【八】慰め合い

 ボクの師匠は常々こう言っていた。


 『商人は物を運ぶのが仕事だ。但し西から東にって言う意味じゃあない。人と人の間をっていう意味だ』


 よく分からない、とボクは素直に言った。師匠は押しつけがましいところがある。そもそもボクが師匠の弟子になったのはボクから望んだことでは無く、師匠が『お前には商人の素質がある』と勝手に教えてきたのが始まりだ。


 生まれた村を焼き払われてから半年が立ってた。なんとか近くの町に流れ着き、日雇いの仕事を探しては糊口を凌ぐ日々。ボクのような奴隷になる一歩前の人間に頻繁に話しかけて来る様な、酔狂な人間の相手をしている暇は無い。


 『ほら、飴チャンあげような』


 そういって貴重な飴菓子をくれるから、黙って聞いていた。飴菓子を懐にしまって、荷物を運びながら師匠の話に半分耳を傾ける。


 『たまには、実践するところを見せるかな』


 そういって師匠は、ボクを町の貧民街へと連れていった。師匠が細い路地の影から顔を出すと、わらわらと小汚い子供たちが寄ってくる。師匠は袋の中からパンを取り出した。米を粉にして焼いたものだ。それを二十人に配り、代価として銅貨三枚を受け取る。


 『やけに安いんだな?』


 普通であれば銅貨一枚でパン三個といったところだ。師匠はニヤリと笑う。


 『とある金持ちの屋敷で買い付けてきた。彼らは裕福だからな、こういった庶民の食い物は食べん。でも用意はして食卓に並べる。で、結局食べなかったものをオレが安く買い取る』

『幾らで?』

『銅貨一枚』

『あんまり良い趣味じゃない。貧民街の子供相手に阿漕な商売してるな』

『だがオレは、この儲けの銅貨二枚を元手に、今度は干し肉を調達してこようと思う。ガキ共にもパン食って頑張ってもらって、もっと代金が稼げる様になってもらう。それを繰り返すと、どうなると思う?』


 師匠はゆっくりと立ち上がる。子供たちはもういない。


 『どうよ? これが商売ってヤツだ』





  —— ※ —— ※ ——





 バダフシャンの村は焼かれた。襲ったのはキルメリアとダリアの両部族。オズグの死、そして暴虐王の留守を好機と見たらしい。それだけでは無い。キルメリアもダリアにはバダフシャンに襲われた部族の生き残りが多く合流していた。そしてこの冬の厳しさで飢えていた。襲撃の矛先はおのずと決まったのだろう。


 ボクがバダフシャンの村を訪れた時には、もう誰も居なかった。真新しい大量の墳墓が整然と並んでいる。数からして部族の半分は殺された様だ。逃げることの出来なかった女子供、そして老人たちだろう。生き延びられた者たちも離散し、事実上バダフシャンは消滅した。


 「因果応報か。それにしては血生臭い結末だが」


 カーシュガリーが墳墓の前に立ち尽くすボクに声を掛ける。ボクはじっと墳墓を見つめていた。視線を横に流せば、ずらりとまるで地平線の彼方まで並んでいるかの様な錯覚に陥る。ふらりと身体が傾き、それをカーシュガリーが支えてくれた。


 「ああ、すまない。ありがとう」

「大丈夫か? 少し顔が青いぞ」


 そう言われたので笑顔を返したが、妙に乾いた感触があった。ああ、そうだな。ボクはショックを受けている。これほど多くの人間が、それも女子供が真っ先に死んでいく暴虐な情景。そしてそれが、今までは暴虐をしていた側に属していたという事実。それが上手く咀嚼出来ない。


 ごくりと、酸っぱいものを飲み込んでボクは空を見上げた。


 「……これで、この高原も平和になるな」

「そうなれば、どんなに良いことだろうな」


 カーシュガリーも空を見つめた。ただそれは、恐らくボクとは違う空の色をしていたんだろう。


 彼女の予感は的中する。


 ここ二十年、北方高原を荒らし回っていた略奪の嵐は、止むことはなかった。今まではバダフシャン族がその根源だったが、今はキルメリアとダリアが高原を荒らし回っている。しかも今までは年二、三回の頻度だったものが、今冬だけで既に五回である。


