普通に拘る狂人

那須茄子

殺人

 青がどこまでも続く空の下で、少女は「殺して欲しい」と嘆く。よりによって、一面に彼岸花が咲く場所での、告白──いや自殺志願を受けた。


 私は訳あって、人を殺すのには慣れていた。世間では私みたいな狂人を、人殺しと呼ぶのだろう。


 けれど、私には正常な常識が働いていた。

 常識を持ち合わせた狂人というのは、殺人鬼よりも質が悪い。普通という理想に拘り、普通であることに執着するあまり。また人道から外れる人外が、何より憎くて、何より愉悦を感じる対象となる。 


 私が一番許せないのは、人から外れようとする半端者だ。


 だから、私は少女に並々ならぬ嫌悪と怒りが湧いた。

 死ぬということは、ただの肉塊に成り下がるだけだ。死ぬば、それは死体とは名ばかりの肉でしかない。

 

 それを、自ら少女は望んだ。なんとも罪深いことか。少女はわざわざ、人ではなくなる選択を求めているのだ。理解できない。私には、到底理解の及ばない愚考だ。


 いくら少女が幼馴染みでも──長年の腐れ縁だとしても、その私の信念を侮辱する行為は決して許されない。


 少女に、痛ましい死を。

 少女に、苦い死を。

 少女に、残酷な死を。

 

 私は、少女の両手を、両足を、頭を、胴体から引きちぎった。

 なんとも見事な血だった。人間の肉の内側には、こんなにも綺麗な赤色が隠されている。

 勿体無い。勿体無い。


 私は、無我夢中で。

 一つずつ肉を剥がして剥がして剥がして剥がして剥がして剥がして。

 骨を砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて。


 血を求めた。


「あ、..やっぱりだ..」


 ふと肉塊は、笑った。

 既に致死量は越えているというのに、まだ僅かばかり生きていた。

 

 肉塊は、笑う。

 肉塊は、微笑む。

 

 理解不能だ。なんで幸せそうな顔をしていられる..??

 もっと苦しみ叫ぶ姿を期待していたのに、これでは死という救済を与えているようだ。


「な、何でだ? 何でそこまでして死にたい?..」 


 問う。

 疑問というより、愚問に近い。それでも聞かずには、いられなかった。


「ら....楽にな..れた....わたし..これで」


 ヒトから解放されたから、と肉塊は言った。


 信じられない。全く持ってその意味が分からない。

 人から解放されたい? それは最早、神にも反する。


「馬鹿馬鹿しいっ! 人から生まれておいて、よくもそんな口がきけたものだ」

「はぁ..はぁ....やっぱ..り分かんない? ただ私には......こんな小さな居場所じゃ、物足りなかっただけ」


 最後に見せた微笑み──あまりにそれが満面の笑顔だったから、不覚にも幸せな死顔しにがおだと────ほんの一瞬だけ思ってしまった。


 けれど、結局は普通から外れた狂人だ。

 こいつは自ら死を望んで、自ら死を受け取った。


 人というのは、死を恐れ死に屈して、死から逃れる為に寧ろ奔走して足掻くべき生き物だ。それが普通で、美徳の基準の境界線である。

 それを逸れるものは、やはり許すことはできない。


「どうも私は、頭が固いらしい」


 本当はというと。

 分からんでも、ないのだ。

 その在り方は、理解できなくもないのだ。


「..一応、三年間ありがとな。普通に楽しかったよ」


 躊躇いもなく、呆気ないほどに。

 私は踏みつけた。幼馴染みと呼んでいた、塊の顔らしき所を。

 

 

 


 




 

 


 





 

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