第5話 もう一つの犯罪
タクシー会社に姿を現した迫田刑事は、早速会社社長を顔を合わせた。
「今回は、従業員の陸奥さんが、このようなことになり、お悔やみを申し上げます」
と、迫田刑事は、新人の頃から、被害者の家族だけではなく、関わった人には、一応の経緯を表する意味で、
「お悔やみ」
を口にすることにしている。
相手も、刑事からいわれると、かしこまるようで、話がしやすくなるのだが、別に迫田刑事は、
「狙った」
というわけではなかったのだ。
「ところで、陸奥さんというのは、どういう人だったんですか?」
と聞かれて、
「そうですね。あまり会話をしたという覚えもないし、印象深かったわけでもないんですよ。ただそれは、他の運転手にも言えることなんですが、彼と会話をしなかったのは、
「共通の話題がなかったというのもそうなんですが、それだけではなく、何かあの人には、触れてはいけない何かがあるような気がしていました。こういう仕事をしていると、皆、一つや二つ、そういうこともあるんでしょうが、彼の場合は、タクシーの運転手をするようになったことを、何か自分の宿命のように思っているというか、過去にその原因があるように信じていたというような感覚があるんですよ」
というのだった。
「というと?」
と迫田刑事が聴くと、
「もちろん、本人から何かをいうわけではないんですが、どこか自分の中で諦めのようなものがあるようなんです。つまりは、自分が今ここにいる理由は分かっているようなんだけど、自分を納得させるだけのものを探しているようなですね。でも、だからと言って、見つかっても、まだまだ満足できないなないでしょうか? 私にはそんな気がするんですよ」
ということであった。
-それを聴いて、迫田刑事は、
「陸奥さんは、こちらでお世話になるようになる前は、どういうお仕事をしていたんでしょうね? まさか、最初からタクシーの運転手ということはないでしょうね?」
と言われた社長は、
「ええ、もちろん、そうですね。彼の話では、どこかの営業にいたようですね。確か出版社のような話しをしていましたね」
という。
「ほう、そういうお仕事をしていたのに、タクシー運転手になるということは、何かあって会社を辞めたということなんでしょうね?」
と迫田刑事が聴くと、
「そうだとは思いますが、さすがに、それを私の立場で、根掘り葉掘りは聴けないでしょう。聞いてほしい時は相手からいうでしょうから」
と社長は言った。
「それもそうですね。どこの出版社か分かりますか?」
と言われた社長は、立ち上がりながら、
「彼の履歴書をお見せしましょう」
といって、探している。
死んでしまっていて、しかも殺人事件。その犯人を捕まえるためということなので、社長も普通に履歴書を見せてくれたのだ。
「性格はやっぱり、ずっと暗い感じの人だったんですか?」
と言われた社長は、
「暗いと言えば暗いですが、自分から進んで何かの会話を始めようということはないようでした。きっと触れられたくないものがあったんでしょうね」
ということであった。
まあ、これ以上は、タクシー会社の社長も分からないようだったので、
「じゃあ、今日はこれくらいで」
ということで、社長室を後にして、署に戻ろうとしたその時だった。
「刑事さん」
といって、いかにもの制服を着た一人の運転手に呼び止められた。
どうやら、洗車していたのだろう。それでも、迫田を見つけるなり飛んできたので、待っていたと言った方が正解かも知れない。
だしぬけに声を掛けられた迫田は、少し身構えてしまったが、そこにいるのが、小柄な人懐っこそうな、相手に安心感を与えるような、好青年に見えたことで、ホッとしたからだった。
「どうされました?」
と聞くと、
「陸奥さんが殺されたというのは、本当なんですか?」
と聞いてきた。
どこまで社長は従業員に話したのか分からないが、ほとんどのことは知らないように思えるのだった。
それを思うと、
「あまり下手なことは言えないのかも知れないな」
と、迫田は感じたのだった。
「どうして、その話を? 誰から聞いたのですか?」
と訊ねると、
「社長さんが」
というではないか。
「まあ、社長から聞いたのであれば、話をするくらいはいいだろう。もし、こっちが欲しい情報がもらえれば、それに超したことはない。同僚からの方が、結構いろいろ聞けたりするだろう」
と思ったからであった。
