第30話 花束なんか買っとる場合か!
途中から二人の姿を完全に見失ってしまったゲイルと、グリマスの部下たち。でもグリマスとエリンの行き先は決まってるのだからと、先回りして実技試験会場の地下のダンジョンへと続く錆びた鉄扉の前まで、ゼエハアしながら到着したのだが……なんとそこには誰の姿もなかった。
実技試験会場の職員たちに、グリマスたちが入ってしまったかもしれないと告げると、急いでくれとばかりに許可が下りたから、それはもう急いで階段を駆け下りたのに、いないとは。まさかもう、この扉をくぐって先に行ってしまったのでは……血の気が引くゲイル。
(グリマスさんはともかく、エリンちゃんは様子がおかしかったから、彼女の行動が一番読めねえな。ここをくぐってしまったんなら、どうか無事でいてくれ! 君が元気に笑っててくれなくなったら、オラ本気で泣くかもしれねえよ……)
扉の取っ手に手をかけると、鍵がかかっていた。スタッフはスカルアリアとモンスターを、ダンジョンに閉じ込めていたのである。
がくりと拍子抜けするゲイルと、グリマスの部下たち。
「ああびっくりした……。二人とも我先にと危ない場所へ飛び込んでっちまったかと思った。あれ? でも、ほんなら、エリンちゃんたちどこ行ったんだべか? グリマスさんのことはよく知らないけど、エリンちゃんは何度もオラを試験会場に案内できるくらい、道に詳しいのに」
グリマスの部下は、グリマスが寄りそうな場所を探しますと言って、皆バラバラの方向へ走っていってしまった。しかも、ゲイルを取り残して。
「一人ぐらい残っててくれよ……部下の人たちも、めちゃくちゃ慌ててんだな」
錆びた観音扉の隙間から、寒々しい空気が流れてくる。人工的に手入れをしているとはいえ、土がむき出しの壁、床、天井。さらには、突如として奇行に走った露出狂の美女と、見たことがない恐ろしいモンスターが、この鉄の扉一枚隔てた世界で、のさばっていると……。
(うへえ、なんだか怖くなってきたな。今までは優秀なスタッフさんが、必ずどこかにスタンバイしてくれてて、オラは一人じゃなかった)
明かりの乏しい、不気味な地下洞窟。その入り口に一人で立っているだけで、こんなにも不安になるとは、ゲイルは知らなかった。
(ああもう、エリンちゃん達どこさ行ったんだべか〜。オラも地上に戻って、街中でエリンちゃんを探したほうがいいかな。それとも、エリンちゃんのパパに連絡したほうがいいかな。ああでも、エリンちゃんのパパって、どこさいるんだべかな)
エリンについて、まだまだ知らない事の方が多かった。これから自分はどんな選択をするべきか、迷いに迷ったけれど、いつかはグリマスとエリンがここへやって来ると信じて、辛抱強く不気味な場所で一人で待った。
甲冑のガシャガシャいう音が聞こえてくる。グリマスの部下が何か発見したのだろうかと、ゲイルが階段の方を見やると、エリンの履いているローファーの音も聞こえてきて、まもなくしてバラの花束を持ったグリマスと、満足げに頬を上気させているエリンと、肉球で足音が消えているクレアが下りてきた。
「お待たせ。途中でお花屋さんに寄ったの。やっぱりプロポーズには真っ赤なお花でしょう。ベタだけど一番視覚的に感動すると思うわ!」
「ええ!? なしてバラの花束なんて買ってんだべよ、戦闘するとき手ぇさ塞がるだろ」
「あら、戦いに行くんじゃないわよー、ねえグリマスさん? これからプロポーズしに行くんだから、剣以外で持っていく物は、ちゃんと準備しなくっちゃ!」
だからって、そんなに大ボリュームの花束を持っていたら、自分の足元も見えないのではなかろうか。これから暴れているモンスターを止めに行くというのに、ふざけてるとしか思えない。
否、最初からゲイルとグリマスの意見が合う時は、ほぼなかった気がする。このふざけた行為も、グリマスにとっては「正しい」のだろう。
「さあ行くぞ! いざ魔女が待ち受けるダンジョンへ!」
「え? 魔女ってだーれ?」
まさかの意中の相手を魔女呼びするグリマスに、エリンの顔が曇った。
「ねえグリマスさん、魔女って誰のこと? この先には、グリマスさんの好きな人が待ってるんじゃないの?」
「当たり前だ。これは魔女に渡すために買ったものだぞ」
「ええ? どういうこと? 魔女って多分褒め言葉じゃないから、あんまり言わないほうがいいわよ」
他人の説得に応じる性格のグリマスではない。彼は確固たる秩序と事情に従って、意中の女性を罵倒しているのである。
その後もグリマスは、いかにスカルアリアが恐ろしく、不気味なモンスターであるかを延々とエリンに聞かせ続けて、さすがにエリンが後退りしていた。ゲイルに駆け寄るなり、こそこそと耳打ちしてくる。
「ねえ、あのグリマスさんって人、本当にその女の人のことが好きなの?」
「ああ、うん、そうみてえなんだ。信じられねえけどな」
「じゃあゲイルは本当に、グリマスさんとその女の人をくっつけるって約束しちゃったの? こんな男の人と?」
エリンの目を丸くしている様子に、正気を疑われていることがありありと伝わってくるゲイルだった。
「んだ〜。どう考えても無理だよな。でもお仕事だったから、つい約束しちまって。それがこんな取り返しのつかないことになるなんて、思いもしなかったべよ」
「残念だけど、私もそう思うわ。騎士団の副団長が、こんなに情緒が不安定な人だったなんて思わなかった。さっきからずっと女の人が罵られてて、かわいそう。それと、こんな人が上司な私もかわいそう」
エリンはスカルアリアが誰のことなのか知らないようだった。ゲイルが、いつぞやのすごい格好をした黒髪の女性の事だと話すと、エリンは頭が真っ白になったのか、ちょっと固まった。
「ほんとにあの人なの? グリマスさんが大好きな相手って」
「んだ」
「それで、彼女って確か試験官なのよね? その人がダンジョンに入って、モンスターと一緒に暴れてるの? どういうことなの?」
「オラにもよくわかんねえ……事情を知ってる人なんて、きっと誰もいねえだよ……」
用意の良いことに、グリマスは試験会場の職員から、扉の鍵を貸してもらっていた。しかもゲイルとエリンが話し合っているうちに、さっさと扉の鍵を開けて、中に入っていってしまった。
「あ! ちょっ、グリマスさーん! 一人で行っちゃ危ないべよ! マリンさんの店の名前に傷が付くようなことは、しないでくんろ!」
グリマスが勝っても負けても、ダンジョンがめちゃくちゃになる予感がして、ゲイルは大慌てで追いかけていた。その後ろを、エリンもクレアも続いてゆく。
「ゲイルだけじゃ心配だから、ついてってあげるわねー!」
「エリンちゃんは手柄が欲しいだけだろ!」
「それだけじゃないわよー、本当にゲイルにケガしてほしくないもん」
前方のグリマスに、後方のエリン。そして世話になったマリンと、その店の看板と世間からの目。ゲイルはもう、真ん中を走っていることしかできなかった。
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