第274話 アバンダンドランド
俺がBAR「沼」のモーリアから受注した仕事の内容は、この五本ある≪
埋める深さは、身の丈の五倍以上の深さであればよく、地図に示された赤い点の範囲内であれば位置の厳密さなどは求められない。
ただ注意されたのは、この≪地鎮の石標≫を捨てたり、適当にその辺に埋めたりしてもすぐにバレるということ。
その場合は報酬の30万クレジットはもらえなくなるらしい。
指定場所は、五か所ともこの世界地図の右の端の方だ。
王都から見て極東にあるという≪
いくつもの国と山を越え、≪幻妖神の
かつてこの場所は、世界樹と呼ばれていた天を衝くような巨木を中心に広大な森が広がっていたらしいのだが、今はもうその面影は無く、瘴気の沼と草木一本生えぬ不毛の大地が広がっているばかりだった。
人間の徒歩では到底、辿り着くのが困難な場所だが、今の俺なら全力で飛ばせば二日ほどで着く。
≪場所セーブ≫を駆使して、マルフレーサとブランカも連れてきた。
ブランカを連れてきた理由は、何か頼みたかったからではなく、彼自身が望んだからだ。
ブランカは知能が高く、人語を話せないが、理解はできる。
マルフレーサによれば、≪
だが、最初に一人で≪
目を覆いたくなるほどのこの惨状を目にしたとき、ブランカがどう感じるのか想像に難くなかったのだ。
結局、ブランカの熱意に負けて、連れてきてしまったが、危惧していた通りになってしまった。
ブランカはじっとその風景を見つめたまま、しばらく動かなくなってしまい、その背中はとても悲し気だった。
瘴気の沼から離れた手ごろな岩場の陰に、テントなどを用いて、ちょっとした拠点のような物を作った。
石を並べて、焚き火を作り、荷物などを置ける場所を作った。
全員揃って、≪
最初の埋設地点は、もっと先の方にあり、未知の場所を暗がりの中、進むのは危険であると判断した。
夜になって焚き火の炎をマルフレーサたちと囲んでいると、別のロード展開で、一緒に旅をした時のことが自然と思い出された。
あの時は街道沿いの水場から、国境の町バレル・ナザワを経由して、竜騎士の国ヴァンダンを目指した。
その後、色々あって、俺が魔王に殺されて、その旅は終わりを迎えたのだが、あのまま何事もなく、世界も滅びないという条件であったなら、俺とマルフレーサはどんな人生を共に歩んでいたのだろうか。
あの静かな隠者の森の庵に戻って、二人と一匹。
穏やかで幸せな家庭を築いていだろうか。
それとも、風の吹くまま、気に向くまま、諸国漫遊を続けていただろうか。
そのうち可愛い子供を授かったりして……なんて未来は、ありえたのだろうか。
「どうしたユウヤ? 人の顔をじっと見て……。何かついているか?」
突然、マルフレーサに声をかけられて、ふと我に返った。
何を妄想してるんだ、俺は。
そんな未来など、あの展開の先にあったわけがない。
放っておくと、どのみち、世界は、滅ぶのだから。
「ああ、いや、何でもない。ちょっと、これからのことを考えてぼーっとしてた」
「そうか。ならばよい。何か言いたいことでもあるのかと思ってな」
一瞬、沈黙が過る。
火の明かりで闇に浮かび上がったマルフレーサは、あいかわらず綺麗だと思った。
だけど、やはりそれは異性に対する関心を伴わないもので、愛しいけれど、恋じゃない。
それが、ただただ悲しかった。
あの頃の二人にはもう戻れそうもない。
雰囲気を変えたくなって、俺は別の話題を振ることにした。
「……ねえ。マルフレーサは、勇者パーティに加入する前は各地を旅してたんだよね。自分のルーツ探しみたいなことをしてたって聞いた気がする」
「ああ。そうだが、それがどうかしたのか」
「その時は、この≪
「いや、さすがにこの地にまではやってきてはいない。この海を越えたのは初めてのことだ。私の出自に関わる古エルフ族の里はヴァンダンの東の険しい山々の奥にあり、そこに暮らす人々は、そのあまりに閉鎖的な思想により、緩やかな滅びを受け入れようとしていた。深い森の中の結界に守られたその聖地に閉じこもり、外部との接触の一切を断ってしまっていたんだ。当然、里の外からやって来た私を受け入れようとはしなかった。それどころか、彼らが忌み嫌う人間の血が混じった私を「穢れた血」と罵り、追い払おうとした。人間からも、古エルフ族からも忌避される存在。それが私だ」
うわっ。ますます雰囲気が悪くなっちゃった。
話を別の方向に持っていかなきゃ。
「ああ、えーと、ほら、俺とブランカはマルフレーサのこと好きだよ。それに、≪世界を救う者たち≫のメンバーとはうまくいってたんでしょ? 人間にも色々いるし、まあ、嫌いだって言ってくる奴とは関わらなきゃいいわけだし」
話を聞いていたブランカも「ウォン!」と相槌を打ってくれた。
「ふふ、ありがとう。だが、そういった葛藤の類は
ひえっ。妖精の女王って、まさかタイテーニアさんのことじゃないよね?
あの優しそうで、淑女の中の淑女という感じの彼女がそんなことをするのは想像もつかない。
「……あっ!そう言えば、ウォラ・ギネが世界樹を材料にした長杖を作って持ってたけど、世界樹って幻妖界に生えてたんだよね? ひょっとしたら、ここに来たことがあったのかも」
「ギネか……。懐かしいな。確かに彼の持つ杖のことは私も知っているが、それは同じ世界樹でも、この地を去った幻妖界の住人たちによって各地に運ばれた苗木の育ったもののことだろう。古エルフ族の里にも若木があった。幻妖界にルーツを持つ者たちは故郷を懐かしむためにそうしたことをしたのだと思うが、なぜか、そうして移植された苗木は
マルフレーサの話の途中に、遠くの方から何か物凄い咆哮のようなものが聞こえた。
「なに、今の……」
俺は、腰かけていた石から思わず立ち上がってしまった。
ブランカも鼻の上のあたりにいくつも皺を寄せて、咆哮の聞こえてきた方角を睨んでいる。白い毛が逆立ち、危険を感じているようだ。
「……確かなことは言えないが、もしかすると、今の咆哮のぬしが幻妖界を滅びに導いた元凶に関わりあるものなのかもしれぬな。この地が、≪
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