第26話   グリマスの奇妙な態度の理由

 ゲイルの初バイトの客人は、少しでも放っておくとケンカし始めるため、ゲイルはとりあえずグリマスの隣りに並んで、いろいろと話しかけてみることにした。言い合いする暇を与えないために、そして、彼がどんな人物なのか把握するために。


(この人は国家テイマーなんだし、それ関連の質問とか、してみるか)


 名前と職業しか知らない人だから、共通の話題を選んだ。例えば牧場を見学しに来たお客さんには、天気の話題、牧場の紹介、その後はひたすら牧場の良さなどいろいろアピール。お客さんは牧場に興味関心があって来ているから、それに触れれば会話に困ることはなかった。


 ゲイルが個人的に気になっているのは、グリマスの相棒の件だった。国家テイマーなのに、いつ会っても相棒らしきモンスターを連れていない。さっそく質問を投げてみると、意外な答えが返ってきた。


「ええ? グリマスさんって普段から自分の相棒を連れて歩かないんだべか。休日も? 国家テイマーなのに?」


「当たり前だろう、俺の相方は全部国のものだ。許可なく自由に連れ出せるわけがないだろう」


「でも、グリマスさんの友達なんだろ? 心配だったり、寂しく思わないんだべか?」


「戦時にも活躍可能な大型モンスターたちを、いつも混雑している王都で連れ回していては迷惑だろう。うん? お前の地元は、ここではないのか? さぞ広大な土地で育ったのだろうな。俺だって願わくば、心通わせた全てのモンスターたちと、広い大地を思いっきり突っ走ってみたいぞ」


「それじゃあ、いつかグレートレンさ来てくださいよ。野生のモンスターや牧場で管理してるモンスターが、歓迎しますよ」


 ゲイルはグリマスへの苦手意識が、少し減った気がした。恋愛面以外は、とりとめのない話でも、重要な話でも、ちゃんと喋ってくれる人だった。逆を言えば、意中の女性に対してだけ、あんな扱いをしているのだから、それは確実に相手を怒らせてしまうし、相手からも嫌われていると思いこまれてしまうのも、無理もない話だった。


 ゲイルは声を潜めた。


「グリマスさん、オラはまだバイトの実践初日ですけど、色恋に疎いオラでもわかります、今のままじゃ、彼女を振り向かせることはできないと思います」


「なんだと!?」


「だって、あなたは彼女の全てを否定してばかりで、傍から見ると彼女のことをものすごく毛嫌いしているかのようです。それどころか、彼女限定の差別主義者のようです」


「何を言うんだ。人の色恋に口を挟むんじゃない!」


「でもですよ、もうちっと口調と声の音量を、考えてしゃべってくれませんか。オラも耳が痛えですよ。せめて、その辺を歩いている人たちと、同じレベルまで行ってくだせえ」


 この際はっきり助言すると、グリマスが口を引き結んで、かなり苦悩していた。何をそんなに悩むことがあるのかと、ゲイルは正気を疑ってしまった。


「できない……俺の立場では、あの魔女と素直におしゃべりできないんだ」


「魔女って……では、もういっそ一言も彼女としゃべらなきゃええじゃないですか」


「それはできない。彼女が他の男性と喋っているのを見ると、焦って割り込みたくなってしまうんだ」


 しっかりと自分を客観視している上で、自分を抑える気がさらさらないグリマス。ゲイルは内心「何なんだ、こいつ」という疑問符でいっぱいになった。


 普段ならば、こんなにおかしな人間を相手するだけ時間の無駄だと、手っ取り早く距離を置くのだが、今は厄介なことに、お客様なのである。ゲイルはもっともっとグリマスを理解するために、話をし、またグリマスの価値観を把握するために手がかりを引き出さなければならない。なぜなら、お客様だからだ。初バイトのゲイルの評価にもつながるし、お給料にもつながる。マリンの店の為にもなるだろう、なぜなら副団長と、国王陛下直属の試験官というパワーカップルを誕生させれば、噂好きの王都のおばちゃんたちが勝手に宣伝してくれるからである。


「お前には、わからん」


 だんだんグリマスの口数が減ってきた。


「話しても信じないだろう。お前はまだ、彼女と俺との思い出話を語って聞かせるに値せん」


「思い出話ですか? それはー、ぜひ聞かせてください。あなたと彼女の縁結びの参考にしたいんです。正直なところ、オラはあなたという人間が全くわかりません。高い地位に昇りつめるだけの技術と人徳があるはずなのに、テイマーになるほどモンスターにも好かれる性格をしているのに、どうしてあの女性にだけ変な態度をとるんだ。どう考えても、普通じゃない。教えてくれないと、我々スタッフはあなたに協力することができねえです」


「助力など、端から頼んでいない……」


 目を逸らしているグリマスだったが、ゲイルの熱心な様子に、だんだんとほだされてきた。今まで、こんなにも意中の女性との仲を取り持とうとしてくれた人はいなかった。婚活を趣旨とする会社のスタッフだから、という理由が一番大きいのだろうが、それを抜きにしても、応援してくれる誠意ある言葉をかけてくれたのは、ゲイルが初めてだった。