「ええ、まあ、社長さんがどこまでお話になったか分からないので、私の方も迂闊なことは言えませんが、その通りです」
というと、
「やっぱり、まだ、あの人恨まれるんだな」
と、彼はボソッと言った。
「ん? 恨まれるというと、彼には、そんな何かがあったということですか?」
と聞くと、相手は、一瞬、
「しまった」
という顔になったが、相手は警察、話してしまった以上、隠し立てをすることが、自分の立場を危うくするということは分かっているのだろう。
「どういうことなのか、できればお話いただけると嬉しいですね」
と下手に出るかのように、迫田刑事は言った。
別に取り調べではないのだから、強く言ったとしても、相手を頑なにするだけのことである。
「刑事さんは、今から10年ちょっと前くらいに流行った、「自費出版社系」という出版社というのを聞いたことがありますか?」
と言われた。
「いいや」
と答えると、彼は、少しでも分かりやすくということで話をしてくれた。
「自費出版社系の出版社というのは、昔、新聞や雑誌に載っていた、「本を出しませんか?」
であったり、「原稿をお送りください」というような内容を掲載していて、原稿を募集していた会社のことです」
という。
「その会社がどうかしたんですか?」
と聞くと、
「あの会社は、いわゆる「詐欺商法」のようなところで、一時期、本を出したいという人が、バブルが弾けたおかげで俄かに増えたのですが、それは、結構皆、甘い考えを持った人たちだったんですよ。最初は、小説が書けるようになれば、すぐにデビューできるというくらいに考えていた人たちが、どんどん原稿を送るわけです」
というので、
「ええ、分かります」
というと、
「でも、世の中そんなに甘いわけではなく、そんなに本を出しただけで売れるくらいなら、今は、本だけで世の中溢れかえっていますよね。作家というと、自分にできないことができているというだけで、リスペクトしてしまう立場にいるだけに、作家というものに、それだけでもなれるわけはないと思いながらも、ワンチャンあるとでも思うんでしょうね。そうなると、少々お金がかかっても、本を出せば売れるかも知れないと思うんでしょう。営業は、そんな作家の自尊心をくすぐりながら、お金を出させようと必死なわけなんですよ」
と、いうのだった。
「なるほど」
と相槌を打つと、彼はさらに話始めた。
「陸奥さんの仕事は、そんな原稿を送ってきた人の作品を読んで、批評をして、それに、見積りを書いて送り返すようです。その時、基本的には、まず皆に、協力出版を呼びかけるそうです」
というので、
「協力出版というのは?」
と迫田が聞くと、
「共同出版ともいうんですけども、要するに、あなたの作品はいい作品なんですが、出版社が全部出資するには、リスクが大きい。だから、お互いが出資しましょうというんです。でも本屋には並べるし、当然流通コードも取るということでした」
というので、
「なるほど、それで、それが何か恨みを買うことに繋がるんですか?」
と迫田が聞いた。
迫田もさすがにこのあたりまでくれば、何となく、カラクリが見えてきた気がしたのだが、漠然としているので、ハッキリと聞いてみないことには、判断ができないと思うのだった。
「ええ、その出させる金額が、経済学の理屈に合っていないんですよ。定価よりも高い金を筆者に要求するわけなので、出版社は一銭も使わずに、商売ができるというものなんですよ」
という。
「じゃあ、出版社が丸儲けですか?」
と迫田が聞くと、
「おっと、どっこいそうもいかないわけです。というのも、本を本屋に並べるなどというのができるわけはないんですよ。毎日のように、プロを含めて、新刊が何十冊の出ているので、人気作家であっても、売れなければ、数日で返品です、それが、アマチュアで名前も売れていない人の作品が、本屋に並ぶわけなどあるわけないじゃないですか?」
ということであった。
ここまでくると、冷静に見えたこの男が、かなり熱くなっているのが分かってきた。
「この男、よほどの恨みでもあるのだろうか?」
と。迫田刑事は感じたのだ。
「それは、まるで詐欺ですね」
と、迫田刑事は、詐欺だとは分かっていたが、相手の出方を見るという意味で、やんわりした口調になって。
「ええ、まさにその通りなんですよ。やつらのやり口はそんなところにあった。だから、今度は実際に本屋に自分の本が並んだことがないということに気づいた読者が、裁判を起こすことになるんです」