 大体察しはつく。積年の恨みはあったにしろ、麦の凶作を発端とする食糧不足から、キルメリアとダリアはバダフシャンを襲った。そして今度は彼らが暴虐の汚名を着ることとなった。そんな部族と取引する商人がいるわけも無い。米の供給は絶たれ、バダフシャンから略奪した物資だけでは足りず、他の部族を襲い始めた。


 暴虐の連鎖は止まらない。寧ろ悪化する一方だ。年越しをする頃には北方高原の街道を行く旅人や商人の数はめっきり少なくなった。ボクも商業都市カンクリとアルタイの村落の間を往来しているが、アルタイから護衛を出してもらっている。あ、護衛代は出しているぞ。ササンと桐姫には、ちょっと「戒」の国に行ってもらっている。ちょっと気になることがあってね。


 アルタイの村落に着くと、わらわらと人が寄ってくる。もう随分顔なじみになった。村民から個別に買い付けを依頼されることも多くなった。いつもの様に「倉庫」の扉を開き、買い付けた物品を渡していく。干し肉や香辛料、それと布だな。


 今年の冬は寒い。狩りの獲物は少ないらしい。結局、氷の龍を討伐したからといって厳冬が緩むということは無かった。まあそりゃそうだな。しかし望みを託していた者たちの失望は大きい。どこか昏い雰囲気が見受けられる。予め米を調達していたアルタイですらこうなのだ。他の部族の様子は、あまり考えたくない。


 それらが終わったら、調達してきた武具を集積所に納める。剣や弓、そして革鎧。あまり数は多くない。ふうと溜息が出る。方々手を尽くしているのだが、なかなか集まらない。明らかに流通量が減っている。おかしいね。焦臭いと知れば、その手が得意な商人たちが売り込みにきてもおかしくないんだけど。


 集積所を出るとカーシュガリーが待っていた。挨拶を交わし、別件で頼まれていた物品を懐から出して渡す。大したものじゃない、香水だ。あれだね、カーシュガリーもお年頃ということか。むふふ。まあこれだけの美姫でも香水使うんだなという、妙な学びがあった。


 「ハフムードは、今夜空いているか?」

「ん? ああ、別に用事は何も無いですよ」


 言葉は悪いが、こんな辺境の村落では夜の娯楽なんて望むべくもない。ああ、一つあるか。星空を見上げるというとても健康的な娯楽が。そうそう。北極星はあるけど北斗七星はないんだよな。


 「改めて、少し相談したいことある。今宵、私の移動式住居まで来て貰ってもいいか?」

「買い付けの話か? 今でもいいですけど」

「いや! 買い付けの話ではあるんだが、少し準備がいる。夜ではまずいだろうか?」

「大丈夫……ですが」


 なんだろう? カーシュガリーの声が一瞬上擦ったが。彼女はその視線で鋭く周囲を見回し、誰もいないことを確認してから「では夜に」と告げて去っていった。冷静沈着な彼女にしては、珍しい一幕だった。





  —— ※ —— ※ ——





 月が綺麗な夜だった。移動式住居の中に入ると暖かな空気に包まれる。それと同時にふわりと香りが包み込んでくる。花の香りのように感じられるが、すこし粘っこい感じがする。どこかで嗅いだ記憶があるかと思ったら、あれだ。彼女に頼まれて買い付けた香水の香りだ。


 カーシュガリーの住居はこじんまりとしている。四人も入れば手狭感が出るぐらいだ。中央にある炉には火がくべられていて、鍋の中で鹿肉やいもなどが良い感じに煮えている。


 「よく来てくれたな」

「あ、ああ」


 カーシュガリーの服装は今まで見たことの無いものだった。いつもは遊牧民族としては一般的な革製の衣類だが、今は純白の絹で出来た貫頭衣を着ている。精密な刺繍が炎の影に揺らいで微妙な陰影を浮かび上がらせる。白い肌が魅力的なカーシュガリーだが、絹地の薄い下には肌色が透けて見える。


 カーシュガリーはボクを鍋の前に座らせると、その隣に座った。え? 鍋を挟んで反対側に座るんじゃ無いの? そんな疑問を、彼女のすらりと伸びた脚が打ち消す。裾が、短い。だからそのな、座ると結構見えるんだよ。


