第20話 店長のマリン
女性が大皿いっぱいに焼き菓子を盛り付けて運んできたから、ゲイルは大変びっくりした。慌てて席を立ち、運ぶのを手伝う。
(これはまた重そうな、立派なティーポットとカップだなぁ。おまけに、いろんな焼き菓子が載った大皿か。大ボリュームだべ)
ゲイルに運んでもらって、手ぶらになった女性は、ゲイルと同じく普通な感じのイスに座った。空いた手で、二人と一匹分のお茶を丁寧に淹れてくれる。何かのハーブのような香りがふんわりと立ち昇った。
これらのお菓子は彼女の手作りで、モンスターも食せる素材を使っており、「お友達にもあげてください」と気前よく言ってくれた。
「では、改めまして。ようこそ、ゲイルさん。私はマリン・エーゲルンと申します。このお店の店長兼社長をしております」
エーゲルン? とゲイルが眉根を寄せた。ここまでの偶然が重なりに重なれば、もう確信を得たも同然であった。
「あのー、失礼ですけど、エーゲルンって名前の貴族の人と、ご親戚じゃありませんか?」
「え?」
「あ、違うんならええんです。すいません」
大きな肩を縮こませて、おろおろと謝罪してしまう。それは自分があまり歓迎されない生まれであることを、負目に感じる故であった。
「兄が一人います。歳が二十ほど離れておりますが。カイリ・エーゲルンといいます」
やっぱり、とゲイルは椅子から身を乗り出した。
「あの! じゃあ、お姉さんはオラの、叔母さん……ってことになります」
「え?」
「……すみません、忘れてください」
すごすごと座って、また小さくなるゲイルに、女性はしばらく呆然としていたが、やがて目を見開いて声を上げた。
「まあ! まさか、あのゲイル君ですか!? 私が叔母で、あなたが甥の」
「はい!」
マリンがパァッと華やいだ。伯爵の身内が、こんなに自分のことを嬉しそうな顔で認めてくれたことが、ゲイルは想像以上に嬉しくて、自分でもびっくりするほど明るい声で返事してしまった。
「兄は、元気にしていますか? 手紙には事務的なことばかり書いてあって、いまいち調子を測りかねております」
「いや、あの、オラも一回しか会うたことがなくて……すんません。たぶん、元気なんだと思います。手紙には、事務的なことしか書かれてなくて、戸惑うけれど」
伯爵に対して同じような感想を述べたことが、遅れておかしくなってきて、二人して小さく肩を揺らした。
テーブルにこっそりと腕を伸ばして、焼き菓子をむしゃむしゃ食べるピンキードラゴン。伯爵が連れてきたモンスターなのだとゲイルが紹介すると、マリンはますます嬉しそうに目を細めた。
「どうりで、懐かしい雰囲気の漂う子だと思いました。兄がグレートレンに行く前は、私の遊び相手はピンキードラゴンだったんです」
「妹さんがいるって噂は聞いてましたけど、まさか、こげな所で会えるなんて、とんだ奇跡だ」
「ええ、本当に。王都へは何をしに来たんです?」
「えーっと……その、観光に」
試験を受けに来たけれど自分の意思で蹴っ飛ばして落選した……なんて複雑な状況は、説明できなかった。絶対にマリンを心配させてしまうし、自分自身がしでかしたことと人手不足で悩むマリンは、無関係であると思った。
「そうだったの。一度くらい王都に来て見聞を広めるのも、良い人生経験になると思うわ。この店に来たのは、偶然なの?」
「はい。まったくの偶然です。だから尚更、びっくらこいてます」
あの時、看板を見た相棒が、チラシを指差してくれなかったら、ゲイルは一生マリンに会えなかったかもしれなかった。
「あのぉ……このお店って、何の商売さやってるんですか?」
「え?」
「いや、あの、扱う品物の、種類と言うか……」
「あ、そういうことですか。うちはですねぇ、人と人とのご縁を結ぶための、お手伝いをしております」
