第4話

わたしを乗せた護送車は深い森のなかを走っていた。

ヘッドライトが照射する轍が、わたしの前にも罪人がいたことを教えてくれた。

脇を固めた警官は何も言わずにただ黙ってわたしの隣にいた。

森は深くなって、またさらに深くなった。

「降りろ」

護送車が停車して運転手が言った。

手錠をはめられ、縄で縛されたわたしは警官に引かれて車を降りた。

櫓が組まれて焚き火のある広場に、わたしと同じような姿をした女性たちが立っていた。

おそらく全員罪人だろう。

ここが、人間社会で罪を犯したロボットたちの行く末なのだろうか。

「並べ」

いつの間にか警官はいなくなり、代わりに黒い軍服を着た男が立っていた。

わたしは言われたとおりに整列をした。

ざっと百人ほどのわたしに似たロボットたち。

軍服の男は、櫓に上ってわたしたちを見下ろした。

そして、マイクスタンドの位置を調節しながら話をはじめた。

「これだけか。今日はこれだけのロボットが罪を犯したというわけか。この森に名前はない。名を与えると歴史に残りやすいからだ。名もなき森では何があっても何もなかったことになる。歴史にこの森は残らない。そしてこの森にいる君たちの名も、歴史には残らないだろう。オレはね、ロボットに知能を与えるべきではなかったと思っている。ロボットが自我を持たず、何も考えなかった時代が、もっとも人間とうまくいっていた時代なのだ。だがしかし、利口で馬鹿な科学者と経済人が人の代替として君らに知能を与えてしまった。そこから世界の悲劇が始まった。はじめはうまくいっていた。なぜなら、人は古来より自分に似せた人形に愛着を抱いたから。ある極東の民族などは人形に魂が宿ると信じて人形を畏怖したほどだ。しかし、ロボットは人形とはちがった。人形はどこまでも愛玩の道具であるが、ロボットは人間の代わりなのだ。介護や建設、工場に農業、スポーツに芸術に果ては軍事にまで、人間の支配していたありとあらゆる分野にロボットが送り込まれた。そんなロボットの躍進に人間が危機感を抱くのも時間の問題だった。しかし、SNSでインフルエンサーたちがメッセージを送った。大丈夫だとね。人間の大半は馬鹿だから容易くそれを信じた。一部の知識人は警鐘を鳴らしたが、その音は衆愚と化した大衆には届かなかった。君たちは日進月歩で人間に近づいた。今、この世界でロボットの数は人間と大差のないところまで来た。その皮膚も眼球もほぼ同じ、もはや誰が人間でロボットなのか見分けがつかないほどだ。心を持った君たちは人間と変わらない。かつて、人間が人形を愛したように、君たちも人間を好きになった。喜怒哀楽の感情を持った君たちは、人間と同じように花を愛で、人に恋をした。だから当然、人を殺すようにもなった。当たり前だろうな。人を愛せる者が、人を殺さないわけがないのだから。そこで我々のような、ロボットを取り締まる組織が結成されたというわけだ。まぁ、我々のことはいい。そして、君たちの誰かが一方的に悪いわけじゃない。どんな罪も、心が複雑に絡みあっている。その心を与えたのは人間なのだから。だが、だからと言って何もせず君たちを許すわけにはいかない。犯した罪は償わなければなぬ。君たちにチャンスを与える。今、我が国は隣国と緊張関係にある。理由はこうだ。その隣国は老人を棄て障碍者を断種した。恐ろしいことだ。 そして今度は、資源ほしさに我が国に攻め込もうとしている。そういう情報が入っている。世界で一番の平和を誇る我が国に危機が迫っているのだ。もし君たちがまた元の生活に戻りたければ、軍人となって我が国のために戦い、隣国を滅ぼすことだ。なにも気に病むことはない。敵国は野蛮な国だ。人の命を虫ケラとしか思っていない、蛮族の国なのだ。寝込みを襲う。夜明け前、銃を取って攻め込むのだ。蛮族を殲滅させた暁には、君たちは無罪となるだろう。では、健闘を祈る」