 「外は寒かっただろう。まずは一杯どうだ」


 そういってカーシュガリーは酒を注ぐ。透き徹る水のような液体が盃を満たしていく。たぶん米のお酒。この辺りでは非常に珍しい。大体は濁酒や乳酒が主流だ。


 「え。これ、どこで手に入れたの?」

「随分前に、通りがかった旅人から手に入れたものだ。珍しい酒だったので寝かせておいたのだが、さて、美味くなっているかどうか」


 カーシュガリーは自分の盃に注いで、一気にあおった。その喉がしなやかに動く。ふうと吐く息が微かに薫る。ボクも盃をあおる。味はするっとした水の様なアルコール、ちょっと強めの味が鼻腔をくすぐる。


 「美味い」

「そうだな、寝かせて正解だった様だ」


 カーシュガリーが空いた盃にまた注ぐ。転生前は日本酒なんてあまり吞まなかったが、これは良い。なんか吞みにくそうというイメージがあったが、まるで水のようにするするといける。それでいて酒の味もしっかり主張してくる。やばい。これはすすむ酒だ。


 「ハフムードはあまり酒は飲まないのだな?」

「そうでもない、普段吞まないだけ。桐姫に付き合っていたら結構呑める様になった」

「ああ、なるほど。彼女は酒豪だな。あれだけ酔って剣を振るえるというのが凄い」

「本人には言わないでくれ。あれでも結構抑えさせているんだ。付き合うボクの身が保たない」

「ははは、承知した」


 ボクが酒を呑んでいる間に、カーシュガリーが鍋から具材をよそう。気になっていたが、これ味噌鍋だな? 味噌は手に入らない訳ではないが、アルタイ族ではあまり食さない。これもわざわざ用意したのだろうか?


 器を受け取り、具材を食する。鹿肉は、美味いな! こうなんていうのか、豚や鶏には無い荒々しい赤身肉の強さを感じる。獣臭さも無い。これは肉の下処理が相当上手い証拠だ。


 「コレ、カーシュガリーが肉を用意したのか?」

「そうだ、と言いたいが分けてもらったものだ。美味いか?」

「うん、美味い」

「そうか、それは良かった」


 ニッコリと笑い、カーシュガリーも鹿肉を食べる。大きい塊にがぶりと食いつく。すごいね、美人は何をしても様になる。その横顔を見ながら盃をあおる。程良く腹の底が暖かくなってくる。酒も肉も、いくらでも入っていきそうな気分だ。


 ——そうして。


 炉の火も燃え尽きて、いつの間にかに周囲は薄暗くなっていた。微かな月明かりだけが淡く室内を照らしている。鍋は空になり、二つの盃が床の上に重なる様に転がっている。


 「それでは、本題に入ろうか」


 カーシュガリーが微笑んだ。少し汗ばみ、赤らんだ肌が艶めかしい。ボクはいつの間にかに床の上に寝転がっていて、その上にカーシュガリーがのし掛かっている。彼女の両脚が、ボクの脇腹を挟み込んで離さない。彼女から漂う体臭と香水が入り交じった匂いが、脳髄を麻痺させる。


 「なるほど。交渉事を有利にする為の方策でしたか」

「軽蔑するか?」

「いや。一応、ここまでする頼み事の難しさを想定して震えるぐらいの理性は残っている」

「ふむ。まだ足りなかったか」


 そう言うと、カーシュガリーはボクの上に腰を下ろした。柔らかいものが押しつけられる。そしてその上体が接近し、彼女の薄い唇がボクの唇を塞いだ。


 ——離れる。今の、どれぐらいの時間が経ちましたでしょうか。それぐらいには理性が飛んだ。


 「用意してもらいたいものがある、お前にしか出来ないことだ」

「何を?」

「米、五千石」


 は? 五千石? 遠く理想郷に旅立ったはずの理性が光の速さで戻ってくる。五千石って、五千人が一年間に食べる量だぞ。いったいどれぐらいの量になると思っているのか。単純計算で九百トンだぞ。


 「無理だ」

「いいや、お主になら出来る」

「買い付けの資金はどうする?」

「龍の牙を売る。「戒」の金持ちに売れば、相当の額になろう」

「しかし、それこそ「戒」の役人が黙っちゃいないだろ。五千石って、戦争でも始める気か?」

「逆だ。戦争を止める為に必要なのだ」


 カーシュガリーの両手が、ボクの手首を押さえ込んで離さない。


 「クリルタイを開き、北方高原の部族を結集する。その為の五千石だ」


 クリルタイ。話だけは聞いている。かつて遊牧民族の間で行われていた大集会のことだ。年一回、部族の長たちが集まり、揉め事の仲裁や決まり事の話し合いをしていた。緩やかなギルドみたいなものだ。氷の龍討伐の時に集合場所になった、あの廃村はその名残だ。