「ご縁を……あ、そう言えば外にいた女の人が、ここに来ると必ず結婚できるーとか喚いてたな」
ゲイルの頭を、持っていたバックで思いきり殴りつけてきた女性であった。叩かれたところが、まだ微妙にジンと痛む。
マリンの顔も、曇ってしまっていた。手持ち無沙汰に、自分のカップにお茶を注いでいる。
「それはー、そのー、必ずというわけではないのですが、幸運なことにここ最近はカップルの成立が多くて、そのうちの大半がご結婚されているのです。ありがたいことに、店の評判も上がりまして、ですがご予約が五年先までパンパンに詰まっておりまして、そのことでお怒りになるお客様も、少なくないんです……」
しゅんとする女性店長のマリン。ですが、とすぐに顔を上げる。
「どんどん仕事をこなして、お店の回転率を上げれば、これからも軌道に乗り続けていられると信じています。今は頼りにしていたテイマーの男性が、ご年齢を理由に退職してしまって、とても困っていますけれど、外に募集のチラシも張っていますし、なんとか新しくテイマーさんを雇って、立て直しを図っているんです」
「……あの、いちおう、オラもテイマーの端くれでして」
「ええ!?」
「ちょうど、お仕事か何かもらえないかと、思ってまして」
「えええ!? そ、それは願ったり叶ったりです! え、どうしよう、こんなことってあるんですねぇ! こんなにご縁が重なると、私の結婚相手も見つかってしまいそうですー!」
両手をほっぺたに当てて、黄色い声を上げて大歓喜するマリン。今まで本当に困っていたんだと同時に、本当にこの商売が好きなのだと伝わってきた。なんとかしようと、ずっと悩みに悩んできたんだなぁとゲイルは思う。
「あ、そうだ、ゲイルさん。ここでのお仕事は大変特殊なものでして、もしかしたらあなたに合わないかもしれません。そこで、ゲイルさんがこの仕事を好きになってくれるかどうかを、バイト期間を設けて、考えてもらおうと思います」
「はい」
「では、今か明日にでも、面接をいたしましょうか。ここでの仕事内容と、ゲイルさんの自己紹介が主になりますが、大丈夫そうですか?」
「はい、今日でも今でも大丈夫ですよ」
ゲイルは財布をスられて大変困っていることを、この女性に伝えようかどうか迷ってしまった。もちろん給与分は働く。その上で、明日の宿のアテもないから職場の適当な場所で寝泊まりさせてもらえないかどうか……はたして、そこまで甘えていいものか、自分が恥ずかしくなってくる。
(情けねえなぁ……。せめて、雨風しのげるところだったら、この職場の硬い床でもどこでも、構わず寝るよ。けど、そうなった場合このピンキードラゴンを誰かに預かってもらう羽目になるかも。伯爵様から預かってる、大事なモンスターだもんなぁ)
めちゃくちゃ情けなくて恥ずかしかったけど、ゲイルは正直に、マリンに相談した。すると、二階の仮眠室が空いているから、そこで寝泊まりしたらどうかと提案された。
「ごめんなさいね、かわいい甥っ子が困ってるんだから、お給料を前借りさせてあげたいけれど、一つ例外を作ってしまうと、他の従業員さんに示しがつかなくてね」
「いえ、マリンさんのせいじゃないですよ。オラがうっかりしてたのが悪いんですから」
犬猫に比べると大きなピンキードラゴンのために、二つしかない仮眠室を、しばらく両方とも使わせてもらえることになった。
ひとまず、伯爵印のピンキードラゴンを守ることができて、ゲイルは自分の宿が決まったことよりも、安堵したのだった。
(マリンさんがええ人でよかった……本当にこの出会いは奇跡だなぁ)
絶対にこの店とマリンの役に立とうと、固く胸に誓ったのであった。
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