第7話   おはよう、ゲイル!

 エリンとの添い寝がよほどの非日常だったらしい、ゲイルの夢にまでエリンが出てきて、一緒に王都を観光してまわった。ずっとエリンが腕を抱きしめていて、でも夢だからか、歩行にたいした支障は出なかった。


 ほのぼのした夢から覚めて、自分史上最も激しく飛び起きて、となりを確認した。


「あれ? いない……よかった~、夢だった……」


 ほっとしたのも束の間、変な位置に移動している枕に、金の髪の毛が一本。ゲイルの髪は黒と、なぜか前髪の一房だけが青色という……。


「夢でなかった……」


 なんてことだと、ベッドにへなへなと座り込む。女学生に部屋へ押し入られて、仲良くぐっすり並んで寝てしまった。一つのベッドで。


「エリンちゃん、大丈夫かな。男の部屋からあんな格好で出てきたのを、誰かに見られちまったら……」


 扉が元気にノックされて、ゲイルはびっくりするあまりお尻で跳ねた。


「おはようゲイル! 起きてるー?」


 エリンの声だった。すこぶる元気そうである。


「お、おはよ、エリンちゃん……」


「あ~、声が寝ぼけてる。ほら、早く朝ごはん食べに下りないと、遅刻するわよ。パパから、あなたを試験会場まで送りなさいって言われてるの。だから責任持って、案内するわ」


「それはありがてえ。オラ、まだ王都の道に不慣れでな」


 彼女は先に行っていると言って、扉から足音が遠ざかっていった。ゲイルは昨晩のことを彼女が気にしていなさそうだったから、話題に出すのはやめておくことにした。


 朝の身支度を終えて、一階の食堂へ移動すると、朝から気合の入ったメニューを注文している生徒と、あっさりしたサラダのようなメニューを頼む子で、分かれていた。ゲイルはその中間の、サラダ付きオムライスにしておいた。


 玄関付近では、エリンとクレアが待っていた。生徒は全員、制服で試験を受けるらしく、エリンも昨日と変わらない服装だったが、お守りなのか手首には赤い毛糸でできたアクセサリーを巻いている。


「ゲイル、よく眠れたでしょ? 私が抜け出しても気付かないくらいだもんね」


「あ、ハハ……ふっかふかな布団で気持ち良く眠れたべさ。さすがは都会で人気のお宿だな」


「ふふ。よく眠れたんなら、パパも喜ぶわ」


 にゃあ、とクレアも返事した。今日のゲイルは筆記用具と、お昼を買うお金などしか鞄に入れておらず、干物は部屋に置いている。そのせいかクレアの態度が、昨日と比べるとそっけなかった。


 エリンがしゃがんで、クレアの頭を両手で上下に挟み込むようにして撫で撫で。


「お留守番しててね、クレア〜」


 ゴロゴロと喉を鳴らして、クレアも目を細めてエリンに頬ずりする。


 国家テイマーを選定する、年に一度の試験。不思議なことに、相棒のモンスターは連れていけず、テイマー本人だけが試験に臨む。そんなことで、国家のテイマーたる資格が測れるのであろうかとゲイルは疑問だった。おそらく、他にも妙に思っている受験生は多いだろうと予想している。


 エリンは「クレア補給~」と言いながらクレアと抱き合い、満足したのか立ち上がった。すっきりとした晴れやかな顔でゲイルを見上げる。


「頑張りましょうね! 試験に合格すれば、在学中でも国家テイマーの資格が取れて、国の大事な案件にも携わることができるわ。テイマーを目指す学生にとって、将来を約束してもらったも同然なの!」


「だな~」


「絶対に受からなくっちゃ。これからは誰からも、成金上がりなんて言わせないんだから」


 油断していたゲイルの脳裏に、昨夜の、寝不足で悩むエリンの言葉がよぎった。いつも笑顔なエリンの、心の闇が垣間見えると、なぜかゲイル自身まで悲しくなってしまう。


「ゲイルは、どうして国家テイマーになりたいの?」


「ん……? ああ、言ってなかったっけか。えーっと、ちょっと長くなっちまうかな、歩きながら話そうか?」


「あー! それならいいわ、今日の試験に合格したら、絶対に教えてね。私、楽しみにしてる!」


 何やら、ご褒美感覚で楽しみにされてしまった。そこまでわくわくされるような理由ではないゲイル、どうしていいやら、とりあえず先を行く彼女に続いて、アンバー家が経営する宿を後にしたのだった。



 試験会場までの道のりは、道脇の要所要所に看板を持った役員が立っていて、「試験会場こちらでーす!」と声を張っていたので、エリンの案内がなくてもゲイルが迷う心配はなかった。


「あら、べつに私がいなくたって問題なかったわね」


「オラ一人でも行けそうだな。エリンちゃんは他の友達のところさ行ってもええだよ?」


「んー、もう問題の出し合いっこは、お腹いっぱいだわ。今はのんびり歩いてたい気分」


 ぐっすり眠れたのがよほど良かったらしく、エリンは好調のようだった。


 他の受験生たちとともに、道案内に従って歩き続けていくと、だんだんと民家が少なくなってきて、やがて背の高い塀に左右の視界を占められた一本道が続いた。くすんだオレンジ色の特別な石畳が敷かれていて、この道が他と違う世界へ繋がっているのだと主張していた。


「あ、エリンちゃん、おはよう!」


 後ろから声がかかった。数人の、受験生らしき青年が歩みを早めてエリンと並ぶ。


「この間はクレアちゃんの生態について、教えてくれてありがとうな」


「あらいいのよ、気にしないで。とっても珍しいモンスターですもの、私だけ知識を独り占めしちゃ、もったいないわ。クレアと仲良くしてくれる人も増やしたいし」


「でも、大変だっただろ? 教えてほしい人みんなに、丁寧に教えてたの知ってるよ。よく広場の噴水のベンチで講演してたよね」


「あの時だけは、私は講義の先生だったわね。楽しかったわ」


 クレアの理解者を増やすために、エリンは自主的に講義活動を始めていた。だから初対面の自分にも気前よく説明してくれたのだと、ゲイルは納得する。最近発見されたモンスターは参考書に掲載されていないことがあるから、エリンの活動は受験対策に繋がるし、クレアの理解者も増やせるしで、双方ともに得しかない。


 エリンに声をかけ、感謝の言葉を送り、応援し合う声は、その後も後を絶たず。


(ああ、高嶺の花っちゅうのは、こういう娘っこのことを言うんだろうな……)


 ゲイルはすっかり人だかりに押されて、後ろ側を歩いていた。どんなに遠くなっても、エリンの輝くような笑顔と、彼女から元気と勇気を貰えた彼らの嬉しそうな横顔がわかる。


(眩しいなぁ)


 本当は人知れず闇を抱えて、不眠に悩んでいた彼女。それを知っているのは、ゲイルだけだ。いつでも晴れやかでいられなくなった彼女が、雨宿りに迷っていたら、そのときはまた自分のもとへ頼りに来てくれたら……なんて、都合の良いことは二度も起こらないかと、ゲイルは苦笑した。


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