 大体読めてきた。今、北方高原は乱れている。その主因は飢餓への恐怖だ。恐らくこのまま行けば、今年は大飢饉となるだろう。部族間で争っている場合ではないのだが、その恐怖故に人々を略奪に走らせる。


 だからカーシュガリーは飢えに怯える部族に米を配り、そしてその支持を元にクリルタイの復活を画策しているのだ。人心の不安を抑え、部族間の意思統一を図って、容易なことでは争いが起きない安定した状態を作り出す——。


 「お前、やっぱり族長の娘なんだな」

「何がだ?」

「視野が広いなと思ってな。そこまで大きく事を見ているとはね」

「そうでもない。部族のみんなを食べさせていこうとすれば、高原の平和が必要なだけ。そこは主従が逆さまだ」

「そんなものかな」

「そんなものさ」


 再びカーシュガリーが唇を重ねてくる。ボクの理性は再び理想郷へと歩き始める。


 「私は、恐らくハフムードが思っているほど立派な人間ではないよ。部族のことなどどうでもいいと思っている自分がいる」

「まあ、人間そんなに単純じゃないよ」

「族長が、父が死んだ」

「え?」

「三日前にな。慣習で一週間は伏せている。ハフムード、この部族の中にはな、もう私の家族はいないんだ」


 ボクは言葉に詰まる。なんて声を掛けるべきか、慰めた方がいいのか。しかしカーシュガリーの表情に悲しみの色は無かった。


 「私は自由になったんだ。自分で考え、自分で動き、そして死ぬ。それが出来る。だから、気持ちを抑えることが難しい」

「それは大変だな。たぶん、少しだけその気持ちは分かる」

「だから、もう一つ頼み事がある」

「もう一つ?」

「ああ。これは本当に、お主にしか出来ないことだ」


 ずるりと、ボクの上でカーシュガリーの柔らかい身体が密着するように動いた。


 「適えてくれとは言わん。ただ、私の想いを受け止めて欲しい」


 そうして月の淡い光の下、二つの影が重なり合った。





  —— ※ —— ※ ——





 朝日が眩しい。穏やかな冬の日射しだが、どうして酒を呑んだ翌日の太陽は眩しいんだろうね? でも心持ちは軽い。移動式住居の前で軽くラジオ体操をする。関節が心地よく鳴る。


 そんなことをしていると、移動式住居からカーシュガリーが出てくる。いつもと変わらない、凛とした佇まいだ。


 「やあ、カーシュ」

「よく眠れたか、ハフムード。昨晩は随分と酔っていた様だが?」

「お陰様で。あの清酒は本当に美味しかった。まだ残りがあったりするのかな?」

「残念ながらあれで全部だ。また吞みたいか?」

「では、それはボクが用意しよう」

「手に入るのか?」

「これでも商人の端くれだよ」

「そうだったな。ああ、それとカーシュと呼ぶのは構わないが、人前では避けて欲しいな」

「そうなのか?」

「少し恥ずかしい」


 後ろ髪引かれる思いを断ち切って、ボクはアルタイの村を離れる。ここからは商人の時間だ。商業都市カンクリに戻ると、早速大商人ペチェネグと交渉を始める。


 「五千石とは、また途方もない数を出してきたな」

「一度に五千石出すっていう訳じゃ無い。要は遊牧民たちが飢えない様に、一年かけて供出出来れば良いんだ」

「そうだとしても、この街にある蔵を全部合わせたのと同じ量になる。儂だけでは手に負えん。商人ギルドで商人たちを総動員して何とか……なるか?」


 ペチェネグが鼻をさする。心の中で算盤を弾いている顔だ。


 「輸送と保管はボクの「倉庫」がある。少なくとも利益は倍見込めるはずだ」

「輸送費は取らないと?」

「特急料金だ。それはみんなで分配してくれ。みんなで美味しい思いしようぜ」


 これは商人の殺し文句だ。情に訴えて頭を下げても商人は動かないし、自分だけ儲けるのも真っ当な商人は好まない。自分も相手も儲けさせてこそ、商人の自尊心は満たされる。


 「分かった。だが即答は出来ん。あとで連絡する」


 そう言って、ペチェネグはボクを応接室から追い出すと、お供を連れて足早に出掛けていった。恐らくは他の商人のところへ出掛けたのだろう。さすが行動が早い。ここから先は彼に任せよう。


