第7話 唯一の記憶


「っすいませんほんと、早とちりしちゃって」


「いえいえ。結構走ってくれたんですね。」


「へへ…まぁ。

 お兄さん、歳…同じくらいですかね?」


彼女に聞かれる。

こんなジャージ姿の俺は一体いくつに見えているんだろうか。


「そうすか?俺、22です。大学4年生。」


「うそ!?一緒!!!」


彼女は驚きながらも笑っていた。


肩までの髪からふわっといい香りがして、

目をそらす。

女の人と話すなんていつぶりだ。



「名前、教えてっ!」


「椚木史斗…です」


「あやと…。あやとっ!」


彼女は飛び切りの笑顔を見せた。

そしてなぜか目が潤んでいるように見えた。


「えっ?」


「なんか目に虫入った!痛ったぁ。あはは。

 私はね、ゆな!木村柚南。」


「ゆな…さん。初めまして。」


「ね!初めまして!呼び捨てでいいよ!

 私はあやとでいい??いーよね!同い年だもん!

 はー…なんだか不思議!私の早とちりだけどね!!」


変わらず早口で、間髪入れずに話す彼女に全然ついていけなかった。


おかしなこともあるもんだなぁ。


あっという間にラーメン屋に着く。


俺が入ろうとすると、


「あっ!待ってて!私が行ってくる!」


「え?俺も入るよ。」


「まさか人違いだったなんて、史斗くんがいたら余計に恥ずかしいよ!

 すぐ来るからちょっとここにいて!」


「ははは、分かったよ。」


彼女は”よーいしょ”と思い扉を開け、中に入っていった。



この時の俺の気持ちはというと。


「…可愛いなー。」



だ。気持ち悪いかもしれんが。


柚南というその子はいとも簡単に俺の心をつかんだ、

というより半ば強引に引っ張っていった。


空を見ると少しだけ月が見えていた。


俺、数時間前まで死のうとしていたんだよな?

それが、うまいラーメンが食えて、

久しぶりに爺さんに会えて、

こんなかわいい子に追っかけられて。


やっぱこの世界はおかしい。


そんなことを考えていた。



ガラガラ…



「ごめん!お待たせ!」


「大丈夫だった?」


「うん!笑われたぁー!おっちょこちょいだなって!

 えーっと、行こっか!家、近いんだっけ?」


「あ、うん。俺、こっち。

 てか…目、痛そうじゃない?」


柚南の目は、まだ潤んでいた。


「虫、奥に入り込んだっぽい!」


「何だよそれ(笑)目薬使う?」


「いーの!?やっさしー!」


さっき、本当にさっき会ったばかりとは思えないテンポの

会話に驚きながらも、楽しさが勝つ。


「ありがとう。私は家こっちなの。」


俺の家とは逆の方向を指す。


「じゃあ、連絡先教えてよ。」


俺は気づいたらそんなことを口走ってた。


彼女はびっくりした顔をした。


「…あ。ごめん。いきなり。

 彼氏とか、いた?」


いや、そういうことじゃないよな。


「ううん、いない!いいよ!

 なんか漫画みたいでびっくりしただけ!」


「俺も、漫画みたいだなぁって思ってたとこ。」


「漫画みたいって何なのよ(笑)」


そういってLINEを交換した。



「ありがとう!また連絡するね史斗!」


「ほい。またね。」


彼女は振り返りもせず走り出した。


スマホが表す時間は俺がラーメンを食べてから2時間も経っていなかった。


急展開過ぎて頭が追い付かない自分と、

ドキドキという表現があっているのかわからない胸の高鳴りを感じた。



「人生の最後にたべたいものランキングトップ10!」のサイトに

改めて心の中で感謝を伝える。


あのままベットで寝転んでいたらこの時間は来なかったのだ。




そうして俺は家に帰った。








 




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世界は、たまにおかしい 桜桃(さくらんぼ) @yuzu7771207

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