というではないか。
「でも、そんなにいきなりすぐに裁判を起こすものなんですかね?」
というと、
「きっと、読者が、営業に詰め寄ったんじゃないですか? それで営業の態度が、それまでのへりくだった態度から、完全に開き直って逆ギレをしたような感じになってくると、出資者も、キレてきて、じゃあ、裁判を起こすということになったんでしょうね。裁判を起こされれば、勝ち目はないでしょうね」
と、彼は言った。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「だって、被害者は、基本的に本を出した人全員ですからね。そのうちの一部の人間が裁判を起こしたとしても、集団訴訟か、訴訟数が渋滞するのかというだけのことで、かなりのものになるでしょう。そうなると、出版社は、虫の息ですよ。しかも、それが評判になると、もう誰も本を出そうという人がいなくなる。それまでが自転車操業だったので、一気に先ゆかなくなって。破産宣告するようになったんですよ」
という。
「なるほど」
と聞いていると、
「似たような出版社が、まるでハイエナのようにできていたので、一つが暴露されると、それらの会社皆が破綻することになる。だって、そんなに猫も杓子も会社を立ち上げるということは、それだけ、甘い汁が吸えるということでしょうからね。そうなると、もう、どうしようもないということですよね」
と、いうのだった。
「そんな出版社に陸奥さんは努めていたということですか?」
「ええ、そういうことになるでしょうね。だから、彼がこの話を打ち明けてくれた時、会社が詐欺だって言われ出して破綻してくる時は、僕たちは怖かったですよ。やっていたことは詐欺なんですからねと言っていたんです。それを思い出せば、今回の事件が、その昔の尾を引いていると思うのも無理もないことでしょうね」
というのだった。
「そんなに、被害者は多かったんですか?」
と聞かれて、
「多かったと思いますよ。何と言っても、この出版社は、一年だけだったらしいけど、年間出版部数が、日本一だったということでしたからね。それで有名になって、本を出したいという人がどんどん増える。しかも、有名コメンテイターの人たちが、この出版社を、時代の寵児と持てはやしたりする。そうなると、出版社は、どんどん伸びるばかりですよ」
という、
「それでもダメだった」
と聞くと、
「ピークはあっという間だったようですね。発行部数日本一というのも、その一年だけだったし、翌年他の雑誌社に抜かれたといっても、それは相手が伸びたわけではなく、この会社の発行部数が一気に減ったわけです。作者が目覚めたのか、それとも、出版社に陰りが出てきたのか、その両方なのか、完全に、下火になって行ったようでしたからね」
ということであった。
「そんなに一気に下り坂だったんですね?」
と聞くと、
「もうう、ひどいなんてものではないですよ」
と言われて、
「詐欺って、そういうものなのかも知れないですね」
と迫田がいうと、男も頷いていた。
迫田は続けた。
「陸奥さんは、その仕事をどう思っていたんでしょうね?」
と聞くと、
「陸奥さんは元々一度は、有名出版社の新人賞に入賞したらしく、これで作家の道を歩めると思って会社を辞めて、小説家一本でやっていこうと思ったようなんですが、それがまずかったようなんです。そんなにうまくいくわけもなく。人生を踏み外したと思ったんでしょうね。作家としての限界を感じたけど、会社に戻れるわけもない。民間で仕事をすることにも疑問を感じていたということで、よほどバイオリズムが悪かったのか、二進も三進もいかなくなったようなんです」
という。
「よくあることなんですかね?」
と迫田が聞くと、
「あることだとは思いますよ。でも、彼は小説でしか食っていけなくなり、途中は、添削のアルバイトをやったりしていたんですが、自費出版社系の会社から、スカウトされて、あの仕事をするようになったというんです。でも、仕事はきついし、何よりお、人を騙しているという意識がきつかったらしいです。しかし、自分も背に腹は代えられないし、どうしていいのか考えていたのですが、結局、気が付けば、自費出版で働いていたようです」
という。
「罪悪感はあったんでしょうかね?」
というと、
「あったと思いますよ。でも、どうすることもできない。そんなジレンマに陥っていやじゃないでしょうか?」
