第27話 探したのよ、ゲイル!
(あ~、あの初バイトの日が、まるで昨日のことのように思い出されるべよ……)
マリンとその他スタッフから頼まれて、だいぶん慣れてきた王都の道を歩き、注文書を片手に雑貨店を渡り歩く。
(この買い出しの仕事だけ、ずっとやってたいべ……。『自分には向いてねえってわかったから、この仕事を辞めたいです』だなんて、とてもマリンさんに言い出せねえだよ。ずっと二階を貸してくれてて、決して扱いやすいとは言えねえピンキードラゴンの世話まで焼いてくれて、それであっさりと『向いてないので辞めます』だなんて、そんな新人が牧場に来たら、オラがやらなくても誰かが張っ倒すべや)
マリンは五年間も予約でパンパンの仕事の合間を縫って、ゲイルに勉強の機会を与えてくれていた。ゲイルも、自分が知る数少ない身内の一人であるマリンの期待に応えたくて、半ばこの店の正社員と同じような気持ちになって、張り切って仕事に挑むつもりだった。
(どのお客さんたちも、バイトよりご利益あるマリンさんに出逢いの成就をお願いするから、オラが出動する機会は、きっとまだまだ先だ。それにしても、マリンさんはすごい人気だよなぁ。どうやったら、指名が入るほどカップルが作れるんだべか。マリンさん自身には、一度も恋人ができた経験がないって言ってたけど、きっと、お客さんたちの気持ちになっていろいろ考えるのが得意なんだろうなぁ)
辞めるに辞められず、でもこのまま無能な男がバイトで居座り続けてお給料だけもらってハイさよならは、どうしても抵抗があるゲイル。王都に来てから、苦悩してばかりだった。
「あー! 見つけた、ゲイル!」
元気いっぱいのその声に、ゲイルはギョッとして思わず振り向いてしまった。すべての試験を終えて、制服からお嬢様らしい春物のカジュアルワンピースを着ているエリンが、クレアと一緒に駆けてきた。
今現在、王都で注目の的となっているエリンは、周りの目など特に気にすることもなく、ゲイルに詰め寄ってきた。
「もう、探したのよ〜? 急にいなくなっちゃうんだから。誰かに何か言われたの? せっかくゲイルも一緒に受かりそうだったのに。私ばっかり人気者になっちゃって、寂しいわ」
「エリンちゃん……黙っていなくなって、悪かっただよ。エリンちゃんのことが嫌になったとか、そういうわけじゃねえんだ。ただ……その……」
「やっぱり、誰かに何か言われたのね。なんだかゲイルって、意外と繊細って感じするもの。全種類のジュースを食堂の宿で頼んでたりさ、そんなことしてる男の人、あなただけだったわ」
ジュースを全種類飲むと繊細なのかと、ゲイルは小首をかしげたくなったが我慢した。
「ゲイルは今、何してるの?」
ゲイルはぎくりとした。財布をスられて一文無しとなり、身内のツテで住み込みで旅費を稼いでいるだなんて、正直に話したら絶対に心配されるし、幻滅されるに決まってると焦った。
「うん……今後についていろいろ悩んじまってさ、もう少しだけ王都に残って、自分の頭の中を整理しようと思ったんだ。そんな時に、なんか面白え縁があってな、しばらく、そこの店で世話になろうと思ってるんだ」
「あそこのお店? でも、あそこって、確か……」
エリンがファンシーな建物を見上げた。喫茶店でも可愛いものが好きだった彼女だから、てっきりゲイルは、ここも気にいってくれるものだと思っていたのだが、なぜかエリンがむくれてしまった。
何が気に障ったのかとゲイルも同じ方向を見やると、店の大きな窓から、マリンがテーブルを布巾で拭いている横顔が見えた。今日もお客さんが来ていたらしい、相変わらず忙しそうだ。辞めるなんて、余計に言い出しづらくなってしまった。
「もう、働く場所が欲しかったら、私かパパに相談してくれたらよかったのに。私が人気者になったおかげで、パパは今大忙しなの。どうやって子育てしてきたのかって、取材班がひっきりなしにアポを取りたがってきて、秘書と執事がてんてこまいしてるのよ。人手ならいくらあっても足りないわ」
「ハハハ……エリンちゃんは、あんまり変わってないように見えるな。王都で人気者になっちまって、楽しいことも、大変なことも増えたろ?」
「んー、まあ、そこそこね。私はてっきり、すぐにでも王様からのお仕事をもらえるんだと思ってたんだけど、そういうのはまだしばらく無いみたいなの。張り切ってたのに、がっかりだわ。ゲイルもいなくなっちゃうし」
