第23話 暇つぶしに付き合えってか
女性を店まで案内しながら、道中ゲイルは、もしもマリンに店の外でばったり会ったら、どのように説明しようかと考えていた。
(この女の人は、すぐそこで会ったんですー、とか……それか、国家テイマーの実技試験のときに試験官を勤めてた人なんですー、とかか? あ、ダメだ、マリンさんにオラが試験を蹴って落選したことが、知られちまうかもしれねえな。マリンさんは試験とは無関係なんだ。仕事とプライベートな話題は、分けて仕事するのが大人だ)
やっと見えてきたファンシーなお店。ちょうどお客が数名入っていたのか、マリンが外まで出て団体を見送っていた。今日も商売繁盛、マリンを指名した若者達は、きっと近い将来、未来の伴侶に巡り会えるのだろう……ゲイルは心の中で応援した。
マリンはゲイルたちに気づかず、店の中へと入っていく。店内にいたスタッフが、大きな窓のカーテンを開けて、窓枠の縁に置いた小さなプランターに、これまた小さなじょうろで水をあげていた。木苺のような可愛らしい実が、たわわに揺れていた。
「ここか、お前を雇い入れた物好きが商っている店は」
「物好きって……はい、ここですよ、このとってもめんこい店」
女性がしげしげと店の外装を観察していた。店の両隣りの建物がたまたま地味な色合いなのと、街中とはいえここまでファンシーな店はなく、もしも人通りの多い大通りに建っていたら、グリマスのような規律に厳しい人たちから、何か言われ続けたかもしれなかった。
「この店のことなら知っているぞ。トンカツを応援しているんだってな」
「婚活です、コンカツ」
「コンカツぅ? なんだそれは。ずっとトンカツ屋だと思っていたぞ」
むしろトンカツの方を知らないゲイルだった。脱線した話をもとに戻そうと、咳払いする。
「婚活っていうのは、そろそろ結婚を考える時期の人や、将来を誓い合える相手と出会いたいなぁ、って言う人が結婚に向けて動き出すことを言うんです。まあマリンさん曰く、婚活の概念って人それぞれらしくて、じつはオラもよくわかんねえんです。とりあえず、バイトしながら店のことを学ぼうと思いまして。婚活のことも、そのときになったら自分なりにわかってくるんだって思ってます」
「人それぞれ捉え方が違うだと? そんなモノを商売にして、利益が出るのか?」
「い、一応は儲かってるみたいですよ……オラもまだ学んでる最中なんです。婚活に前向きなお客さん達と、大勢向き合っていれば、きっと自分なりに、何かぼんやりとでも、把握できるんだと思います」
なんだかゲイルは、どんどん自分の下手くそな説明が情けなくなってきた。なんとなくこういう感じなのだなぁと、自分なりにまとめて腑に落ちているはずなのに、いざ他人に説明してみせると、形のないものを自信満々に客に勧めている不思議さが、浮き彫りになってきた。
「お前はここで、どのような仕事をするんだ?」
「えっとー、結婚願望がある人たちを何人か集めて、冒険者パーティを組んでもらって、それから、人工のダンジョンに潜ってもらって、お互いの理解を深めながら最下層のゴールを目指す……のをお手伝いする仕事です。オラは従業員ですから、婚活には参加しません。あくまでスタッフとして接客します」
「ほう、なかなかおもしろそうじゃないか」
え、とゲイルはドン引きした。まさか、と一抹の不安がよぎる。
女性がでかい犬歯を剥き出しにして、にんまりと笑った。
「ちょうど暇をしていた。外にいてもあの男に付きまとわれるだけだからな、室内で楽しく遊んでやるとしよう」
「あの、憂さ晴らしとか、そういう感じでの参加は、ちょっと」
「礼儀正しい客のフリなら、してやるさ。私はなにも暴れようとしているわけじゃない、暇を潰せるのなら、ダラダラとサクラになってやっても良いと言っているんだ。お前の売り上げの成績にもなるだろうし、悪い話じゃないだろう?」
うぅ、とゲイルはたじろぐ。
(嫌な予感しかしないべ〜! 他のお客さんが怖がらねえかな……)
ファッションに罰則がないのなら好きにすべき……なんて大口を叩いていたゲイルだったが、やはり商売には人気と金が絡む。常識から逸脱した、怖い雰囲気の人が、ニヤニヤしながら参加していたら、一般客はどう思うだろうか……。「すみません、今日はちょっと」「あの、別の日ってできますか?」「ごめんなさい、キャンセルで」の選択肢から選んで断るお客様の姿が、ゲイルの頭に浮かんでしまっていた。
「いらっしゃいませ。あら? ゲイル君、その女の人は?」
