第13話 悪夢の実技試験①
「おはよう、ゲイル! あら、どこ行くの?」
今朝も迎えに来たエリンは、廊下を浮かない顔で歩いているゲイルを発見して、駆け寄ってきた。
「おはよう、エリンちゃん。食堂って、もう開いてるかな。お腹空いちゃって」
「あらら、それじゃ今から行きましょ。私も今日は好きな物を食べて、テンション上げて挑むわ!」
エリンは活き活きとしていた。最終試験まで進めて、興奮して頬が上気して見える。
「やるわよー!」
「ハハハ……」
「ゲイルも一緒に受かりましょうね。私だけじゃ寂しいもの」
「うん」
「学園で受かったのが私だけっていうのも、なんだか変な話よね。最後の大問を丸ごと落としちゃってたのに、これって奇跡よね〜。あ、ゲイルは全部解けたんだっけ?」
「ああ、うん、まあ……」
歯切れ悪く、どこか元気がない様子のゲイルに、一人張り切っていたエリンも、はたと止まった。
「昨日の今日で、疲れちゃってるわよね。実技試験まで時間があるから、ゆっくり過ごしましょ」
年下の少女に気遣われてしまい、ゲイルは少し慌てた。元気がないわけでは無いのだと説明しながら、二人で食堂へ向かうと、驚くほど静かだった。
「誰もいねえ」
「私とゲイルだけが受かったんだもの。他の子は寝てるんじゃないかしら」
「ああ……」
若者は眠い。朝はとにかく眠い。早朝の食堂ががらんとなってしまうのも、仕方のないことだと考えていると、食堂の中央から、ラフな格好をした少女たちがわらわらと現れた。
「おはよう、エリーン!」
「わあ! びっくりした、どうしたの?」
「みんなで応援したくて、早起きしたんだよ。エリン、試験頑張ってね」
「応援してるね!」
「エリンならできる! ファイトー!」
応援してくれる友達に囲まれて、エリンが大変喜んでいた。
(良い友達だなぁ。オラだったら同級生の応援に、早起きできたかなぁ。子供の頃は、ねぼすけだったからなぁ)
とりあえず自分だけ適当な席に座っていると、なぜか少女たちがゲイルの様子にニヤニヤしていた。
「……おはようさんですー」
「おじさん、エリンはがんばり屋さんで、私たちの大事な友達なの。だから、うんと優しくしてあげてよね」
「あ、はい、オラもいつもお世話になっております」
大きな体を丸めて、深々とお辞儀するゲイルの様子に、少女たちから「合格!」と謎の評価をもらった。
(なんか、合格したべ……まぁええか、不合格よりは)
そこへ、赤いバンダナを頭に巻いた女性が、クレアを連れて食堂に入ってきた。
「エリンちゃん、おはよう。クレアちゃんがお見送りしたいって」
「まあ! 早起きが苦手なはずのクレアが。ありがと~、クレア。あなたにお見送りしてもらうと、私も元気出るわ〜」
早歩きでエリンのそばまで歩いてきたクレアを、エリンもしゃがんで抱きしめた。背中のふわふわ赤毛をわしゃわしゃと撫で擦る。
「ねえゲイル、この人はクレアを預かってくれるテイマーさんなの。私の手があかない時は、こうして預かってくれてるのよ」
女性テイマーを紹介されて、座っていたゲイルも慌てて立ち上がって挨拶をした。
「ゲイルさんでしたっけ? あなたの話、エリンちゃんから聞いてますよ。クレアちゃんの新しいお友達だそうですね」
「あ、はは、クレアちゃんにそう思ってもらえてるんなら、すごく嬉しいです」
照れ笑いしながら、後頭部を掻く。ここに来てからというもの、ゲイルはプチ有名人になっていたのだった。
朝がどんなに早くても、様々な支度をこなさなければならない王都の人間たちは、てきぱきと働いている。ゲイルの仕事も朝が早いが、まるで歯車のごとく動き回る王都の人間の、黙々としているが鬼気迫る雰囲気に「これが都会か……」と唸った。
「不思議。こんなに人がいるのに、試験会場へ向かって歩いているのは、私とゲイルだけだわ」
制服のスカートを揺らしながら、隣りを歩いているエリン。言われてみればと、ゲイルも辺りを見回していた。実技試験の会場は、筆記試験の会場の奥にあるという。
「ん? エリンちゃん、オラたちの後ろから、一昨日の会場にいた人たちが何人か歩いてるだよ。多分あの人たちも、実技試験さ受けに来たんだ」
一昨日の試験内容で、メンタルをやられていた二人組もいた。若い青年達で、今日の試験にも思うことがあるのか深刻な顔で何かを話し合っている。
エリンも振り向いて、そしてすぐにゲイルに耳打ちした。
「ねえ、うちの宿に初めてあなたが来たときに、すごい格好してた女の人がいたのを覚えてる? あの人も歩いてるわ」
「ええ? 確か、試験官さんなんだよな。今日の実技の審査に来たのかもな」
ゲイルがこっそり振り向いてみると、確かに早朝の日差しの下を、黒い革の防具一丁で歩いている黒髪の女性がいた。昼間に初めて見た時は、不気味な女性に思えたけれど、眩い朝の日差しの下で颯爽と歩く彼女は、風に揺らす艶やかな黒髪と、妖艶な雰囲気も相まって、どこか神秘的に見えた。爽やかな中に、妖艶さが際立つ、しかし不思議とその違和が似合っているのが、あの女性の不思議なところだった。
意図せずぞろぞろと、会場へ進んでいくゲイル達。後ろを歩く女性の雰囲気も相まって、ゲイルはますます、今日の試験がどんなものなのか予想できなくなっていた。
オレンジ色の石畳は、変わらず受験生たちを受け入れ、会場へと導いた。このまま、奥まった大きな試験会場へと向かうものだと思っていたゲイルは、オレンジ色の道中に、銀色の甲冑に身を包んだ若者と老人の二人組が、通路を塞ぐようにして立っている姿に、思わず足が止まった。
(なんだべ、あの人たちは。腰に差してるのは、剣か? お爺ちゃんが背負ってるのは、ボーガンか?)