 この不毛なる恋を応援してもらえたのは、本当に生まれて初めてのことだった。


「少し、静かにしてくれ。頭を整理したい」


「あ、はい、わかりました」


 ゲイルはグリマスから離れ、女性の方へ移動していった。女性はやたらとダンジョン内部の構造に詳しく、それ関連の話題で少し盛り上がった。


 グリマスはその間、じっくりと考えた。ゲイルにどんな話をして、何を伝えるかを、ゆっくり吟味した。


「考えがまとまったぞ、今話せるか、ゲイル」


「あ、はい、お待ちしてましたよ」


 ゲイルは急ぎ足でグリマスの横に並んだ。そして、互いにしか聞こえない声でヒソヒソと話し合う。


「俺がどうしても彼女に誠実に接することができないのは、彼女が悪だからだ」


「……服装のことを言ってるんですか? オラも正直なところ目の毒だとは思ってますけど、だからって魔女だの化け物だのはないでしょう」


「いや、俺は悪口など言っていないぞ。彼女は魔性であり、モンスターであり、得体の知れない化け物なのだ」


 さすがにゲイルのこめかみに青筋がビッキリと浮き出た。


「……グリマスさん、ええ加減にしてくだせえよ。店長に言って、あんたを出禁にしてもらいますよ」


 グリマスはゆっくりと首を横に振った。


「本当のことなんだ、ゲイル。彼女は人間じゃない」


「グリマスさん」


「俺は嘘は言わない。俺が彼女に懸想しているのは、五歳の頃からなんだ。彼女のあの艶やかな黒髪と、あの肌のハリとツヤ、出会った当初から何も変わっていない。さらに王都の役所の書庫には、彼女についての調査書がある。最近のものじゃない、何世紀も前のものだ。彼女ははるか昔、実技試験で使われていたこのダンジョンの中で、スヤスヤ眠っていたところを保護されたとあったんだ」


 ゲイルは、ギョッとして目を見開いた。変な所で奇妙な生態系をしたモンスターが、スヤスヤと寝ているところを人間に発見され、保護されて……どこかで聞いたことがある話だった。クレナイキャットのクレアが、グレートレンでそのようにして発見されたのだ。


(偶然か? グリマスさんが相変わらず、あの女の人を罵倒してるだけなのか? ……いや、何かが違う、グリマスさんは今まで怒涛のごとく女性にまくし立てていたが、今は、違う。何かをオラに伝えようとしてる気がする)


 自分の直感に、絶対の自信があるわけではなかったが、ゲイルは、この初めてのお客様である悩める青年グリマスと、根気強く向き合い続けることにした。今ここでグリマスの話を突っぱねたら、彼は一生誰にも心を開かず、女性にもつきまとい続けるような気がした。


「人通りの多い王都では、誰にも話すことができなかったが、こんなに人手の少ない場所でなら、問題ないと判断した。彼女は、王家の血筋を継ぐ人間と契約し、あらゆるモンスターたちを所持する権利を人間に与えた、モンスターの群れのボスなのだ」


「……」


「だから俺は、そのような得体の知れない存在を受け入れるわけにはいかない。なぜなら俺は、幼き頃より騎士団に入ることを義務付けられて育ち、今は副団長として、この国を守っている。いくら国王陛下の息がかかった女だからといって、とてつもなく得体の知れない怪しい女を、俺が手放しで受け入れるわけにはいかないのだ。きっと俺が彼女に利用され、国に取り返しのつかない損害を与えるだろう。彼女は狡猾だ。人間を翻弄して楽しむ節が否めない」


「ほんなら、なしてこんな所に来てるんですか?」


「……」


「ここは、恋愛を成就させるための場所です。恋愛に結びつく行為だったら、オラもスタッフとして味方しますし、どんなことだって、やってみる価値はあると思いますよ。王都では、あなたは優秀な副団長なんでしょう、でも今はこうして地下ダンジョンでおろおろしている、ただの不器用なお兄さんですよ。頼ってくだせえね」


「……頼るって、どうやる」


「えっとー……」


 ここにきて、ゲイルにも全く恋愛経験がないことがネックになってきた。そもそもゲイルがこの仕事にやりがいを感じ始めたのは、身内であるマリンを助けたいと思ったから。それに、ダンジョンを周って管理や手入れをするのが面白かったから。


 だけども、ただマニュアル通りに事を進めるだけでは駄目だったのだと、実践を通して身に刻まされた。お客さんの中には、恋愛どころか、対人関係に問題を抱えている人も出てくるのだ。グリマスのような極端な例も、これから現れるかもしれない。そんな彼らがここまで来るのは、一重に恋愛を成就させたいと願っているから。ゆくゆくは未来のパートナーと結ばれ、籍を入れる。ゲイルの仕事は、そんな彼らの人生の大きな第一歩を、自信を持って応援する役割。迷いまくって、生きたまま自らオーブンに入りそうになっている子羊たちを、アドバイスと言う形で導く役割も担っていたのである。


(えええええ!? オラ、なんてとこにバイトに来てんだべや! なーにが、ここなら頑張れそう、だよ! 過去の自分を引っ叩きてえわ! オラに一番不向きな職場じゃねえか! どうやって他人の色恋にアドバイスすればいいだよ! 自分にだって経験ないのに)


 ゲイルはようやく、自分が大きな気の迷いの渦にどぶりこんでいることに気がついたのだった。


 その後は、何をどうしたのかあんまり覚えていなかった。口を開けば口論になる男女の喧嘩を度々止めて、隠れていた他のスタッフにモンスターは出さないでくれとこっそり頼み、なんとか地下一階のダンジョンをぐるりと歩ききった。


「それでは、本日はここまでです。お付き合いいただいて、ありがとうございました。おかげで研修ばかりの新人バイトの自分にも、自信がつきました(嘘)。この経験を糧に、精進いたします。今日はお疲れ様でした」


 心にも思っていないリップサービスとともに、頭を深々と下げながら、一刻も早くこのダンジョンから出たがっていたのはゲイル本人なのであった。


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