第28話 ねえ、マリンさんって、誰?
「それにしても、可愛いお店ね~。なんだかゲイルがこんなところにいるの、不思議な感じがするわ。意外と可愛いものが好きなの?」
「いやー、特にそういうわけじゃねえんだけど。やっぱり、オラみたいなのがここにいるのは変だよな。縁があって、ここで拾ってもらったんだけど、あんまり表玄関の周りをうろうろしないほうがいいかな」
「ふふふ、意外性があっていいんじゃないかしら。かえって注目を浴びて、宣伝になりそうよ。私の学校は、しばらくお休みなの。大きな試験の後は、何日かお休みをもらえるのよね。みんなぐっすり休んでるか、遊びに行ってるかのどちらかよ。私は……さっきも言ったみたいに、なんだか友達と距離ができちゃったから、クレアと一緒に気晴らしも兼ねて、あなたの背中を探してた」
「これからは、いつでも相談にのるよ。オラは、しばらくはこの店にいるからね」
「しばらくって、具体的には何日くらい?」
ゲイルが故郷に帰るための、お金がたまるまでの間だから、正確なことはゲイルにもわからない。
「うーん……いつになるかわかんねえけど、でも、いずれはグレートレンさ帰っちまうんだよな。あ、でも、王都にも手紙を配達してくれるモンスターがいるじゃねえか。大きな鳥型のモンスターの。うちの地元にも、それと同じ種族のモンスターがいるんだ。手紙でよかったら、気晴らしに何か送るよ。牧場のパンフレットとかな」
「いいわね、それ。とっても素敵!」
エリンがようやく、いつもの笑顔になった。
「よかった、私、あなたが故郷に帰っちゃったら、あなたとも縁が遠くなっちゃうのかなって、そんな気がしてたから。ほんと言うとね、あなたがどうして最終試験を受けなかったのかなって、まだすごく疑問なの。疑問すぎて、気持ち悪くなってる。どうしても言えないなら聞かないけど、いつか教えて欲しいわね」
「あわわ、えっとー……」
ゲイルは必死に頭をひねって考えた。自分が想像していたよりも、ずっとずっと、エリンを深く傷つけていたようだった。何がお詫びになるだろうかと、普段使わない頭の部分を、フル稼働させて考え抜いた。
「そうだ、オラはエリンちゃんと、こんな約束をしてたよな、エリンちゃんが試験に合格したら、オラが国家テイマーを目指してた理由を、教えるって約束」
「覚えててくれてたの? でも、無理に話させちゃうんだったら、教えてくれなくても全然いいわ」
「無理なもんか。ぜひ、エリンちゃんに聞いてほしいだよ。そうだ、このお店、マリンさんがすごくおいしいお菓子を作ってるんだ。お客さん用に出す茶菓子なんだけど、優しい人だから、エリンちゃんの合格祝いにもお菓子をご馳走してくれるよ」
お菓子と聞いて、エリンが目を輝かせていた。
ずっと傍でおとなしく控えていたクレアが、ジト目でゲイルを見上げている。
「あー、クレアちゃんが好きそうなお菓子もあるだよ」
それを聞いて、クレアがふーんと鼻の穴を膨らませた。
(二人とも、食べること大好きなんだなぁ。一緒にいると、似るのかな? それとも、もともと二人とも食いしん坊なんだべか)
ゲイルはなんだか、面白かった。彼女たちからは、いつも笑顔と元気をもらってしまう。もらってばかりのくせに、悲しませてしまっていたこともあり、もしもお菓子代を店長から請求されたら、無論自分が全額払うつもりでいた。
「まあ、あなたがあの有名なエリンさん? はじめまして、この店の店長をしているマリン・エーゲルンです。このたびはとても難しい試験に合格されたそうで、おめでとうございます」
マリンは試験について、あまり詳しく知らないようだった。エリンのことも、いきなり有名になった女の子、その程度しか把握していないようだ。それもそのはず、ゲイルたちが試験を受けに行っている一方で、マリンの店はテイマーのスタッフが退職してしまい、大変だったのだから。
ゲイルにはてっきり、エリンは誰にでも満面の愛嬌を振りまく、元気な娘だと思っていたのだが……なんだかあまり機嫌がよろしくなさそうだった。いつもの半分の声量で、「こんにちは」とだけ挨拶。ゲイルはまだエリンと深い付き合いはしてないけれど、さすがに様子がおかしいと思った。
普段のエリンを知らないマリンは、ちょっと恥ずかしがり屋の女の子程度にしか思わなかったのだろう。二人を歓迎し、ゲイルが何も頼まなくても、お茶とお茶菓子の用意をし始めた。
