第25話 もう、地下一階だけですよー
ひんやりと湿った空気が、肌に張り付く。足元が若干見えにくい程度の薄暗さが、雰囲気を醸し出している。幅の広い一本道の両壁には、設置された燭台が特別製の蝋燭を乗せて、まるで松明のようにメラメラと炎を燃やし、その明かりが天井、壁、床にゲイルたちの影を躍らせていて、少々の不気味さと大きな非日常を演出している。
「おお……」
副団長グリマスが、感嘆の声を漏らした。
「俺が先代の騎士団長から聞いていた実技試験の雰囲気と、よく似ているな。昔はここで、試験のたびに皆が腕を競ったのか……」
国から任命された試験官らしいのに、今日初めてここに入ったのかと、ゲイルは意外に思った。
(この人も、オラと同じくらいの知識量なのか。ますますオラの責任重大だべ。しっかりお二人を案内しないと……って言っても、今日はお試しでこの階層だけをぐるっと一周するだけなんだけどな)
マリンが初めてゲイルをダンジョンの下見に連れて行った時は、明かりを持ったスタッフが数名いて、そこで自己紹介を交わし、仕掛けの解き方を実践してゲイルに学ばせ、そしてダンジョンに登場させるモンスターの種類を口伝で教えた。
だからゲイルは、実際に登場するモンスターを見たことがない。「こちらでしっかり管理しているから大丈夫よ」とマリンが言うから、店長がそう言うならと、ゲイルは自分の目で確認しなかったのだ。それが今になって、ゲイルの胸に不安を募らせた。
(今日はこの二人とオラにとって、ただのお試しの日。ただ地下一階だけぐるっと見回るだけだ……。大した事にはならないはずだ)
ゲイルは深呼吸して、意を決した。
「それでは、出発いたしましょう。皆さん、オラから離れないでくだせえ」
女性がこっくりとうなずいた。ゲイルのバイトに暇つぶしで参加する際に、言うことをちゃんと聞くと言ってくれただけあって、おとなしくゲイルの後をついて歩いてくれた。
問題は、グリマスの方だった。かなり後ろの方を歩いている。どんどん距離が開いていき、さすがのゲイルも心配になってきた。人に管理されているダンジョンとはいえ、あまりにもスタッフと離れてしまっては、万が一何かあったときにゲイルが気づけない。
「あの、グリマスさん、もう少し距離を縮めて歩いてくださると助かります」
「何を言う、殿を務めるのも大事な役割分担だろう」
「うん、そうなんですが、ここは訓練する場所と言うよりは、お二人の仲を深めるためのものですので、めちゃくちゃ本格的に警戒しなくてもええんですよ。後ろから急に怖いモンスターが襲ってくるなんて事は、ないんで」
するとグリマスが顔をくしゃくしゃにして駄々をこね始めた。
「この俺に、魔女と隣り同士になれと言うのか! 仲良く手をつなぎ合う関係にまで、発展しろと言うのか! そしていずれは結婚して、家庭を持てというのか! そしていつか訪れる別れの日に涙し、同じ墓に入れぬ宿命を呪いながら老衰で息を引き取れとでも言うのか!」
「ええ? ……あの、参加するのが嫌だったら、今からでもやめますか? 今ならまだ、地上まですぐに戻れますよ」
「何を言うか! 男が一度決めたことをやめるわけがないだろう! とことん付き合ってやる。その女一人に任せていたら、ろくな目に遭わんだろうからな!」
後ろからでも十分に響き渡る声の張りように、女性がジト目になっていた。
「連れてきたのは、間違いだったかもな」
女性がボソッと呟いたのが聞こえた。そんなこと初めからわかりきっていたのではないかと、ゲイルはツッコミを入れかけてしまうほどだった。
(たぶん、グリマスさんはこの女の人が大好きなんだろうなぁ。なのに、なしてそんな言い方をするんだべか? こんなの、どんな人だって怒るべよ)
いくら言っても近くまで来ない。まぁ副団長を務めている人だから大丈夫かとゲイルは諦めて、グリマスに殿を任せたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます