第275話 腐呪龍

「龍の神の怨霊おんりょう? 神さまって、死んで化けて出たりするの?」


「さあ……。これはあくまでも伝聞なので、真偽のほどはわからない。古エルフ族の里に拒絶された私は、その後、各地を回り、魔法の研鑽を積みながら、古エルフ族同様に、≪放棄された土地アバンダンドランド≫を去った様々な種族の隠れ里などを訪ねて回ったのだ。そのうちの一つ。とある妖精族の暮らす辺境の村を訪れた際に、この伝説をそこのおさから聞くことができたのだ。妖精族というのは、かつて幻妖界ではもっとも数が多く、一括りにできぬほどに多様性を持つ種族だ。今はもう口伝によってもその当時のことを知ることはできないそうなのであるが、何かの事情で妖精の女王と呼ばれる偉大な存在と袂を分かった一部の妖精族が海を渡り、そこに住み着いていたのだ。長は語った。その狂える龍の神の怨霊おんりょうの伝説を……」


また、遠くで巨大な何かが咆哮をあげた。


「ねえ、続きが気になるところだけどさ。こんなところで悠長に話をしている場合じゃない気がするんだけど……」


「伝説が確かであれば、問題ない。その怨霊は、もっと奥地の方にあるらしい枯れた世界樹の切り株のある場所の周囲を昼も夜もなく徘徊し、そこに近づきさえしなければ、襲っては来ないそうなのだ」


「それならいいけど……」


なんか微かに地面が揺れてる気がするし、発せられた咆哮も一度目よりも二度目の方がこちらに近づいていたような気がする。


「どこまで話したかな。そう、そしてその龍の神の怨霊だが、それはかつて、大勢の魔物と眷属たるしもべの神を従えて幻妖界を襲った悪しき神の遺した恐るべき呪いによって生み出されたもので、名は≪腐呪龍ふじゅりゅう≫とその里では呼ばれていた。悪しき神の遺した呪いはゆっくりと世界樹や周囲の木々を枯らし始め、この地を流れる水をもやがて腐らせたのだという。幻妖界はそうして滅びの道を辿ることになり、生き物の棲めぬ不毛の大地になった。そうなった後も呪いは解けることなく、地面から吹き出す瘴気が長い年月を経て、無数の怨霊の形を取り始めたのだという。この地を離れてからも故郷を恋しがり、様子を見に舞い戻った者の話では、瘴気は、妖精の王らがその命と引き換えに討ち滅ぼした魔物や神々の姿をとっていたらしい。それゆえに怨霊……。討滅された悪しき神の眷属たちが遺した怨嗟が、呪いと結びつき、現世に舞い戻ったのだとされた。無数の怨霊は、やがて一匹の巨大な龍の形をとり、世界樹のあった場所に居ついてしまったという話だった。ただでさえ、このとおりの不気味な景色だ。やがて、寄り付く者もいなくなり、そして、この地は≪放棄された土地アバンダンドランド≫と呼ばれるに至ったわけだ」


「なるほどね。でも、その伝説はどうやら少し違うみたいだよ」


「……そのようだな」


俺は、コマンド≪どうぐ≫の一覧から、ザイツ樫の長杖を取り出し、身構えた。

マルフレーサとブランカも戦闘の態勢を整える。


揺れが徐々に大きくなり、はるか先の方からこちらに物凄い勢いで迫るなにかの頭部のようなものが小さく見えた。


その小さく見えていたものが徐々に大きくはっきり見えるようになるまでに、さほどの時間はかからなかった。


長く、太い、新幹線くらいはあるんじゃないかという胴体とその側面に並んで生えている長い無数の触手のようなもの。

全身は醜く爛れて、その見た目は龍というより蚯蚓みみずや蛇を連想させる見た目だった。

その身に帯びるのは、どす黒い瘴気と腐臭。

そして、たしかに神々と同様の気が微かにではあるが感じられた。


その長い胴体をくねらせて蛇行し、周囲の岩などを蹴散らして向かってくるその姿は、あまりにも現実離れしすぎていて、まるで怪獣映画の一幕のようだった。

大地を抉り、地形をも変えてしまうほどの巨体に思わず引きつったような笑みが浮かんでしまう。


俺たちのすぐ近くまでやって来ると、≪腐呪龍≫はその鎌首をもたげ、俺たちを見下みおろした。


『リィ……ィザ…………、オヴ……ロン……、ユルズマジ……トコジエ……ニ……ユルズマジ……リィ……ザァ……』


腐り溶けた皮膚の合間から除く≪腐呪龍≫の赤く光る八つの目には狂気と憎悪が宿り、その視線のすべてはなぜか俺に集中しているように感じた。

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セーブポインター 何も起こらない物語 無能認定されて追放された勇者は異世界を往く 高村 樹 @lynx3novel

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