「すんません、マリンさん。空いてる時間だけでいいんです、この人にダンジョンを、見学させてやってくれませんか?」
ゲイルは内心で「断ってくれ、マリンさん!」と祈っていた。ゲイルだって最初は、この女性の提案を断ったのだが、「では店長に聞いてみよう。案外、よしとしてくれるかもしれないぞ?」と言って、店に入ろうとするから、慌ててゲイルが先に店内へ入ったのだった。
当然というかなんというか、マリンがとてもびっくりしていた。
「ど、どういうこと? あそこは神聖な場所だから、未来のカップルとスタッフ以外、入れられないの。ごめんなさいね」
「それはオラも重々承知しています。だけど、どのお客さんも、バイトなんかに頼りたくないって、断るじゃないすか。オラもそろそろ、実践が積みたいというか……それで、この女の人はオラの練習に、付き合ってくれるそうです。婚活が理由で、ここに来た人じゃないけど、この人と練習して、オラ一人でも未来のカップルさん達を、ダンジョンの最奥までサポートできるようになりますから、一度だけでも、許可をお願いできないでしょうか」
一応ゲイルは、後ろで店内を眺めている女性の肩も、形だけ持った。わざわざここまで歩かせて案内しておいて、「店長が無理って言ったからダメです、はいお疲れ様でした、帰ってください」なんて態度をとっては、さすがに失礼だと思ったから。
だけど、変わらず胸の中では「断ってくれ、マリンさん!!」だった。
一方のマリンは、とりあえず大荷物を持っているゲイルをバックヤードへ移動させ、女性をイスに座らせると、自身もイスに座って、話を伺う体制を整えた。テーブルには、さっきの団体客に出したものだろうか、山盛りのお菓子がそのままあって、これがそのままこの女性に出される形になっていた。
これは、バックヤードに荷物を納めるついでに、ゲイルがお茶を出さねばならない展開である。ここでバイトする間に、お茶の出し方もしっかり仕込まれたから、ゲイルはしぶしぶ、お茶の用意に取り掛かった。冷めたコンロに、マッチで火をつける。
(あれ? オラの相棒がいないぞ、どこ行っ
……ありゃりゃ、二人と一緒に椅子に座って、クッキーさぼりぼり食べてるよ。あの女性は気にしてなさそうだから、まぁいいか、でもあんまりたくさん食ってるようなら、二階に移動させないとな)
バリバリ食べている相棒を尻目に、マリンが話を始めた。
「確か、国家テイマーの試験官の人ですよね。何度か試験会場でお見かけしたことがあります」
「そうだったか。試験官といっても、たいした仕事はしていないぞ。この国の王から頼まれただけだ。実際にああだこうだと口を出しているわけではなく、その心意気がテイマーにふさわしいかどうか、それだけを基準に、人を見ている」
「試験会場の地下にあるダンジョンのことも、ご存知じゃないかしら?」
「いかにも。あそこは私にとって、玄関のようなものだ」
「そうですかぁ……。もしかしたら、ゲイル君より頼りになるかもしれないですねぇ」
さらっとゲイルを傷つける言葉が。ゲイルは無言で茶器を棚から取り出している。
「わかりました、それじゃあゲイル君をよろしくお願いします、試験官さん」
「あい、引き受けた」
いやいや断ってくれよと、ゲイルは言葉にならない絶叫を胸の中だけで吐き出した。
(なーに考えてんだよ、マリンさん! オラのためか!? オラのためにこんな、練習させてくれようとしてるんだべか!? 確かにオラはついさっき、自分を高めてえみたいなこと言い出しちゃったけんど、それでもだよ!)
なぜかゲイルの引率を担いだす女性に、もうどこから突っ込んで良いのやらゲイルは反論が見つからなくなっていた。
(慌てるな、お茶ぶっこぼしちまうだろ。冷静に冷静に、お茶持っていこう。これも仕事だ。オラが故郷に帰るための、大事な仕事だ)
心を無にして「お待たせしました、お茶です」と、女性二人と一匹のもとへ、茶器を運んでいった、そのとき、不気味な視線を感じて窓を見やった。
イケメンが、鼻の頭をガラス面にくっつけて、ブタバナになりながら店内を凝視していたのである。
「待て! 待て待て! スカルアリアー!」
窓ガラス越しでも、その大声はよく響いた。ゲイルは文字通り、お茶をぶっこぼしかけた。
(おわあああ! あれは副団長のグリマスさんとかいう名前の人たべか!? もっとややこしい事態になっちまったべよおおお!)
営業中の店の玄関には、当然鍵など掛かってはおらず、グリマスが店内に飛び込んできてしまった。
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