と、彼は言った。
「自費出版の会社はどうなったんですか?」
と聞かれた彼は。
「結局、破産宣告を行って、清算という形でしょうね。当然従業員は路頭に迷うことになる。しかも、普通の会社だったら、ああ、あの詐欺の会社ということになるから、間違っても、出版関係では、もう働くことはできない」
というではないか。
「それはしょうがないということなんでしょうか?」
と迫田がいうと、
「ええ、しょうがないことだと思いますよ。それは、もっと以前に、バブルが弾けた時に、皆が味わっているものなんでしょうね」
というのだった。
「そんな彼が首になってタクシー会社に来たということですね?」
と迫田がいうと、
「我々は、皆ちょっとしたすねに傷くらいは持っている連中ばかりですけどね。顔には出しませんけどね。私もここに来る前には結構苦労をした方だったので、陸奥さんから話を聞かされたことで、納得したという感じですからね」
というのだった。
「でも、そんなことがあったというのは、相当前のことなんでしょう?」
と聞くと、
「ええ、今から10年近くも前のことですからね?」
というではないか?
「そんな昔の恨みを今晴らそうとしますかね?」
と聞かれて、彼は少し笑いながら、
「それは分かりませんよ、その時の被害者が、それから何をやってもうまくいかなくなり、人生のどこが悪かったのかということを考えた時、気付いたのが、自費出版の詐欺にあった時だと気づくかも知れませんし、また、いろいろやって失敗して立ち直れないと思った時、その元凶を恨みに変えて、自らの恨みを晴らそうと思ったとしても、実に不思議はないということに気づくというものですよ」
と、彼が言った。
「じゃあ、陸奥さんを恨んでいた人もかなりいたのかも知れないと?」
と迫田がいうと、
「ええ、そうですね。陸奥さんは、いつも何かに怯えていました。たまに、俺はいつか誰かに殺されると言ってました。そしてその後に、俺は殺されても仕方のない男なのだからだと言っていましたね」
と男はいう。
「じゃあ、彼は絶えず、誰かに殺されると思っていたんですかね?」
と迫田がいうと、
「いや、そうでもないようですね。彼は精神的に病んでいるようで、いつの間にかいきなり、被害妄想の塊のようになるようなんです。そのタイミングがいつなのか読めないので、今に何か起こらなければいいと本人も心配していました」
というではないか。
「精神疾患だっただけに、その妄想は激しいものだったんでしょうか?」
と聞くと、
「分からないですね」
という答えだった。
「じゃあ、他にその時以外のことで、彼が恨まれるようなことは何もないですか? タクシーの運転手ともなれば、絶えず客ともめごとが起こるのではないかというハラハラした気持ちで見ていますからね。私も今までに何度もタクシードライバー同士のトラブルをいろいろ見てきましたからね。もちろん、交番勤務の時に、単純な喧嘩だったりなどというのが、ほとんどでしたけどね」
と迫田刑事はいうのだった。
「そうですね。あの人は、人間ができているといってもいいくらいの人で、トラブルを起こすような人ではなかったですね。もっとも、こちらは客を選べませんから、どんなひどい客に当たるとも限りませんからね、そういえば、昔、聖人君子のようなドライバーがいたんですが、たった一人のとんでもない客に当たったせいで、結局我慢できなくなって喧嘩になり、最後は自分で辞めていったということを聞いたことがあります。それだけ、その人は、ちゃんとしていたんでしょうが、だからと言って、限界を超えると、どうなるか分からないというのが、人間というものなんでしょうね」
と、彼はいうのだった。
「なるほど分かりました。私も少しそれは気にしておきましょう。ところで、あなたは、よろしければお名前を教えてください」
と聞くと、
「ああ、私ですか、私は坂崎といいます。私でよければ、陸奥さんのことは聴いてください。でも、今お話ししたことが、ほとんど全部なんですけどね」
というのであった。
「それにしても、自費出版社系の出版社というのが、そこまでひどいところだということを始めて知りました」
というと、
「本当にひどいところですよ」
と、坂崎は、念を押したようにいうのだった。
さて、そんな話を聴きつけて、それから数日経ってのことであった。
「まるで、デジャブではないか?
というようなことを感じた人がいた。
それが、先日の第一発見者であった。新聞の配達員である坂上だった。
というのも、警察の捜査も終わり、黄色い立ち入り禁止の規制線が取れた翌日のことだった。
「まるで狙っていたかのようではないか」
と思われるもので、警察からすれば、まるで犯人に嘲笑われているかのようで、これほどの屈辱というのはないかも知れない。
同じように、人がエレベータに引っかかっていて、パスケースが、やはり同じところに置かれている。凶器もナイフであり、もちろん、同じ凶器のわけはないというものだったが、こちらも同じように、ナイフで刺されて死んでいたのだ。
さすがに、二度目ともなると、坂上も落ち着いていて、110番をすると、K警察の、桜井刑事の名前も出したくらいだった。電話受付の人もさすがに数日前の事件のことまで覚えているわけもなく、話が通じないようだったが、逆に、通報者があまりにも落ち着いているのが、却って怖いくらいだったようだ。
桜井刑事と、迫田刑事は現場に飛んでいった。
「前の事件も解決したわけでもないのに」
と思いながら、迫田刑事が頭の中で、
「これは連続殺人事件なのだろうか?」
と考えていた。
ということになると、被害者の二人には共通点があるということになる。
すると考えられることとしては、昔の自費出版社系の話であったり、それ以外であればタクシー仲間とも感がられる。
そんなことを考えると、
「何かが殺人を誘発しているのか?」
と、考えられなくもない。
まずは、現場に行って、この目で見ないことには、どうしようもないのであった。
そこに転がっている人を見ると、初めて見る人だったので、少なくとも、
「タクシー会社関係」
というわけではなさそうだ。
一応、捜査会議の中で、
「被害者が、自費出版社関係の会社の社員だった」
ということは話をしておいた。
しかし、本部としては、
「そんな化石のような昔の話が、今回の事件に関係しているとは考えにくい」
と、それこそ、
「昭和の頃のミステリー小説の読みすぎなのではないか?」
と言われるようになり、捜査方針から、早々と却下されていた。
だが、それでも、迫田刑事は、今回の事件に、
「自費出版社関係が、何らかの形で影響している」
と考えているようだった。
だから、簡単に説は否定できなかったが、警察というところは、
「管理官のような立場の人であっても、一旦捜査本部で決まった捜査方針に従わない場合は、捜査から外される」
ということもあるようだ。
だが、それでも、自分の勘を信じている人もいるようで、たまに、
「捜査が混乱すれば、自分の意見が浮上してくる」
と考えている人も結構いるようだった。
そんなことを考えていると、
「何か、被害者から、自費出版関係の証拠のようなものが出てきてほしいな」
と思うのであるが、
「ただ、今回の事件が、連続殺人だという気持ちには、一足飛びに考えることができないのであった」
と感じるのだ。
急いで現場に行くと、刑事も皆目をこすって、さらに目を凝らす。
「本当にデジャブではないか?」
と皆が感じていることのようであるのだ。
連続殺人事件なのかどうかは別にして、模倣犯の可能性はあるだろうか?
