第14話   悪夢の実技試験②

 ゲイルに選ばれた相棒は、大張り切りで大空へ飛び立ち、なんとゲイルを乗せたまま空中でホバリングしてみせた。


 最後の受験生も相棒の背中に乗って空へと続き、それを確認した試験官の二人も、選ばれず残ったピンキードラゴンの背に各々飛び乗り、ゲイルたちの待つ大空へと合流した。


「よし、初歩的な試験は全員が合格だ。では我らに続いて、試験会場へ向かおう。絶対に我々を追い抜かしてはならないぞ。受験番号が若い順に、一列に並んで隊列を組め!」


 ええ!? とゲイルは驚いた。他人の受験番号なんて覚えていない。とりあえずエリンよりは後ろだということしか、わからない。


 ゲイルと同じく、「なぁみんなー、受験番号を教えてくれよ。俺覚えてないよー!」と半ばパニックになりながら訴える者が出てきた。


 するとエリンが、


「あなたはエイトさんね、896番だからヒースさんの後ろね。ゲイルは私のすぐ後ろよ。ヒースさんはゲイルの後ろで、あ、一番後ろはデイライトさんよ。メイさんはデイライトさんの前で、エイトさんの後ろ。あとは――」


 てきぱきと彼らを仕切り始めた。何の嫌味もなく、まるで親しい友人にアドバイスするように。


 他に頼るべき者もいない。ゲイルたちは、いそいそとエリンの指示に従った。隊列を組めとの指示だったが、メイとデイライトと呼ばれた二人の受験生が、明後日の方向へ飛んでいってしまい、しばらく待ったが戻ってこないので、試験官のうち歳を取っている方が迎えに行き、


「メイ、デイライト、失格! 今すぐ地上に降りて待機しなさい。係の者が駆けつける」


 無情にも不合格判定を下した。


(ああ、明日は我が身、いや今日かもしれねえだ。一列に並ばせたことなんて、一度もねえべよ。安全に飛んでくれさえすれば、後はドラゴンたちに任せて飛ばしてたんだから〜)


 ゲイルは、前を行くエリンの紺色の制服の後ろ姿を指差して、相棒のピンキードラゴンに彼女の背中を追うように指示した。あまり複雑な命令だと、ピンキードラゴンが理解できないから。順番を守って、とか、隊列を乱さないで、といった指示よりも、ただ彼女の背中だけを追いかけて~のほうが、大変シンプルでわかりやすい。


 エリンも似たような指示の出し方をして、彼女の相棒は手前のテイマーの背中を追いかけて飛行した。受験生の隊列は、若い試験官の銀色の甲冑に包まれた背中を、執念深く追いかけた。若い試験官は途中無意味な迂回をし、回りきれなかったヒースが落選した。


 続いてエイトが、若い試験官の無意味な迂回について抗議し、ヒースが可哀想だ不合格判定を撤回しろと言って聞かなくなったため、彼も不合格判定となった。


「我々が求めている人材に、上官にいちいち逆らう者は不要だ!」


 ばっさりと一刀両断、言い切った。その様子に、ゲイルは不覚にも怯えてしまった。彼らが求めているのは、従順な軍人だ。自分とエリンが今のところ適応できているのが怖かった。


(エリンちゃん、このままじゃ君は軍人になっちまうかもしれねぇよ。君はパパと自分のために頑張っているはずなのに、こんな形で軍に入れられて、本望かい? それとも最初からこうなることがわかっていて、最初から軍人になることを目指していて、それでオラにも、一緒に受かろうねって笑いかけてくれたんだべか? もっと君とじっくり話し合いたい。今こんなにも君のことを知りたいと思った事はねえよ……)


 まだまだ受験生は残っている。だけどゲイルには、彼らに負けたくないという気持ちが、もう微塵も残っていなかった。怖いのだ。ゲイル自身が選んで頑張ってきた道の先に、思わぬゴールが設定されているのが……たまらなく怖かった。ゲイルは軍人になりに、試験を受けに来たわけでは無いのだから。


 老齢の試験官が先頭に戻ってきた。


「では、残った者たちだけで会場へ急ぐぞ! 余計な時間がかかった。スピードを上げていくから、追いつけない者は不合格とみなす!」


 もうめちゃくちゃだと、ゲイルは眉間を押さえた。



 途中五名がピンキードラゴンを最後まで従順にできず、急に下降されたりと、隊列から置いていかれてしまった。大きく距離が開いた者を、試験会場に到着した試験官たちは容赦なく切り落とした。