甲冑をまとった二人組の周りに、同じような甲冑をまとったピンキードラゴンが十数匹ほど、オレンジの道に降り立った。ゲイルはぎょっとし、エリンはその統率の取れた動きに感動していた。
「なになに!? なぁにこれ?」
「諸君には今から、これに乗って実技試験会場の屋上まで来てもらう! さあ好きなのを選んで、背に乗って待機したまえ。俺が先頭を飛び、諸君らはそれに続くのだ!」
若い甲冑の男性が、ゲイルたちに声を張り上げる。そんなことあるのかと、ゲイルは十頭以上いるピンキードラゴンたちを見回した。
(そんな、初対面のピンキードラゴンに、でかいオラが乗ったら、いろいろ危ないべ。振り落とされるか、そもそも飛べないか。それ以前に、繊細で恐がりなモンスターなのに、魚臭え人間がいきなり背中に乗ったら絶対にパニックになるだろ。どうするべ、この状況)
ゲイルはひきつり笑いをなんとか隠して、甲冑の若い男性の方に意見してみることにした。
「あ、あの、ほんとにこの子たちに乗って移動するんですか?」
「乗りこなせないなら、失格だ」
試験は既に始まっているらしい。なんて厳しいんだと苦悩するゲイルの横から、エリンがワクワクしながら踊り出る。
「ゲイルも早く選びましょう。私たちと相性の良い子が、取られちゃうわよー」
「えー……?」
「私はねぇ、えーっと、この子にするわ。よろしくね」
エリンがピンキードラゴンの太い首に両手をのばし、目の周りの柔らかい皮膚をマッサージしながら撫でてやる。すると、キュルキュルと喉を鳴らしながらエリンの方を振り向いた。エリンは目が合うとにっこり笑い、視線を外してしばらく首元を強く押してマッサージし続けた。これがピンキードラゴンと仲良くなる方法。完璧だ、とゲイルは内心で評価した。
(乗りたいモンスターを選べるのは、完全に早い者勝ちか……そもそも、オラが乗ってこの子たち耐えられるんだろうか? ピンキードラゴンは、翼に神経がいっぱい走ってて、とても繊細なんだ。背中に人間を乗せていたら、どうしても翼を動かしにくくなる。それが嫌でテイマーを振るい落とすことがあるんだべよ)
とても昔に、機嫌の良さそうな個体を見かけたので、ゲイルは背中に飛び乗ったことがある。子供の頃の話だ。そして見事に振り落とされてしまい、全治一週間のけがを負った。たかが一週間と人は言うけれど、子供の頃の、人生初の大きな怪我で、しかも一週間も外で遊べなかった経験は、ゲイルに十分なトラウマを植え付けてしまっていた。
さっきまで後ろを歩いていた受験生たちが、次々と前に出てきた。ゲイルもぼーっとしていたら、あまり相性に恵まれないモンスターを、選ばざるを得ない立場になってしまう。慌てて相棒を選びだした。
ゲイルが選んだのは、ちょうど真ん中あたりにシャキッとした様子で、胸を張って立っていたピンキードラゴン。体幹がしっかりしており、大きなゲイルを乗せても安定して飛んでくれそうに見えた。
(ん? 鎧の下からはみ出すくらい、でかいカサブタ付きの傷があるど……どうしたんだ、コレ。転んですり剥いた感じじゃねえど。何かと戦ったんだべか? あの臆病なピンキードラゴンが?)
ゲイルが知る限り、そんな勇敢な個体は見たことがなかった。
(あの試験に出てた問題文……。まさか、試験官たちはこの子たちに何かしてるんじゃ……)
ピンキードラゴンの様子を観察すると、えらく張り切っていた。ますます薬の投与を疑ってしまうゲイルである。
そんな彼の横で「行くわよ!」と言いながら、テスト飛行に繰り出すエリンと、相棒に選ばれたピンキードラゴン。オレンジ色の石畳の上でドタドタと助走をつけて、バサバサと羽ばたき、彼女を背に乗せたピンキードラゴンが大空へ飛び立った。
「エリンちゃん……」
あっという間に上昇し、皆の頭上で美しい弧を描く。迷いのない彼女の姿が、ゲイルは羨ましかった。
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