実際に、テレビなどのニュースで報道されたことを考えれば、
「犯人にしか分からない」
ということもいくつかあるような気がする。
「やはり、連続殺人事件ということで、捜査するのが一番だろう」
ということで、捜査本部も一本化され、
「戒名」
にも、連続殺人という文字が入れられたのだ。
「ところで、今度の被害者は、どういう人物なのかな?」
ということで聞かれた捜査員の刑事は、警察手帳に書いたメモを見ながら、
「今回の被害者は、山形という人物で、年齢が、25歳です。彼は、このマンションの住人ではなく、近くのアパートの住人でした。今は無職のようで、コンビニのアルバイトなどで食いつないでいるようで、就職してもすぐに辞めてしまうということでした」
それに桜井刑事が質問する。
「それは、単純に仕事が嫌いとか、飽きっぽいとかいうことが原因なんですか?」
と聞かれた刑事は、
「いいえ、そういうことではないようで、どちらかというと、仕事は真面目で、上司も本当は働いてほしいと思っているようなんですが、いきなりキレたりすることが多いようで、それで、なかなか続かないということです」
というのだった。
それを聞いた桜井刑事は少し考えたが、またすぐに、
「何か、育ってきた環境に問題があるのかな?」
という質問をしてみた。
どうして桜井刑事がこういう質問をしたのかというと、前の被害者が、曰くありげだったことで、この人も、
「何か悪いことに加担しているのではないだろうか?」
と思ったからのようだったが、どうも、その発想に間違いはなかったようである。
というのも、
「そうなんですよ。実は、これは被害者の叔母に当たる人から教えてもらったんですが、被害者の母親は、どうやら、新興宗教に入信していたことがあったようで、その宗教というのが、ここ20年くらいの間、ロクなことのない団体ということで有名なところのようなんです」
というではないか。
みなまで言わずとも、皆にはそれがどこの宗教家分かったようだ。
といっても、この間、暗殺事件で問題になったところではないようで、どちらかというと、その宗教と紛らわしい活動をしていて、どうやら、
「あの宗教の上前でも撥ねようということなのかも知れない」
と言われているところだった。
「困ったものですね」
と、本部長が、ボソッと言ったが、
警察とはいえ、宗教団体というところは、特殊法人であることもあり、なかなか警察の捜査が行き届かないところだということで、どこまで警察としての国家権力が通用するか、難しいところであった。
警察内部であれば、
「仕方ないな」
ということになるのだろうが、しかし、それ以上に、マスゴミであったり、世間の目は、そういうわけにはいかず。
「許してくれるわけはない」
ということになるだろう。
「警察というところは、どうして、こんなに宗教に弱いんだ」
と言われかねない。
かつての、テロ事件でもそうではないか。
「警察がもっと毅然とした態度を取っていれば、あんな恐ろしいことはなかったんだ」
と言われたことで、新しい法律ができたりもしたが、結果としては、どうしてもいたちごっこにしかならず、堂々巡りを繰り返すだけになってしまうだろう。
そんなことを考えていると、
「警察と宗教団体」
というものは、ある意味切っても切り離せないもので、下手をすると、宗教団体というものが、
「必要悪」
と見なされかねないというわけである。
そんな宗教団体であるが、今問題になっているのは、
「団体が家族のうちの一人を信者にして、その一人が、借金をしまくり、家族に迷惑を掛けたまま、家にも帰らず、家庭崩壊という問題が大きい。
そんな中で、
「配偶者を失ったもう片一方が、子供の面倒を見ることもなく、その結果、家庭崩壊となる」
ということであった。
しかも、子供が小さかったりすると、育児放棄状態の親が、片方は宗教にのめりこみ、もう片方が、愛人のところに嵌ってしまうなどということが当たり前となり、子供がまだ未成年であったりすると、家庭相談所が介入し、子供を守るというようなことが、普通に、当たり前のごとく行われている様子だった。
そんな状態の中で、
「宗教における二世問題」
と呼ばれるものが起こってきた。
子供をほっぽらかして、親が勝手なことをする。もちろん、親が引き取りにきても、渡すわけはないのだが、最近では、迎えにくる親もいない。
下手をすると、親が、
「生きているのか、死んでいるのか分からない」
というほど、消息が分からないことも多いようだ。
特に、ここの宗教では変なウワサもあり、
「信者として抱え込んで、女は幹部のおもちゃにされ、飽きれば、風俗にでも売られてしまう」
ということである。
この時点でも、宗教への依存度は激しいので、
「教団のために」
ということで、風俗で働くことを、
「自分の生きがい」
と思っているようだ。
もちろん、独り身であって、旦那子供などいなければ、それで構わないのだが、家族を放っておいて、収入はすべて、教団に吸い取られて、それでも、ヘラヘラしているというようなことが、許されてもいいのだろうか?
