第8話 現実的な筆記試験
横に長い建物の真ん中に、玄関が口を開けていて、大勢がそこへ吸い込まれていくようだった。玄関の奥では受付担当が数人がかりで、受験生から受験票を受け取って確認しだい返却しており、ゲイルとエリンも受付に提示して中に通された。
途中エリンだけお手洗いに寄ると言うので、試験会場でまた会えたら、と別れた。
「ここが会場か……。こげにたくさんの机、初めて見るな」
全国各地からプロ・アマチュアテイマーが集まるだけあって、試験会場は広かった。こんなに大勢のテイマーが王都に集まっていたのに、モンスター連れがほとんどいなかったのは、この試験には「手懐けたモンスターで挑んではいけない」という禁則事項があったから。そのせいで昨日は相棒を連れて歩く受験生が少なかったのである。
皆、緊張した面持ちだった。相棒の世話を焼く一分一秒も、勉強に費やしたのだろう、目の下に隈が浮いている者もいる。
「ゲイル、席わかる?」
後ろからエリンの声がした。
「ああ、エリンちゃん。うん、この番号の席だよな。けっこう前っ側で、緊張するな〜」
「私はさらに前のほうの席よ。今日は頑張りましょうね」
「おう」
ゲイルも試験の時間までに、お手洗いを済ませに行くことにした。例の男子学生たちがぎっしり並んでいて、少し時間がかかった。
『ゲイルは、どうして国家テイマーになりたいの?』
ふと、今朝方にエリンから問われた声が、頭に響いた。
(たぶん、オラがここに来た目的は、ここにいる他の誰とも違うんだろうな……。伯爵様が、なして王都付近の領土から飛ばされてきたのか、それが知りたくて王都のテイマーになりに来ただなんて、普通の人さ思いつかねえだろうな)
ゲイルのモンスターテイマーになる夢は、故郷で叶えているようなもの。伯爵の次に、ピンキードラゴンの扱いに慣れていると評価され、以来ゲイルは故郷の牧場の管理と運搬業を、ピンキードラゴンたちと担っている。伯爵の過去が気にならなければ、ゲイルは今も故郷から出ずに、いつも通りに暮らしているはずだった。
着席してしばらく、筆記試験担当の試験管が数名入ってきて、辺りが静かになった。問題集と答案用紙が配られて、懐中時計を懐から取り出した試験管が、合図の声を張り上げる。
皆、一斉に問題集を広げ、鉛筆を片手に答案用紙へ食らいつくように向き合った。年に一度の国家試験、毎年の合格者は三十人いれば多いほう、テイマーとしての知名度は爆発的に跳ね上がり、同業者とも大差を付けられる。国を脅かす凶悪なモンスターをも対処する権利が降りるため、英雄のような扱いが待っている。滅多に遭遇できないモンスターの捕獲や保護する権利も付与されて、コレクター気質のテイマーであれば憧れずにはいられない。
エリンも、顔にかかる金の髪を耳にかけて、答案用紙に答えを書き込んでいる。受かれば国家の重要案件が在学中の身分であっても舞い込んでくる。それは学生の身でありながら国の案件で結果を出し、父と自分の「正当性」を周囲にアピールする機会を得られるということ。
(伯爵様……あんたは、なしてなんにも語らねえだ。オラたちは、あんたともっと仲良くなりてえ。あんたが来てから、婆ちゃんたちはずいぶんと暮らしやすくなったって言ってただよ。なして優しくてあったかい伯爵様が、たったの数名だけ連れてグレートレンさ来たのか……オラ、気になっちまってよ、こんな所さ試験受けに来ちまっただ)
問題の中に登場するのは、誰もが知っている定番のようなモンスターばかり。農業や運搬に利用されるモノ、人心を癒すために利用されるモノ、警備、子守り、卵を食用に利用されるモノ……その特性、最初に発見された場所、手入れの仕方、好むモノ、避けるべきモノ、押すと喜ぶツボの箇所、かける声の高低強弱……その他、細かな扱いの注意点。
ここまでは、参考書や教科書を丸暗記していれば解ける問題だ。しかし、問題数が膨大だ。試験官の「あとニ十分!」と言う声にびっくりして顔を上げると、会場のほぼ全員が頭を上げていた。
(もうそんなに時間が……これは問題文を読み直してる暇がないべ)
気を取り直して、残りの問題文を読んでゆくゲイル。後半の大問までたどり着いた。
(ん? なんだべ、この挿絵。クレアちゃんか?)
なんと、エリンの山勘は大当たりしていた。一年前に発見された「クレナイキャット」について、問題が出ている。
(おお、エリンちゃんに感謝だなぁ。あの娘っこに会えてなかったら、この大問、丸ごと落っことすところだったべ)
近年発見された、世界で唯一存在が確認されているクレナイキャットは、メスかオスか答えよ。
(クレアちゃんは女の子だべ。メスに丸っと)
クレナイキャットが発見された場所を答えよ。
(なんとなんと、グレートレンの、雪に埋もれた洞窟の中でグウグウ寝てたんだってな。冬眠していたわけでもなかったらしいし、ほんとクレアちゃんは不思議だべ)
発見された当初、毛色が真っ白だった。
(これは、はい、だな)
現在解明されているクレナイキャットの生態について。極寒の中で生き、現在は暖かな気候の王都にて保護されているクレナイキャットだが、この極端な温度差に適応させるために、テイマーが絶えず大量に与え続けなければならないモノは何か。
(これなぁ、塩と水なんだよな。寒い所だとほとんど飲まず食わずなんだけど、暖かい地域に移動させると塩と水をどえらい取りたがるんだわな。オラの干物にも塩が不可欠だし、水はエリンちゃんが、クレアちゃんを外出させる際に必ず噴水に水飲ませに立ち寄るんだ。夜も水たっぷりバケツに入れてないと、脱水症状を起こしちまうそうだ)
塩は、モンスターや動物には避けてやらねばならない物のはずなのだが、クレアには必要不可欠なのだった。
それらが不足すると、クレナイキャットの体のどこかに異変が起きる。どこに、どのような異変が起きるのか、簡潔に答えよ。
(鼻が乾く、っと)
王都で保護されている個体の、現在の毛色は何色か。
(赤色なんだよなぁ。安全で寝床も食料も得られる場所に移動すると、あえて目立つ色に変化するのは、群れの仲間に自分を主張して、見つけてもらいやすくするためだって説があるんだ。エリンちゃんが勝手に言ってるだけなんだけどな。おかげで人混みで迷子になっても、クレアちゃんの真っ赤な毛並みを目印に、すぐに見つけることができるんだそうだ)
その他、クレアもといクレナイキャットについての問いが大量に並んでいた。こんな密度で出されては、エリンと交流が取れなかったテイマーや、エリンがクレアのテイマーであると知らない者は、大問を丸ごと落としかねない。
(ふぅ、クレナイキャットについて、空欄を残すことなく答えが書けたど。今まさにエリンちゃんに感謝してる受験生、いっぺえいるんだろうなぁ。オラもその一人だ)
ふと顔を上げると、前側の席のエリンが片手でガッツポーズしていた。どうやら彼女も、クレナイキャットの問題に着手しているらしい。
さぞ誇らしいだろうなぁと微笑みながら、次の問題を解くべく問題文のページをめくった。
(ほっ……ようやく最後の大問だ。あと五分で解けるかなぁ。この大問を捨てて、今まで答えてきた問題の見直しをしようかな。解答欄がずれてたら大変だし……)
ゲイルは迷いながらも、最後の大問が気になって、目で文章を追っていた。
(え……? なんだべか、この問題。なんか変だぞ……?)
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