3.

 まさに死闘だった。

 私たちは一歩も譲らないまま、すでに15分以上も戦っていた。

 私が彼女の首を握ると人工皮膚は破れ、機械の身体が露出した。

 彼女の手が私の腕を逆さに折ると、オイルの焦げた臭いがした。

 彼女の顎を砕き、私の指は捥げ、鉄が、カーボンが、セラミックが、ゴムが、チタンが、シリコンが、私たちの身体の上に剥き出しになる。

 ——人間相手に、ここまではならない。

 それはやはり、どこか理性が働くからだ。相手には生まれがあり、あるいは家族があり、あるいは友人があり、あるいは孤独でも、彼らには人生や生活がある。

 私たちは、どこかで私たちを尊重してしまうのだ。

 だから——だから——だから!

 正直なところ、私は楽しかった。

 何の遠慮も要らない。何の尊重も要らない。ただただ壊すために、ただただ壊すためだけに、彼女と戦うことができる。


 イゼッタは彼女のことを「戦うために生まれてきた」と言ったが――そんなものは方便だ。どんなものでも、生まれてくる目的を選ぶことなんてできない。

 ヒューマノイドはに過ぎないのだ。

 そこには意思も、意味もないはず。少なくとも、ヒューマノイド自身はそれを所持しない。

 だけど私は違う。

 私は「選んだ」のだ。自ら、戦うことを。

 完全自律型機械が、完全に自律できるのはまだ先のことだろう。誰かに作られているうちは、そうだ。最初の行動は、あくまで人間が選ばせるに過ぎない。

 なあ機械ムタビリス、お前は何か、選べたっていうのか——?


 私たちは満身創痍だ。もはやスタイルだとか技だとか、そんなものはない。

 私は彼女めがけて走った。

 それに応じるように、彼女も向かってくる。

 彼女の顔に私の拳が入る。

 私の顔に彼女の拳が入る。

 鋼鉄の拳が、私たちの頬を削る。

 彼女の拳が私の腹に入る。

 私の拳が彼女の肩に入る。

 腕に、胸に、顎に、額に、頬に、

 拳が、拳が、拳が、拳が、拳が!

 こんなものは格闘技じゃない。単なる殴り合いでしか無い。しかしどちらかが音を上げるまで、これは終わらないのだ。

 私は彼女の残っていた顎をもぎ取った。彼女は私の折れた左腕を引きちぎった。皮膚をちぎり、肩からケーブルを引き出す。腹を破り、センサーを握りつぶす。あらゆる機械の部品が、リングに散らばっていく。

 焦げた臭い——きっと、ここでは私しか臭い。

 ああ——、だからお前は、機械なんだ。


 終わらせてやる——!


 私の腕は、彼女の胸に伸びた。

 とっくに破れている乳房のシリコンの隙間から動力炉が見えた。

 そしてその瞬間——彼女の腕が、私の動力炉に伸びた。

 お互いの手が、お互いの動力炉を掴んだ——そして!


 私たちは最後の力を振り絞り、自らのマニピュレーターが壊れるのもいとわず、お互いの動力炉を握りつぶしたのだった。

 そして……倒れたのは、ムタビリスだった。


 私は膝を付きこそしたが、まだ動いている。

 長い長い、テンカウントがはじまる。

 10、9、8、7……

 私は動力炉がなくなり、ぽっかり空いたから、ボロボロになった手を入れた。

 動かない手で、私は自らの左胸の奥に触れる。

 6、5、4……

 それは紛れもない、私の心臓だ。

 この格闘賭博では、人を死に至らしめることはできない。

 だからムタビリスは私の「動力炉」だけを狙った。

 動力炉は機械のための心臓だが、冗長性を持たせるために、主要臓器を動かすための機械は、心臓の周りにある。

 だから私は、こうして生きている。

 3、2、1。


 ゴングが鳴り響き、レフェリーが私の腕を上げた。


「生きてて良かった! ああ、フヨウ!」

 駆け寄ってきたイゼッタが私を抱きしめた。

 ムタビリスに近づくのは、おそらく研究員だろう。セコンド代わりに配置されていた、開発者たちのようだった。

「ありがとう、イゼッタ。勝ったよ——勝ったよ」

 私の心臓の音が、鈍くなった聴覚センサーに届いた。


(おわり)

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私の心臓は音の鳴る機械ではない 立談百景 @Tachibanashi_100

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