「オラがいなくても、友達さいっぺえいるだろ?」
「いるけども、今ちょっと気まずいことになっちゃってて。最初はたくさんお祝いしてくれてたんだけどね、毎日お祝いなんてしたくないじゃない? 別のことに話題が移った途端、急に私だけ、変に浮くようになっちゃったわ。まだ国家テイマーになって、十日くらいしか経ってないけど、もしかしたら私、友達の数がとても減っちゃうかもしれない……」
エリンが初めて悲しそうな顔を見せた。
「そりゃ私だって、ちょっとは覚悟してたのよ? 王様からのお仕事がたくさん入ってきたら、友達と過ごす時間が減っちゃうかもしれないって、不安に思わないわけじゃなかった。でも今は、王様から何の仕事も来ないし、友達とも距離ができそうになっちゃって、こういうのって、きっと無理に引き止めたり、相手の気持ちを無視して振り回したりしちゃいけないのよね。お互いが心地よくいられる距離感を、考えなきゃいけないわね……」
言葉では大人びたことを言っているけれど、エリンは寂しそうだった。友達が心の支えになっているところも、年相応にあったのだろうとゲイルは思う。
「エリンちゃん……オラはもう二度と黙って消えたりしないだよ。約束する。なにか、学校で相談できなかったり、モヤモヤすることがあったら、オラでよかったらいくらでも聞くよ。オラは歳離れてるし、成人してるし、男だけど、もしかしたらそれぐらい境遇が違う人間の方が、話しやすかったりするかもしれねえだ」
「いいの? 相談しても。男子って、女子の長々とした話を聞くのを、嫌がったりするんじゃないの? ゲイルにとって、何のプラスにもならない時間になるわよ?」
「そんな事はねーよ、悩める友達の相談に乗れた、それだけでオラにとってはプラスだよ」
エリンが青い大きな瞳をぱちくりさせ、ゲイルをじーっと見上げていた。それがあまりにも長い時間だったから、ゲイルはちょっと気まずくなって後退りした。
「オラの顔に、何かついてた?」
「ねぇ、ゲイルって彼女いるの? モテるでしょ」
「えー? いねえべよー。似たような質問、以前にもエリンちゃんからされたような気がするけどな」
「あれはね、結婚したいか、とか、子供が欲しいかって聞いただけよ。彼女がいるかどうかは聞いてないわ」
「そだっけか? まぁ、どっちにしろ、オラには今まで彼女らしい人はいなかったよ」
エリンが「へー!?」と、意外そうな声を上げた。
「なんでかしら。こんなにいい人なのに」
ゲイルは、苦笑しているしかなかった。伯爵の妾腹の男児、その特異な生い立ちが、ゲイルから様々な縁談を遠ざける原因になってしまっていた。将来的に、ゲイルの存在は世間からどう扱われるのか。伯爵にとって不都合だからと、冷遇される可能性だって、今後あるかもしれない。……他の貴族から疎まれて、ある日、毒殺されるかもしれない。……狭い田舎は、あらぬ噂を掻き立て、邪推し、信じる者も少なからず現れた。ゲイルがグレートレンの真冬を支える今の職業についていなければ、いつか辛い村八分に遭っていたかもしれなかった。
(エリンちゃんに話すことでもねえな。お店の店長さんだって、自分の身分を隠して商売してるし、俺のことも黙っててくれるって約束してくれたし、それをわざわざオラから台無しにする必要もねえだよ)
ふとゲイルは、エリンの格好がとてもおしゃれであることに今更気がついて、これからどこか出かけるのかと尋ねた。
「出かけるも何も、私ずっとあなたを探してたのよ」
「え? そいつは、すまなかったなぁ」
「本当にね。他の受験生さん達も心配してたわよ。あんなに試験官の人たちを怒らせちゃって、来年もう一度試験が受けられるか分かんないぞって言う人もいて、すごく心配してるわ。来年どうするの? もしもまた試験が受けたいって言うなら、私とパパが試験官の人たちに掛け合ってみるわ」
「ありがとう……でも、もういいんだ。多分、オラは国家テイマーには向いてないんだって思うから」
あれこれと心配してくれたエリンの心情を思うと、彼女の厚意をことごとく断っている自分が、嫌になってくるゲイルだった。
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