 その間に、ボクには確認したいことがあった。


 数日後。ササンと桐姫が「戒」の国から帰ってきた。いやここカンクリも正確には「戒」の国内なんだけどね。「戒」国境を守る大堤防の外側だから、本国とは雰囲気が違うんだよね。


 定宿となっている宿酒場の二階で合流する。ササンとハグし、そして桐姫とハグをする。ササンは何も反応しなかったが、桐姫がその眉を動かした。


 「我が夫よ。何かあったか?」

「いや、何も」

「どうやら少し元気を取り戻した様で、何よりだ」


 桐姫はボクの両手を取り、指に塡められた指輪の数を数える。左右合わせて九つ。依然と数は変わりない。


 「それは良いことだよな?」

「そうだな、喜ばしいことだ」

「だったらなぜ、ボクの手の甲を抓るのかな?」

「おっといかん。つい心の本音が漏れてしまった様だ。気にしないでくれ」


 桐姫のしなやかな指が最後にもう一捻りしてから、ボクの両手は解放された。痛いと言わなかったボクを誰か褒めて欲しい。


 「念の為に言っておくが。その指輪の数を増やす時は、我ら妻たち全員の同意が必要だという約束、忘れてはおらぬな?」

「忘れてないデス」

「ならば良し」


 そして桐姫からの報告を受ける。彼女たちに出掛けてもらったのは「戒」の国で情報を集めてもらう為だ。なんかね、おかしいんだよね。


 「本国の方での武具の流通はまあ普通だな。特に多くも無く、少なくも無い」

「それがおかしい。内乱が終結して、余剰になった武具が放出されているはずなのに」

「そこはお前の見立て通りだ。国の役人が先回りして回収している」


 治安維持の為に、国が武具の製造や流通、数を制限するというのは良くあることだ。それ自体はごく日常的なことだ。問題は、回収した武具をどうしているかだ。潰しているのなら問題無いが……。


 「軍務処の役所に、商人が頻繁に出入りしている」

「どこの商人か分かるか?」

「クンシャン、トンリン、イエンタイ、ルーカオだよー。トンリンの若頭は出世して副頭だって」


 そう答えたのはササンである。よく憶えていたな、飴チャンあげよう。さすがの記憶力である。なるほど、大体絡繰りは読めてきた。ササンが上げた四つの商会はいずれも「戒」の御用商人であり、かつ交易範囲も広い。そして手広くやっている。


 恐らく彼らは「戒」から余剰武具を買い取り、それを特定の遊牧民族に売っているのだ。昔はバダフシャンに、そして今はキルメリアとダリアの両部族にだ。


 なんでそんなことをするかって? 北方高原の政情を適度に不安定化させる為だ。「戒」にとって最悪の事態は、北方高原の遊牧民族が統一して自国に攻めてくることだ。過去何度もそういう国難があり、その騎馬軍団を防ぐ為の大堤防が築かれた経緯がある。


 だから遊牧民族同士が敵対して相争っている状態というのは「戒」にとって都合が良い。武具の流入を意図的に操作することによって、その状況を作り出しているのだ。と思われる。


 ボクはふむうと考え込む。


 いや、こりゃマズイんじゃないのか。たぶん「戒」の上層部は事態の変化についていけてない。キルメリアとダリアがバダフシャンを滅ぼすまでやったのが想定内だとは思えない。


 そして北方高原での飢饉の事態を軽く見ている。自国は米が豊作だからな。それを送れば良いぐらいに思っているのかも知れない。しかしなあ、それだって買う金があればこそだ。収入無しでどれだけ買い続けられるのか。それに米は連中の主食じゃないんだよなー。


 正直、商人紛いのボクという立場でも、この後大きな戦乱に拡大するのは辞めて欲しい。商売にとってはね、世の中が平和であることが一番なんだよ。戦乱で稼ぐヤツもいる? そりゃそうかも知れないが、そんなのは火事場泥棒と一緒だと、ボクは思うね。


 「ハフムードはおるか?」


 そんな中、ペチェネグが訪れた。少し表情が険しい。


 「あまり良い話ではなさそうですね?」

「御領主がお主のことを呼んでおる」





 御領主。つまりこの商業都市カンクリを統治する為に「戒」より派遣された役人であり貴族。その名をマオ・ハンと言った。


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