ゲイルはエリンと一緒に、あの奇妙な椅子とテーブルとともにマリンの支度が終わるのを待っていた。
「あの女の人が、ゲイルのお店の店長さんなのね。どっちから先に声をかけたの?」
「どっちって? えーと、ここのお店が人手不足で、看板にチラシを貼って働き手を募ってたんだ。で、オラがそれを見て、このお店を尋ねに行ったんだべよ。だから、声をかけたのはオラからだな」
「その時のマリンさん、どんな反応してた?」
「すごく喜んでくれただ。この店はすごく人気でな、マリンさんも商売を軌道に乗せたいから休みたくなくて、でも、肝心のテイマー不足でな。それでオラが、書類選考も何もかもすっ飛ばして雇ってもらったんだ。まだバイトだけどな」
エリンの顔から、いつもの笑顔が消えている。どうしたんだろうかと、ゲイルは心配になった。可愛い雰囲気のお店で、おいしいお菓子においしいお茶に、傍らのクレアも満足して食べていると言うのに、なんでかエリンの口がまっすぐに引き結ばれている。
(どうしたんだべ? 楽しくお菓子を食べてたら、友達とうまくいかなくなったことを思い出しちゃったんだべかな)
エリンがまだ子供であることを、失念していたゲイルだった。周りの空気や厚意に合わせて、ずっとニコニコさせていたのかもしれないと慌てた。
マリンに、ティーポットのお茶が空になったから、おかわりをお願いしたいと言って、席を立ってもらった。
「エリンちゃん、もしかして疲れちゃった? 急に人気者になって、いろいろ大変なことも起きたしな、気乗りがしなかったら、遠慮せず、いつでも言ってくれよ。オラ、言われねえとわかんねえからさ」
「違うわ、お菓子はおいしいし、お茶はおいしいし、お店もかわいいし、ここはほんとに素敵。お店のポリシーも、すごくかっこいいわ。ゲイルにとても合ってると思う」
「ありがとな」
「マリンさんも、とってもかわいいわね。ぽわ〜っとしてて、一緒にいると和んじゃう」
言葉ではそう言うエリンだったが、表情がなかった。まるで、おいしくない料理を食べたけど声にも顔にも出したくない人みたいになっている。
(お菓子、美味しくなかったのかなあ。オラが美味いと感じるものと、エリンちゃんが美味しいって思うもの、違うのかなあ)
エリンの気晴らしのために、良かれと思って誘ったのだが、失敗だったかなぁとへこむゲイルに、無表情なエリンが振り向いた。
「ねぇゲイル、私もゲイルがバイトしてるところ、見てみたい」
「え? んだども、オラまだ研修中だべよ。まだ段取りが悪くってさ、エリンちゃんもストレスが溜まるだけかもしれねえべ」
「そんなことないわ。バタバタしてるあなた、見てみたいもの。きっと可愛いわ」
女の子から可愛いだなんて、ゲイルは生まれて初めて言われた。なかなか複雑な気分になる言葉だった。
(可愛いかな〜? でけえ男が、短いセリフも言えずに、何度も言い間違えているのは、多分見ててイライラするんじゃないかな? ハハハ……)
ちょっと気恥ずかしいゲイルだったが、エリンにとってはこれ以上ないくらい良い気晴らしになるかもしれないと思った。
(そうだ、何もオラがダンジョンを先導することはねえな。マリンさんがお客さんを連れて仕事してる、そのときにエリンちゃんも連れてってもらって、見学してもらったほうが、段取りもいいし、お客さんだってスーパースターなエリンちゃんが来てくれてテンション上がるだろうし、お店の宣伝にもなるしで、誰も損しないだよ)
やってみる価値がある気がしてきた。
「よし、マリンさんに相談して、都合のつく日を作ってもらおう。このお店は大人気で、予約が五年も先まで埋まってるそうだけど、きっと合格記念にマリンさんが都合つけてくれるだよ。スーパースターのエリンちゃんが来てくれたってだけで、お店の宣伝にもなるしな」
「ゲイルってば、もうすっかりここの店員さんね」
新しく淹れられたお茶の香りが、バックヤード奥のキッチンから漂ってくる。まもなくして、マリンさんがお茶を並々と入れたティーポットを持って、二人の元へ戻ってくるだろう。
エリンが元気になって、友達とも上手くやれる日々が送れたらいいなぁと、願うゲイルなのだった。
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