さらに、これが男だったら、どこかの怪しい組織に売られ、幹部の用心棒などとして働かされているのだ。こちらも、宗教への依存度から、
「これでいい」
と思い込んでいる。
つまり、
「自分は宗教から離れると、一人では生きていけない」
ということを刷り込まれてしまうことで、逆らうこともできなくなってしまうのであった。
それを思うと、
「子供は、そんな親や宗教から、まず切り離して、人間らしく暮らすことを教えなければいけない」
ということになる。
子供も、完全に親の喧嘩を見たりしていて、すっかり怯えているようだった。ちょっとしたことでも、臆病になり、何かの音を聞いただけで、大きなトラウマになってしまうということなのではないだろうか。
ここで死んでいた山形という男は、どうやら、そんな、
「二世問題の走り」
だった頃の子供のようだ。
今はだいぶ、宗教団体に染まってしまった親のことが少し分かるようになってきたので、親がいなくても、だいぶ元に戻すことができたようだが、この子たちくらいの子供は、どうしても、中途半端な教育しか受けれなかったことで、
「社会に出すのにも、いろいろ試験のようなものを施す必要があった」
というではないか。
この子はギリギリ合格したようで、言い方は悪いが、
「一番中途半端な子供だ」
といってもいいのではないだろうか?
それを考えると、
「一番可哀そうな子供」
ということであり、ある意味、モルモットとして使われたふしもあったのだ。
「大きな犯罪を犯すことはなかったが、ちょっとした犯罪は犯すということは結構あったと思います」
と言われていた。
そんな男が殺されたことは、ビックリすべきことでもなく、
「いずれはこんなことになるのでは?」
という話もあったにも関わらず、それでも、今回は、
「昨日まで、規制線が張られていたような場所で、よりによって同じような恰好で死体で見つかるなんて」
ということだったのだ。
これを連続殺人として捜査していると、どうやら、
「第二の被害者である山形にも、第一の被害者の陸奥を殺す動機があったのではないか?」
ということで、詳細に調べてみると、
「いや、一番の重要参考人となっていたはずの人物だ」
ということが分かってきた。
それも、山形が殺されたことで、急遽浮き上がってきたことだった。何しろ、山形側から見なければ、見えてこない陸奥への殺意だったからだ。
というのも、山形の母親が宗教に入信したのは、元々、あの自費出版という詐欺によって、莫大な借金を抱えてしまったことが原因だった。
母親が入信していたのだが、最初は借金で困っているところを、
「お金を貸してあげよう」
という甘い言葉で信者にしておいて、そこからのマインドコントロール。
彼女のような信者は結構多く、この宗教のひどいところは、
「人の弱みに付け込むのが巧みだ」
ということだった。
それこそ、昭和にあった、
「老人を狙った犯罪」
に匹敵するような、悪徳だったのだ。
しかも、これが、
「宗教法人」
というからたちが悪い。
陸奥殺害の容疑者として一番に浮かび上がった山形だったが、誰に殺されたのかということだった。
だが、第一の犯罪の時、彼には鉄壁のアリバイがあった。だから、
「犯人ではありえない」
と言えるだろう。
しかし、彼が殺されたことで、分かってきたのが、山形と、どちらも第一発見者とあった新聞杯ツインの坂上の関係だった。
これも、山形側から見ると見えてきたことで、第一発見者にはなっているが、実は陸奥とも関係があったのだ。
そうなると、俄然、
「坂上による犯行」
というのが、取りざたされた。
坂上は、確かにこのマンションの特徴を分かってはいたので、あのような怪しい犯行を行うことで、被害者を特定させ、一番の容疑者である山形のアリバイを完璧にした。
「なぜそんなことを?」
と考えたところで、ふと、桜井の頭の中に、おかしな、いや、思いついた自分が、
「いやいや。そんなことはない」
という問題が浮かんできたことだった。
それが何かというと、
「交換殺人」
というものだった。
この犯罪は、
「小説以外にはありえない」