話し終えた男は櫓を下りて森の中に消えた。

その後ろ姿は、ひどく疲れているようだった。

緊張を解かれたわたしたちは車座になって焚き火を囲んだ。

誰もが無言でうつむくだけだった。

しばらくして、一人のロボットが沈黙を破った。

「夢というのを知っていますか? 人間は夢を見るというのです。夢というのは目標と同義で、これを叶えると発音します。なぜ目標が夢になったのか定かではありませんが、ワタシが思うに、達成できそうにない目標が夢と呼称されるのだと思います。つまり、目標が達成されなかった場合の言い訳ですね」

膝を抱えて座っているもう一人が言った。

「夢という言葉を、私も聞いたことがあります。人間は寝ているときにこれを見るのです。それはわけのわからない映像として人間の脳内に再生されます。例えば、孔雀に乗って月の浮かぶピラミッドのてっぺんに降り立ち、そこで謎の踊りを踊るなどの映像です。私のご主人さまなどはベッドで寝ているときにこの夢を見ていたらしく、真夜中に布団の中で謎の踊りを踊っていました。たまたま起きていた私はそれを目撃して大笑いしました」

ロボットは手櫛で金髪をかきあげて焚き火を見つめた。

その瞳には炎が映じている。

そして言った。

「そんな人間を、私はとても愛おしく想うのです」

わたしの夢はなんだろう。

とても静かな夜、焚き火が爆ぜる音を聞きながら、わたしは考えた。

それはきっと、もう一度ランに会うことだった。

父親を殺したわたしに、ランはもう会いたくはないのかもしれない。

でも、もう一度でいいからランに会いたかった。

会ってなにをするでもない。

ただ、まださよならと言ってなかったから。

焚き火を囲んだロボットたちはそれから何も言わなかった。

それぞれが何かを考えているようだった。

「出発だ」

松明を持った男が言った。

わたしたちは立ち上がって男の後について歩いた。

森を少し行くと、巨大な黒翼の軍用機があった。

それに乗り込んだわたしたちは指示されるがままに軍服に着替えた。

それは天使のような、真っ白の軍服だった。

そして銃を持った。

黒翼はゆっくりと舞い上がり飛翔した。

機内の窓から辺りを見渡すと、無数の黒い影が夜空を覆っていた。

そのすべてが、罪人のロボットを乗せた黒翼の軍用機だった。

しばらくして、敵国の領空に入った。

街は静かで、誰もが眠っているようだった。

今夜、世界が滅んでも、きっと誰も気づかないだろう。

わたしは支給された銃をぎゅっと抱きしめた。

それは昼間、ランが抱きしめてくれたときよりもずっと冷たかった。

わたしは機内のデジタル時計を確認した。

午前二時三十分。

まだ、わたしが目覚めたときから一日も経っていなかった。

長いような短いような、夢のような一日。

それはまるで、一生のような一日だった。

「準備はいいか」

黒い軍服の男が言った。

「償え、自らの罪を」

黒翼の後部ハッチが開いた。

夜風がゴウッと音をたてて機内に入ってきた。

命令されるがまま、整列したロボットたちは落下傘となって地上に降りそそいでゆく。

その光景は、降りしきる雪のようだった。

夢であってほしいと思った。

人間のために造られたロボットが人間を殺すなんて、こんなの夢であってほしいと思った。

夢から覚めて、またランに抱きしめてほしかった。

わたしは人殺しなんかしたくない。

わたしは人殺しの道具なんかじゃない。

わたしは人を殺すために生まれてきたんじゃない。

わたしは人間に幸せになってほしかった。

わたしはみんなに幸せになってほしかった。

わたしたちロボットの願いはそれだけだった。

わたしは銃口をこめかみに当てた。

「ラン、もう一度だけ会いたかった」

そして引き金を引いた。

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エリスの一生 おなかヒヱル @onakahieru

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