第52話

「絵里さんはたくさんの人を救っているんですよ。私の言っていること、大袈裟だとお思いですか?」


 否定の言葉が出かかり飲み込んだ。これを否定するということは、二人の気持ちを踏みにじる行為に等しいと気づいたからだ。


「桃も言っていましたよ。絵里さんと久しぶりに会って、ずっと抱えていた悩みが消えたと。絵里さんは周囲にいい影響しか与えてないんですよ」


 恋ちゃんが微笑む。


「仮にこれから絵里が悪い影響を与えてきたとしても、これまで受けてきたいい影響があるから、そう簡単に悪影響が上回ることはないと思うよ」

「絵里さんは、自分のために大学生達と話したとおっしゃっていましたね。今だから言いますが、私は大学生達に言い返したくて仕方なかったんですよ。でも、プライドが邪魔をしてそんな主張はできませんでした。結果的に絵里さんが言ってくれたおかげで気持ちが晴れました。だから、自分本位だなんて思わないでください。私は絵里さんに感謝しているんですから」

 

 私は顔を伏せた。これまで積み上げてきたものを振り返り息を吐き出す。

 私は再び間違った選択をしようとしているのかもしれない。正直、何が正解かわからなかった。情けない気持ちになる。

 人はなかなか変われないものだ。

 でも、この二人と一緒なら、新しい自分になれるかもしれない。

 私は声を上げた。


「二人がよければだけど……これまでみたいな関係を続けていきたいな」


 二人は目を見開いた。

 辻本さんが微笑み、「もちろんです」と頷く。恋ちゃんは身を乗り出して抱き着いてきた。


「絵里ー! その言葉を聞きたかったんだよー!」

「……こ、恋ちゃん、苦しいんだけど」

「絵里の名前かイニシャル体に掘っていい?」

「それだけはやめて」


 愛が重いよ。

 苦笑しながら恋ちゃんの背中に手を回す。ポンポンと叩いた。


「いつまで抱き着いているんですか? 離れてください」


 辻本さんがしらっとした視線を向けてくる。

 離れる気はないようで抱き着く力が増した。首だけ後ろに回して言う。


「さっき、絵里に好きって言ってたよね?」

「ええ、言いましたけど」

「あれってマジ告白なん?」


 辻本さんは眉を顰めた。頬を赤らめながら「何を言ってるんですかこのギャルは」と呟く。


「あ、今顔赤くしたっしょ? 駄目だよ、絵里はあたしのなんだから。諦めて」

「絵里さんは物ではありませんよ。いつまで引っ付いているんですか。虫みたいですよ」

「あ、ちょ、何テーブル周ってこっち来てんの? 来ないでよ」

 

 辻本さんが後ろからくっついてくる。

 挟まれる形になった。


「絵里さんの手、小さいですね。触ってもいいですか?」

「絵里、嫌がってるじゃん。やめなよ」

「嫌がってません」

「嫌がってる」

「嫌がってません」

「嫌がってる」

「私ではなく、恋川さんを嫌がっているんじゃないですか?」

「ありえない。あたし、胸大きいもん」

「なんですかそれ私のは小さいという意味ですか? 時代にそぐわない不適切な発言ですね。私のスレンダーボディーの方が好きなはずです。そうですよね、絵里さん?」

「ありえない。あたしだよね、絵里?」


「絵里さん?」「絵里?」


 あはは、と力なく笑う。これからもこういう日常が続いていくんだろうか?


 図書委員の男子が眉を顰めながら近づいてくるのを視界の端に捉える。


 推しに挟まっていられるのは後どれくらいだろう?

 私は頭の中でカウントダウンを始めた。




 了











――あとがき――


 読んでいただきありがとうございました! 

 ひとまずここで完結とさせていただきますが、いずれ動かすかもしれません(賞に出す予定で、その結果次第ですが……)。



 次作の簡単な告知も。素直で真っ直ぐな子と意地悪で恐ろしくて素直じゃない子の百合小説を連載予定。田舎が舞台で、タイトルは未定です。


 それでは機会があればまたお会いしましょう! ではでは!

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