第11話   喫茶店にて

 喫茶店は、エリンが父親との待ち合わせ場所に指定していた、あの店だった。入ったとたんに甘い香りが鼻をくすぐる。店内はチョコ色と苺色、それとレースの白色が良く目立つ、シックで可愛い造りをしている。女性客が圧倒的に多く、ゲイルは背中が痒くなってきた。


 お値段は、どれもゲイルにとっては顔が曇る程度。果物は好きだが甘い物は苦手なゲイルは、ほろ苦いコーヒーアイス(下から二番目に安い)をエリンに奢ってもらった。


 筆記試験の合否は、昨日の試験会場の玄関横の壁に、大きな羊皮紙が張られて知らされるそうなのだが、アンバー家が経営する宿ではそれを書き写して、全く同じ内容の紙を一階の食堂にも張り出している。


「ああ……なぁんか実感がわかねえな。試験してすぐに結果がわかるなんて。明日は実技試験だけど、何していいやら、対策が取れねえなぁ」


「そうねぇ、参考書も売ってないし、もう出たとこ勝負よね」


 実技試験として出される内容も、秘密厳守、他言無用。これに同意しなければ、試験を受けることができない。浪人生ならば試験の内容を知っているのかもしれないが……底知れぬ不気味さを感じるゲイルだった。


(どうしよ……試験官からの指示が、とても従えないものだったら、オラ受からねえよ。モンスターを叩けとか、無理やり背中に乗ってみろとか指示されたら、どうすればいいんだ……伯爵様に何があったのか知りたかったし、叶うなら原因を突き止めて、伯爵様にかかった汚名をそそいで差しあげたかったなぁ……。夢を諦めるしか、ねえのかな)


 明日のやる気が、どうにもわかない。しかしやる気が出ないから欠席だなんて、勉強してきた時間と、遠路はるばる来た労力と、故郷の皆からの応援を無駄にするみたいだ。


(まあ、やるだけやってみるか……せっかく筆記は受かったんだしな)


 悩んでいても、明日に何が待っているかなんて予想できない。山勘が当たるエリンも、さすがに見当もつかないと言う。


「何が出るのか全然わかんないけど、それはそれで私、楽しみにしてるのよ。明日の試験も合格したら、ゲイルが国家テイマーになりたい理由も聞くことができるし!」


「ははは……そげな楽しみにされる内容でもねえんだけどなぁ」


 それでもエリンにとっては、とても楽しみな目標らしかった。彼女は思いつく限り頭を捻って、明日は何が待ち侘びているのか、たくさん考えて話してくれた。モンスターの餌を手早く作る時間を競うだとか、姿がそっくりのモンスターたちに付けられた愛称を間違えずに呼び分けることができるか、だとか、大変気難しいモンスターをその気にさせて、指示に従わせる試験だとか。


「いっぺえ思いつくんだな。どれもこれも、実際に出されそうな問題だ」


「でしょう? 私、モンスターについていろんなこと想像するの大好きなんだ」


 始終楽しそうなエリン。自分と誰かの両方が得になる事に、惜しげもなく時間を割ける彼女は、きっとこれからも人々に愛されながら成長してゆくんだろうなと、ゲイルに感じさせた。


(すげえな、この娘っこは。オラもいつの間にか、元気を貰えちまってるだ)


 ただ一つ気がかりなのは、当店特製ジャンボパフェの苺味のあとにチョコ味を注文して、ペロリと平らげてしまったこと。食べるペースが早すぎる上に、糖分過多である。


 クレアはモンスターでも食べられる大きなクッキーを齧っていたが、エリンのパフェのが美味しそうに見えるのか、不服そうにしていた。


「それにしても、昨日の試験内容はすごかったわね〜。この世にはいーっぱいモンスターがいるから、どの子が試験に出るかなんて、それこそ全部の生態を丸暗記してないと解けないくらいじゃないかしら。私もモンスターは大好きだけど、さすがに全種は覚えきれてなかったわ。たまたま山勘が全部当たってくれただけ。試験も、運よね。得意な分野や、勉強してるところが出てくれないと、受かんない可能性だってあったわ」


「え? んだけど、ほとんど人間の生活に密着したモンスターばっかり出てたから、そこまで難しくなかったよ。むしろ、エリンちゃんの学園の子たちは勉強不足だべよ。感謝して当たり前のモンスターたちばかりだったぞ?」


「え? そうなの? ゲイルの住んでる所って、試験に出てたモンスター達に助けられて生活してるの?」


「んだ。伯爵様がピンキードラゴンをいっぺえ連れてきてくれたから、今はもっと便利になってるど。荷物の配達とかな」


「へえ〜。王都だとモンスターよりも人間が働いたほうが早く仕事が終わるから、あんまり頼って生きてないのよね」


「うちはそもそも住んでる人口が少ねえからな、モンスターと助け合わねえと生きていけねえんだ」


 モンスター無しでは生きていけない土地の話を、エリンがわくわくしながら聞いているのが表情だけでも伝わってきた。


「じゃあ、昨日の試験はゲイルにとって、たくさん感謝できた日になったのね」


「エリンちゃんにも、感謝してるよ。オラんとこの本じゃ、クレナイキャットのこと載ってなかったから。エリンちゃんに会えて本当に助かっただよ」


「ふふふ、もっと褒めてもいいのよ〜」


 テーブル横を通り過ぎようとした店員に、エリンがレモンパフェを追加で頼もうとしたため、さすがに止めたゲイルだった。


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