第15話 悪夢の実技試験③
例のモンスターが入っていると言う木箱が、係の人総出で運び込まれた。こんなに大きな台車は見たことがなかった。木箱は何頭もの馬を入れているかのような規模だった。
(……耳をすませても、鳴き声や木箱をひっかく爪の音が、ちっとも聞こえねえな。寝てるんだべか?)
受験生みんなで力を合わせて、大きな木箱を真上に持ち上げた。すると現れたのは、皆で身を寄せあって怯えきっているピンキードラゴンたちだった。
(ええ!? なんだべか、この子たちは。ぷるぷる震えてるじゃねーか。暗闇が怖かったのか、それとも外から聞こえる音の正体がわからなくて、閉じ込められていたから確かめることもできなくて、みんなで集まって固まってたのか……)
ゲイルは辺りを見回した。広い広い試験会場には、他にモンスターが見当たらない。では、先程の騎士団長が説明していた、恐ろしく不可能に近い試験内容を実践するための、相棒となるモンスターは、この怯えきって震えているピンキードラゴンたちだと言うのか。
「では、始め!」
一歩も踏み出せないゲイルの横から、大はしゃぎでエリンが駆け寄って行く。その勢いに、若干の嫌悪感を抱いたゲイルだったが、すぐにエリンが「いけそうな子」を選びに行っただけなんだとわかった。何も疑問を抱かずに、出された指示を颯爽とこなしに行くエリン。初めから何も疑ってかからない気質に、若さと純粋さを感じた。
(こんなの、見過ごしていいものなんだべか……?)
おろおろと他の受験生もエリンに続く。だが、臆病なピンキードラゴンは互いを守るように団子状になって動かず、餌付け用の食材もなく、団子状になっているせいで適格な場所にツボ押しやマッサージもできず、もうどうにもできない状況だった。
エリンを除いて。
か弱い仲間を守ろうとがんばるリーダー気質のピンキードラゴンを、エリンは見抜いた。それが一番元気で体が丈夫く、そして周囲の物音を一番気にしているのを逆手に取ったエリンは、目の前まで来て目の回りの筋肉を豪快にほぐしてやりながら、エリンしか見えないように視界を占めた。
「私を信じて。何も怖いことはないわ。あなたならできる、そして、あなたにしかできない。私しか見ないで。私の声だけに集中して。他に見るものなんて何もないわ。あなたは私だけ見ていればいいのよ」
目の回りには、鱗が生えていなかった。薄いまぶたが涙たっぷりにまばたきし、エリンの顔をじっと見つめている。
やがて、ぬらりと立ち上がった。
「すごいわ! あなたはすごい!」
エリンが花のような笑みで応援し続ける。言葉はわからなくとも、声の雰囲気、仕草、作り出す空気感、それら全てをピンキードラゴンに合わせて激励する。
のたのたと、おぼつかない足取りでリーダー気質のドラゴンが歩いてゆく。エリンが道案内するように前を歩き、ドラゴンの足が止まりそうになるたびに、声で、笑顔で、雰囲気で、優しく励まし、導いてゆく。
火の輪が近くなってきた。足が、すくむピンキードラゴン。
エリンは火の輪の、向かい側に走っていった。そして、火の輪の中にエリンがいるように立ち位置を調整した。
「こっちよー! がんばって私に会いに来てー! たっくさんよしよししてあげるわー!」
大手を振って、応援、応援! よしよしできることを、本当に楽しみにしているのが伝わってくる。うっかり火の輪をくぐりかねない男性が現れそうだった。
ぶるぶると震えているピンキードラゴン、キッと目尻を吊り上げると、後ろ足でタシタシと床を蹴って、ドタドタと助走を付けて、火の輪を、否、エリンめがけて、飛んだ!