 順番に、指示された場所へとゲイルたちも着地していく。背の高い建物の屋上はとても広くて、ゲイルの地域で催される大運動会ならば、この場所でもできそうなほどだ。


「ん? ねえゲイル、何か来たわよ」


 油を含ませた白い布を絡ませて作った巨大な輪っかが、車輪付きの台座に載せられてガラガラと運ばれてきた。係の者が火をつけたのを見たときは、皆、呆然となっていた。


(いったい、なにがなんだか……オラもうわかんねえよ)


 メラメラと燃える物騒な代物に、いったい何が始まるんだとゲンナリした。今日の試験官だって、おかしい。筆記試験の時は普通の格好の人たちだったのに、なぜ今日に限って、こんなに武装しているのだろうか。


 そもそも、ゲイルは鎧に身を包んだ戦士を、今まで一度も見たことがなかった。異様な殺気が漂う試験官二人にゲイルが呆然としていると、隣りにいるエリンがこっそり耳打ちしてきた。


「兜被ってるあの若い人は、この国の騎士団長よ。パパの友達なの。この国には陸軍や海軍の他に、昔ながらのテイマー騎士団が残ってるの。リーダーの騎士団長と、副団長と、あとはみんな騎士よ。国家テイマーは数が少ないから、細かい階級決めなんてほとんど無意味だし、それにみんな得意なモンスターも違うから、軍に比べるとめっちゃくちゃ大雑把な組織なの」


「へえ……そんな状況でも、王様に仕えてるんだから、すごいべな」


「騎士団長のお隣にいるのは、去年引退した元騎士団長のお爺ちゃん。その立場にふさわしい正式な呼び名がないから、みんなから勝手に元帥なんて呼ばれてるわ。引退ギリギリまで、お弟子さんの武術の稽古と、テイマーの育成に付き合っていたそうよ。この国の生きるレジェンドね」


 険しい顔の騎士団長と、その隣の元帥。歴戦を勝ち抜いてきた傷だらけの鎧は、元帥の思い出の品として普段から身に付けているとの噂があるそうだが、その辺の詳しい事はエリンにもわからないらしい。


(オラは古くてダメージだらけの鎧よりも、よく整備された新品の、頑丈な鎧がいいだよ……)


 緊張のあまり、つい別のことを考え始める。


 メラメラと燃える巨大な輪っかを尻目に、若い騎士団長が、疲れたため息を漏らした。


「まったく……本当だったら副団長のグリマスが来るはずだったのだが、あいつは、その……。引退して家で養生している元帥を、急遽朝から呼び付ける形になってしまい、本当に申し訳ありません」


 深々とお辞儀して謝罪する騎士団長に、全く気にしてる様子の無い元帥の老人。


「うむ、グリマスは剣の腕も良く、テイマーとしての素質も未知数なのだが、どういうわけだか女にうつつを抜かしておる。それも、よりによって国王陛下の息のかかった女だ。まったく、何を考えているのやら……」


 ため息をつくタイミングが同じだった。この騎士団長も元帥のお弟子さんなのかもしれないと、ゲイルは勝手に想像してみる。


 騎士団長が、気を取り直してゲイルたちに向き合った。


「これより、今回の実技試験についての説明をいたす。一度しか言わぬから、よーく聞くように」


 現役団長が説明し始めた内容は、端的かつブッ飛んでいた。まず指定されたモンスターが木箱の中にいるので、出して懐かせる。そしてごうごうと燃えさかる火の輪をくぐらせる。以上である。


 にわかに受験者たちが、ざわめいた。


「会ったばかりのモンスターを懐かせるのも大変なのに、火の輪っかを……?」


「会った瞬間に意気投合なんて、よっぽど相性が良くなきゃ無理だろ」


「初対面の人間の指示で火の輪をくぐってくれるモンスターが、どこにいるんだよー。絶対無理じゃんかよー!」


 よく訓練されて信頼関係も築いた、勇敢な個体ならともかく、初対面とは……ゲイルも自信がなくて焦った。


(うわ〜、さっすが十人程度しか合格しない試験だ。ほぼ不可能の無茶ぶりじゃねえか〜。故郷のみんな、応援してくれてたのに、ごめんなぁ……)


 こんなの受かる方が奇跡だと、ゲイルは大空を仰いだ。


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