第10話 試験後の喧騒
(んん……朝か。昨日は、なーんか辛かったな……)
アンバー家の運営する宿で目が覚めた。寝苦しかったのか掛け布団がぐしゃぐしゃになっている。起きあがろうか、それとももう少しこのままでいようか、本気で迷うほどに気分が悪かった。
(たしか、夜通し試験官さんが答案用紙を丸付けしてくれて、翌朝には、結果がどこかに張り出されるんだよなぁ……どこだったっけな。オラの名前、あるかなぁ……あっても無くても、恥ずかしいなぁ)
扉がドンドンドンッ! とノックされた。
「ゲイルさんだっけ!? お願い、今すぐ来て! エリンが大変なの!!」
聞き慣れない女性の声で、かなり切羽詰まっていた。おまけに、昨日から世話になりっぱなしのエリンがピンチだと。
ゲイルは飛び起きた。
「すぐに行きます!」
一階まで駆け下りたゲイルは、食堂の前に生徒の人だかりができている光景に、ますます嫌な予感がした。エリンのものだろうか、食堂の中から金切り声が聞こえるが、なんと言っているのかまでは、廊下にいるゲイルにはわからない。
「ちょっとすんません、通してくだせえ」
大きな体のゲイルが、生徒達の間を縫って進む。食堂に入ると、お手洗い男子にエリンが囲まれていた。暴力沙汰にこそなっていないが、ものすごい剣幕で言い合いしている。原因は、教科書にも載っていないクレアの生態が試験に出た件についてだった。
「今回の試験に、パパの権力なんて関係してないわ! クレアのことが試験に出たのは偶然よ! 私も知らなかったのよ!」
「嘘つくな、このイカサマ女! どうせお前の父ちゃんが、試験官どもに金配りまくったんだろ! うちの娘だけに有利な問題を出してクダサイ〜ってな!」
「パパがそんなことするわけないじゃない! パパをバカにしないで!」
傍らに控えているクレアが、今にも男子生徒たちに飛びかからんまでに険しい形相に。剥き出しの歯茎と犬歯が、そら恐ろしい。
(あの子ら、試験が上手くいかなかった腹いせに、エリンちゃんに当たってるのか)
世界で唯一発見されたクレナイキャットを保護している時点で、贔屓目に見られてもおかしくはない状況だが、エリンの「クレアを知ってもらいたい」という性格が、周りにもしっかりチャンスを与えていたことをゲイルは知っている。
「おはようさん! グレートレンから来たゲイルってもんです」
食堂へ入ってきた時と同じように、皆の中に割って入った。イワシの群れは鯨を抑えられない。
「げ、また魚野郎だ!」
「オラは昨日この王都に来ました。クレアちゃんとも昨日会ったばかりで、ほんとに珍しいモンスターで、オラも生まれて初めて見たんだ。でも、オラは試験の答案用紙に、クレアちゃんについて答えを書くことができた。エリンちゃんがオラにも親切に教えてくれたからだ」
ゲイルはイワシの群れを見回した。
「なして君らはクレアちゃんについて、エリンちゃんと一緒に調べたり勉強しなかったんだ? 珍しくて対処がわからないモンスターがいたら、調べたくなるのがテイマーじゃないのかい? 君たちはテイマーを育てる学校の生徒さんだろう? どうしてクレアちゃんについて調べなかった。エリンちゃんは、聞いたらオラにも教えてくれたんだべよ?」
ゲイルが太い眉毛を吊り上げた。
「試験が上手くいかなくて面白くねえのは、ただの勉強不足、それと熱意不足だ。エリンちゃんのせいじゃねえ!」
「なんだよ、このおっさん。子供同士のケンカにムキになって割り込んできやがって、気持ち悪ぃ」
何を言われてもその場を動かず、見上げる壁のように立ちはだかるゲイルの様子に、だんだんと興が冷めたか、イワシの群れが「行くぞ」の声とともに、食堂を後にした。彼らがちゃんと朝食を食べたのかゲイルにはわからないが、今日はエリンと一緒に食べようと思った。なんとなくだが、あの様子ではまた隙をついてエリンに絡んできそうな気がしたから。まるでしつこいクレーム客のようだと思った。
「ゲイル……」
エリンの呆然とした声に、ゲイルはハッと振り向いた。
「すまねえ、出しゃばっちまったな」
「ううん、すっごく嬉しかった! ありがと、ゲイル!」
手を叩いて大喜びする彼女の様子に、ほっとするゲイルだった。
「エリンちゃんの友達に、助けを求められたんだ。お礼は、その子にも言ってやってくんろ」
「うん、後でしっかりお礼するわ。二人ともありがとうね」
はしゃいでいたエリンは、食堂の外で見守っている生徒たちの気配に気がついて、大きなため息一つ、ゲイルを見上げた。
「今日はここにいたくないわ。朝ごはんご馳走するから、私のお気に入りの喫茶店に行きましょ」
「ええ? そんな、悪いべよ、自分の分は自分で払うべ。王都って物価高えし」
「あら、今日のお礼よ、受け取って。って言うより、私の気が済まないから付き合ってよ」
また何かのお礼に、金銭的な援助を受けてしまうのかと……いつか絶対に何かの形で返すからとエリンに誓って、ゲイルは喫茶店に付き合うことにした。
「そういえば、ゲイルは食堂の壁に貼り出されている合格者の数字を見た?」
「え?」
「その調子だと、まだなのね。ついてきて!」
ぐいぐいと腕を引っ張られて、あれよと言う間に、食堂の外に出されるゲイル。目があった生徒全員に「どうも……」とお辞儀しながら、本当に食堂の壁に貼り出されていた、ペラペラの質の悪い紙に、たった十名分記された数字の羅列を見て、目が点になった。
「ありゃりゃ、こりゃまた随分とあっけなく発表されるもんだなぁ」
「合格おめでと、ゲイル」
「エリンちゃんもな」
「ふふふ! 私とゲイルだけが、昨日の試験の合格点数に届いてたのよ」
浮かれるエリン。それとは真逆に、ゲイルは後ろの生徒たちの視線に、背中を刺されるような圧を感じた。
(こ、ここにいる全員、エリンちゃん以外……気まずいべよ、さっきは勉強不足だとか偉そうに説教しちまって、頑張っても上手くいかなかった子だっていただろうに、オラの配慮が足りなかったべ……)
まさか二人しかいなかっただなんて、夢にも思わなかった。あまりのことに、別の宿を取って逃げたくなってくる。
一方のエリン、頑張った結果が出たのは悪いことではないと知っている彼女は、変に悪びれる素振りもなく、むしろ来年の試験対策がしたい子の相談もさっそく受ける気でいる。
(ゲイルがいてくれて良かった……。明日の実技試験が終わったら、もっともっと王都を案内してあげたいわ。最近できたアイス屋さんに寄って〜、その後は……あ、ゲイルはすぐにグレートレンに帰っちゃうのかな、寂しいわ、いつ帰るのか聞いとかないと。何かプレゼントもしたいわね)
手の甲にひたいを擦りつけてくるクレアの頭を撫でながら、試験終わりにデートの計画を立て始めるエリンなのだった。
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