まるで乗馬の競技を眺めているかのようだった。
怖がりなドラゴンは、自身に一切の火の粉がかからぬように翼を閉じて、足の力だけでツルリと輪をくぐった。通り過ぎる際、怖かったのか目をギュッと閉じていたのをゲイルは目撃してしまう。
着地する直前に、翼を広げて浮遊力を付けて、細い足にかかる大きな衝撃を緩和した。エリンがすかさず駆け寄って、大きな頭に飛び乗るようにして抱きついた。
「すごいわー! やったじゃない! あなたすごいわ! すっごく勇気ある! 本当に特別な子よ! あなたはなんでもできるんだわー!」
エリンの明るい大きな声と笑顔に、目を開いたドラゴンはびっくり眼で、エリンを凝視。火の輪を振り向き、またエリンを凝視し、
「ギョエエエアアアア!!!」
喜びの雄叫びを上げてエリンと一緒に喜んだ。足をドタドタと踊らせて、土煙が上がった。
(す、すげえ……エリンちゃんが、あのピンキードラゴンを、飛ばせた……)
ゲイル含め、皆が魅入っていた。
「合格! 素晴らしいぞ、エリン・アンバー!!」
騎士団長から急な大声で合否を告げられて、はしゃいでいたドラゴンがびっくりして振り向いたが、すぐさまエリンがなだめた。
「大丈夫よ、あの人はあなたが元気なのが、すっごく嬉しいんですって!」
「ギャギャッ!? ギイヤアア!」
「よかったわねー! ばんっざーい!!」
「ギャアアア!!」
両手を上げて全身でぴょんぴょん飛んでみせるエリンに、ドラゴンも釣られてぴょんぴょん! まだ火の輪がパチパチと音を立てているのに、こんなに楽しそうにしているピンキードラゴンを見るなんて、ゲイルは信じられない気持ちだった。
(エリンちゃん、天才だべや……)
他の受験生たちと一緒に、ゲイルは茫然自失で立ちすくんでいた。そこへ騎士団長が、甲冑を鳴らして近づいてきた。
「先ほどから一向に立ち位置が変わっていないぞ。やる気がないなら、帰るがいい」
銀色の籠手に覆われた右手が、ゲイルの鳩尾に食い込んだ。祖母の手作りの革の鎧で、衝撃は幾分か抑えられたものの、ゲイルが猫背になるほど威力があった。
さらに銀色の右手は、ゲイルの胸ぐらを掴んで引き寄せた。互いにしか聞こえない声で、騎士団長が耳打ちする。
「それとも、何か我々に直接言いたいことでもあるのか? ゲイル・エーゲルン。辺境の地で生まれた妾腹の子よ」
ゲイルの眉間に深い皺が寄った。
「オラの母ちゃんは、そんなんじゃねー。ちゃんと伯爵様と仲良しだった。墓参りだって、毎月伯爵様から綺麗な花っこさたくさん飾ってもらってる!」
「フン、親子揃って哀れだな」
言いたいことだけ言って離れていこうとする騎士団長の、首元の甲冑の隙間に指を入れて、思いっきり引き戻した。
「あんた、あの若い娘っこさ軍人に仕立てる気か」
「未来ある若者がどのように育とうと、お前に関係ないだろう。もしかしたら、あの貴重な人材は、我が国初の女騎士団長になるかもしれないなぁ」
モンスターが純粋に大好きなエリンが、騙されて軍人に――
ゲイルの中で、何かが弾け飛んでしまった。ドロドロとした赤黒い怒りが、胸をぐるぐると渦巻く。
「この野郎――」
「ゲイルー? どうしたの?」
すっかり初対面のピンキードラゴンと仲良くなっているエリンが、その背中に乗せてもらいながらゲイルと騎士団長に近づいてきた。
今にも殴り合いを始めそうだった男二人が、ぶっきらぼうに互いを突き飛ばす。
ただならぬその様子に、エリンが形の良い金色の眉をひそめた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「……なんでもねえよ。オラ、この実技試験を棄権する」
「ええ!? なんでぇ? 全然なんでも良くないじゃない。ねえ何があったの?」
言えない。家の為、家族の為、ここまで一所懸命に頑張ってきたエリンの姿を知っているから。緊張して眠れないからと、ベッドに潜り込んで隣りで安らかな寝息を立てていた彼女のあどけなさを知っているから。
だから……言えない。
彼女が目指すものと、周りが彼女に期待するものが、全く違うのだと、言えない。
悔しくて、辛かった。エリンがあんな奴らに利用されるのが嫌だった。だけど、手をとって無理矢理エリンを舞台から引きずり下ろすなんてこと、ゲイルにはとてもできない。
怒りと悔しさで体が震えた。せめて声には出ないように、怖い顔にもならないように、体に力を込めて笑顔を作った。
「エリンちゃん、しっかり頑張れよ。あんたがどんな道を選ぼうと、オラは遠くで、応援してる」
「遠くって、どこ? ゲイルも私と一緒に、同じところに行くのよ?」
戸惑いとショックで揺れる、大きな青い瞳が直視できず、静かに背を向けた。そしてどんなに背中に声がかかろうと、振り向かずに会場を去っていったのだった。
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