憂だったかな」


 聞き覚えのある声とともに鉄靴サバトンで腹をひっくり返された。

 目を覚ますと、視界の中にイケメン騎士が俺を見下ろしている。


「呪殺術式を自力で解破するとは、なかなか無茶をするじゃないか。ジルヴァン」


「アストラッド。やっぱりお前が、そうだったのか」


 北陽ソルティテートの魔女騎士だ。いや、だった、かな。


「そうだ。おれは蘇生魔法〝宿星転生アストラッド〟。術式の本拠点をホムンクルス・グロブスターに襲われて、また駄目かって時に、急にお前が現れて驚いたよ。でもな、逗留先の宿を指定したのに、勝手にいなくなりやがって」


「呪殺魔法術式に行動原則まで支配されていたが、ルシアのおかげで、ミランであまで自由が効くようになった。グロブスターだってあいつの手柄だぞ」


「勲三等だっけ? あのプロンプト、使いっ走りにしてはよく保持したよ。主上はあのプロンプトが呪殺魔法術式ランダマイザに喰われた後のことも、想定済みだったしな」


 耳に残る潮騒が、俺しか知らない弟子との思い出を見せた。

 とっさに拳を握り固め、鼻から深呼吸をし、そっと拳をほどいた。


「そうだな。なんにしても、よく追いかけてきてくれたよ」


 アストラッドから差し伸べられた手をとる。立ち上がると、俺は何も着ていなかった。


 振り返ると、黒い残骸が煙をあげて滅びかけていた。


 その中で、視界の隅で一瞬何かが光ったように感じた。自然とその光に足が向いた。


「おい、ジルヴァン。よせ!」

「大丈夫だ。そこにいてくれ。術式はもう機能してない……」


 光っていたのは、結晶石だ。漆黒に近い濃い紫に白銀のマーブルが入っている。


「何を拾ってきた、石か?」


「うん。呪殺魔法術式を俺の魔力で圧潰あっかいさせた時に、術式プロンプトに使われた魔石が再結晶化したんじゃないかな」


「実際の魔法に使用した魔石は、ここにはないはずだが?」

「もちろん、そうだ。だけど……持っていっていいか」


「好きにしてくれ。だが戻った時に、主上への確認はとれよ」

「ああ。わかってるよ」


 俺は蘇生魔法に誘導されて、光が漏れるドアに向かった。

 握りしめた魔石が、ぬくもりをもってよく手に馴染んだ。


 ……もう二度と、見捨てたりなんか、しないからな



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