と考えるもので、なぜかというと、
「先に誰かを殺した人間が圧倒的に不利」
だからであった。
「自分が殺してほしい相手が死んでくれたのだから、自分は、これ以降、知らず存ぜずで、いればいいだけだ」
ということだからだ。
「少なくとも相手は実行犯。動機はどうであれ、逃げなければいけない。彼が捕まると、殺人ほう助になるかも知れないが、彼が逃げている間は、こっちは安全だ。だが、彼が疑われることはない。何しろ動機がないのだから」
ということになるのだ。
こうなると、最初に犯行を犯す人間は、完全に不利である。だったら、同時に犯行を犯せばいいということになるのだろうが、それでは、完璧なアリバイを作れない。それだと、別に交換殺人の意味がないからだ。絶対に時間差が出てくるのは当たり前で、しかも、その間が離れていればいるほど、有効だ。
だが、今回は、あまりにも時間が短すぎる。ということは、二人の間に何かがあったということなのかも知れない。
と思うのだった。
坂上を捉えて尋問をしてみるが、なかなか口を割る様子もない。
この男、どうも、
「根っからの悪」
ということのようで、そう簡単に口を割るような輩ではなかったのだ。
警察も、拷問のようなことができるわけもなく、何とかジワリジワリ尋問を繰り返したが、決定的な証拠があるわけでもないので、逮捕状など取れるわけもなく、当然、証拠不十分ということで、釈放ということになった。
もちろん、尾行がつけられたりしたが、最初の犯行の、ちょうど一か月後くらいであろうか? なんと、交通事故によって、急死してしまったのだ。
「悪質なひき逃げ」
であり、かなりの猛スピードでの突進だったようで、
「完全な即死だった」
ということであった。
「事件の、重要容疑者だったのに」
ということで、警察は、完全に、
「迷宮入り」
を考えているようだった。
だが、事件というのは、面白いもので、彼が殺害されたことで、またいろいろ分かってきた。
坂上が、二つの犯行を犯したのは間違いない。第一の犯罪のパスケースも、完全に、自分が犯人ではないということを警察に信じ込ませるための演出だったようだ。
指紋を自分で、もう一度つけるような怪しい行動が、今回は偶然を装っているとでも思うと、
「いやいや、そんな小説のようなことはないだろう」
と思わせる、一種のトラップに近い発想を持たせようということだったのだろう。
一つ一つのトリックはちゃちいのだろうが、一番の大きなトリックは、やはり、
「交換殺人」
ということだったのだ。
この事件の本当の主犯は、山形で、やつが、交換殺人というものの企画を考え、シナリオまで書いたのだが、その登場人物である坂上が、想像以上に狂暴だったことが、命折りだった。
山形も、家庭崩壊の中で、元々あった悪党の血統のようなもので、この犯罪を考えたのだが、その白羽の矢を立てた人間の凶暴さを計画に入れていないようだった。
ただ、山形も死んだといってもただで起きる男ではなかった。
今回の交換殺人がうまくいかなかったり、自分が死ぬようなことがあれば、そお伏線を用意していた。それが、今回の、
「ひき逃げ」
だったのだ。
そのうちに犯人は捕まるだろうが、この男も、一種の、
「交換殺人」
というものの、エキストラの一人だった。
つまり、
「坂上はどっちに転んでも死ぬ運命にあった」
ということだったのだ。
それも、ひき逃げ犯が捕まったことで、すべてが明るみに出たのだ。
これも山形が最初に練っていた計画通りだった。
結果誰も、得をした人間がいるわけではない。
そのことを考えると。桜井刑事は、頭の中で考えるのであった。
「交換殺人なるもの。結果として、誰一人幸せになることもなく、復讐とはいえ、結果、すべてが不幸になるということになるんだろうな」
ということを考え、そして、
「山形も今、あの世で同じことを考えているんだろうな?」
と感じたのだった。
( 完 )
損得の犯罪 森本 晃次 @kakku
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