第24話 バイト初日で担当していい客じゃねえべ
そういえば、この女性はグリマスに付きまとわれて困っていると言っていた。この店に女性が入ったことを、遠くから尾行していたグリマスに目撃されていても、おかしな話ではなかった。
だけど、店に入ってくるとは予想外だった。
今日は仕事がお休みなのか、あのよく目立つ銀色の甲冑姿ではなく、それでもこれからどこかへお呼ばれに行くかのような、なかなかフォーマルなパンツ姿だった。しかし彼の情熱的な奇行により、この格好も尾行に気づかれないように変装したのではないかと、疑ってしまうゲイルだった。
「なぜこんなふざけた店に入る! 婚姻とは親や周囲の勧めに応じたり、自ら選択して結ぶものではないのか!? 貴様なら引く手数多だろう、何を一人で悩むことがある! たとえば俺などに相談しようとか、思いつかなかったのか! なんでも一人で抱え込みおって!」
彼なりに心配しているらしい。
「店員の前でふざけた店とは、礼儀がなってないぞ、小僧」
「こぞっ」
またまた痴話喧嘩が始まるのだろうかと、傍らでゲイルはおろおろした。
(止めた方が良いべか?)
グリマスは声がでかく、確実に店の外にまで響いている。店の外や中で毎度客と言い合いになるだなんて評判が立ったら、縁結びを生業にしている店の名前に傷がつく。
「私は暇だから、この店に入ることを選んだのだ。私の暇を私がどう潰そうが、私の勝手だろ?」
「そんなに暇ならば俺が遊んでやる! このふしだらな魔女め!」
やっぱり止めよう、とゲイルが間に入って行こうとした、その時、
「ちょうどいい、この男も連れて行くぞ」
スカルアリアと呼ばれた女性の、にんまりと口角を吊り上げながらの発言に、ゲイルが一番びっくりした。
「なにぃ!? この俺を未来の相手に選ぶと言うのか! ようやっと決断したか、遅いぞ魔女め!」
グリマスが謎の上から目線で喜んでいる。
(ええええ!? こげな男でええんだべか、スカルアリアさん!? まともに会話が成立できとらんのに、どうやって結婚生活を送るつもりなんだべ!?)
ゲイルの大慌てしている胸中を見抜いたかのように、女性がゲイルに視線を投げた。
「安心しろ、私に考えがある」
「は、はあ」
絶対に嫌な予感しかしないゲイルだった。グリマスがゲイルにむっとした視線を送っているのも、面倒事に大発展しそうな予感がして、げんなりしてしまう。
(なんだべか、この空気は。こんなんじゃオラの初仕事、絶対に上手くいきっこないべ〜……)
実技試験会場の地下一階の、錆びた大扉の前まで、女性とグリマスを案内したゲイルは、本当になぜこんな展開になったのかと未だに心の中で頭を抱えていた。
『ちょうどいい、この男も連れて行くぞ』
あんなに疎んでいた男を、なぜ同行させるのか。それも婚活用のダンジョンに。
あの後、グリマスを店から引っ張りだすのに一悶着あった。予約の時間になったらしく、他の男性客が店に入ってきて、それを見たスカルアリアが「お前たちも参加するか?」などと、からかったせいだった。スカルアリアが自分に黙って婚活を実行しようとしていると勘違いしたグリマス、ゲイルが羽交い絞めにしていなければ、店内で大乱闘が始まっていたかもしれなかった。
怖がるマリンを一瞥し、スカルアリアがイスから立ち上がり、「邪魔したな」と笑いかけると、グリマスの首根っこを片手で掴んで、そのままずるずると店の外まで引きずり出してしまったのである。
そして現在に至る……。
「えーと、ほ、本日は、マリッジ・アリアをご利用くだしゃ、くださいまして、誠にありがとうございます。えー、このダンジョンではですね、皆様が各階層の、とても難しい罠を解除し、モンスターを退けて最下層を目指してもらいます。えー、そしてー、ですねー、えーっと……」
緊張と混乱で、台詞の続きが思い出せないゲイルは、目が猛烈に泳いでいた。
(まずいべ、ド忘れした! どうしよ!)
真面目に、あんなにも練習したというのに。自分がこんなにも異例の事態に弱かっただなんて知らなくて、ゲイルはショックだった。
「おいバイト! 気が弛んでおるぞ! 最後までしっかりとこの女に説明し、理解させろ!」
「は、はい、申し訳ありません、えーっと……んーっと……」
「ええい! まだるっこしい! 代われ!」
「ええ!?」
大きな体のゲイルが勢いよく押しのけられ、立場が取って変わられた。
「いいか魔女よ、この俺が蛮族の貴様にもわかりやすく説明してやるから、しっかり聞いておくんだぞ!」
魔女と呼ばれた女性は、顔全体が「はあ?」となっている。
「いいか、魔女! ここは将来を誓うにふさわしい伴侶を探す場である。一見すると、薄暗くじめじめしたダンジョンで、そのような催し物には不適合な場所とも思われるが、適度に命の危機に瀕する非日常の中で、手を取り合い、知恵を絞り、勇気をふりしぼり、強敵を倒し、刺激的な時間を共有するうちに、ウマの合う相手を見抜いていき、そして最下層に至る頃には何組かのカップルが成立していると言うわけだ! さらに乙なことに、最下層にあるのは結婚届の書類なのだ! 無論、籍を入れるのは二人の任意であるし、タイミングと言うものもあろう! だが、俺は個人的にこの演出を気に入っているぞ! なんだか、この奇跡的な出逢いを、他者から祝われているかのようで、祝われていると言う事は、つまり、世間から認められていると言うことで、えー、つまりだな!」
「……お前の説明も、大概わかりにくいが、つまりお前は、この店のあり方を利用して、女を物色しに来たわけか? お前こそ引く手数多だろうに、物好きなことだ」
「なっ、物色とは何だ! 人聞きが悪いにもほどがあるぞ! それにな、俺はわざわざ一から探しに来たわけじゃない。ある程度は目星をつけていてだな!」
「言い訳の多い男だ。前々から思っていたが、お前の話は長すぎる上に、何が言いたいのかさっぱりわからん」
女性がスタスタと歩み寄ってきた。詰め寄られて、副団長の男が後退りする。
そして、壁際まで追い詰められてしまった。
「お前、言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ」
「何!?」
「まあ、お前が私を嫌っていることぐらい、言わんでもわかるがな」
副団長の男は、ギョッとして目を剥いた。
「何を言うか、俺はただ、その、アレだ! 常にお前のためを思ってだな!」
「そこまででお願いいたしやす、お二方。グリマス様、大変わかりやすい説明をありがとうございました。それではこれより、めくるめく大冒険へと、お二人をご案内いたしますので、どうかオラから離れないように、しっかりと後に続いて、冒険を楽しんでくださいね。では出発いたしましょう!」
グリマスが冷静になるまで待っていてはラチがあかないと判断したゲイルは、二人の同意を得ずに、大冒険と続く大扉を押し開けたのだった。
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