第9話 奇妙な問いかけ
我が国の領土で発見され、我が国の繁栄と発展に大きく貢献してきたピンキードラゴン。国旗にも描かれ、王家の紋章にも採用されている、歴史ある古き友であるモンスターだが、唯一にして最大の弱点と指摘され続けてきた性質は何か。
(……臆病な気質。ピンキードラゴンは、山鳴りにもびっくりして、しばらく空飛べなくなるほど怖がりなんだ。これは、昔の人がピンキードラゴンを過保護に可愛がっちまった影響なんだって書物にはあったけど、もとからなんじゃないかな〜。人間が保護しなかったら、絶滅してたんじゃないべか)
昨今、他国との貿易衝突が耐えない我が国が直面している、深刻な領空侵犯・領海侵犯について、ピンキードラゴンを偵察に送り出すために有効な手段を簡潔に記せ。
(えええ……? えーっと……うちの牧場では、猛吹雪の中で各家に物資を届ける際は、初めての道だと怖がって飛んでくれねえから、春のうちに何度も往復させて、道を覚えてもらうんだ。だから……普段から自国の領空内を飛ばせてやることで、スムーズに偵察に行けるようになるんじゃねえかな。あとは、一匹だと怖がることがあっから、仲良しな個体たちと群れで移動させてやることだな)
現在我が国では、ピンキードラゴンの気質を一時的に変化させる薬の開発が勧められている。貴殿は国家に仕えるテイマーの自覚を持ち、有事の際には王命に従い、薬の投与をピンキードラゴンに行う。
はい いいえ
(えええ!? どっちかに丸しろってことけ!?)
臆病な気質のピンキードラゴンに、薬物を投与して興奮状態にし、有事の際の兵力にすることを、暗に示す文章だった。
(そ、そんな……オラたちの村にとって、あの子らは掛け替えのない相棒だ。臆病過ぎる性格だって、オラたちが合わせたり対処してやれば、充分に役立ってくれるだよ。それを……オラ、友達に薬なんか打てねえだ!)
「あと三分! あきらめずに頑張りなさい!」
ゲイルは今日一番苦悩した。それこそ頭を抱えて葛藤した。
(伯爵様……あんたにいったい、何があっただよ。オラは……知りたい!)
はい に丸をつけた。
「終了だ! 皆、筆記用具を机に置きなさい! 答案用紙はそのまま触らず、速やかに会場を出ること。そこ、答案に触らない! 速やかに従いなさい!」
もだもだする受験生めがけて鋭い声が飛ぶ。繰り返される、従え、という単語に、ゲイルは別のことを指示されているみたいで、最悪な気分で退室したのだった。
試験会場どころか、この建物からも退出させられ、戸惑う受験生の中に、ゲイルも混じっていた。前回も受験した者が、興奮気味に仲間と会話しているのが聞こえてくる。年々、筆記試験の試験官の態度がきつくなっているらしい。今年はお手洗いにも行かせてもらえず、なんだか余裕がないように感じたとのこと。
(余裕……? 試験官の人たちが、焦ってるってことだべか?)
ゲイルはこの国の現状に、詳しくなかった。一年の大半を真冬のような気候で過ごす、あのグレートレンの大自然と闘いながら生きるだけで、手一杯だった。
「なあ、なんか変な問題、あったよな……」
「仕方ねえよ、国家テイマーになるってことは、国家の犬になるって意味でもあるんだから。もしもどこかと戦争になったら、モンスターなんて戦争の道具にしか、使い道ねえだろ。戦時中でもエサ代かかるし、国のために働かせないと」
「う、うん、だよな……。でもさ、あそこまで露骨に書いてあるとさ、なんかこう、メンタルにくるって言うか……」
たまたま近くにいた二人組の会話が耳に入ってしまったゲイルも、メンタル的にしおれていた。
問題集の内容は、門外不出だ。絶対に口外してはならない。会場を出れば、涼しい顔で「あ〜難しかったな〜」などと言いながら、とぼけていなければいけない。
(ああ、オラは、なんてことを……)
試験に受かるためとはいえ、心にもないことを書いてしまった。単なる点数稼ぎと割り切る気持ちが沸かず、ゲイルは建物の外壁にもたれて、しばらくうずくまっていた。
(ここにいても、気分悪くなるばっかりだ……。もう帰ろう)
とぼとぼとオレンジの石畳を歩いてゆくゲイル。追い越されざまに聞こえてくるのは「問題多すぎ! 最後まで解けなかったよ〜」「俺も〜」「あたしも〜」。最後の大問まで解けなかった受験生のほうが、足取りが軽いようにゲイルは感じた。
(オラもあんな問題読まなかったら、もちっと元気にいられたかな……)
知らなかった頃には、戻れない。
元気な駆け足が聞こえてきた。また誰かに追い抜かされるのだろうか、そう思っていたゲイルの背中に、エリンの「ねえ待ってー」がかかった。
振り向くと、エリンがちょうど隣りに並んだ。
「エリンちゃん、試験おつかれ」
「うんもう、ほんっと最悪だったー! 問題が多すぎて、問題集の最後のページまでいけなかったの。時間もなくて、とりあえず残り五分くらいを答案の再確認に使ったけど、あー受かってる気しないなー」
「そ、そっか、エリンちゃんは、最後の問題文、読んでないんだな……」
ゲイルはほっとしていた。その反面、もしも彼女があの文面を読んでいたら、どんな反応を、どんな答えを、選んでいただろうかと気にもなった。
「それにしても、会場の人たちもひどいわよね、お手洗いにも行かせてくれないなんて。試験会場のとなりに関係者しか入れない場所があって、そこの奥にある男女兼用の個室しか使わせてもらえなかったの。まーたお手洗い男子たちがいて、時間かかっちゃったわ」
「ああ、それでオラの後ろから……。なして便所も自由に使わせてくれねえんだべかな」
「きっと、私たちに早く帰ってほしかったんでしょうね。試験官の人たちがすごい勢いで答案用紙を回収してたわ」
ゲイルにはそこまで観察している余裕がなかった。
「ゲイルは最後まで解けた?」
「ああ、えっと、オラも時間さ無くてな、ハハハ……」
ごまかし笑いを浮かべるしか、できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます