第21話 ダンジョンのある場所
「あのー、この店のコンセプトになってる『ダンジョンを攻略して仲を深める』ってやつの、ダンジョンってどこにあるんですか?」
ゲイルは店内をざっと見まわした。どう見ても、カップルがわいわい歩き回れるほどの広さがあるように見えない。奥には事務机があり、その先にお客さんを通すのは少し考えづらかった。
マリンはゲイルの視線の先を追って、背後の事務机を眺めていたけれど、ピンとくるなり椅子から立ち上がった。
「そうですよね、あなたの職場となる場所なんですし、肝心なところですもの、知りたいですよね。説明するよりも実際に見たほうが早いと思います。今、お時間は大丈夫ですか? 少し出かけますよ」
「え? まあ、時間なら、ある方だと思いますけど……」
一刻も早く故郷に帰って、傍らのピンキードラゴンを牧場に戻したいのだが、帰るための旅費を稼がなければ、どうにもならないから、結果的に「時間はある」と言わざるを得なかった。
マリンは壁にかかった大きな白い帽子を頭にかぶると、手提げカバンを持って、玄関へと歩いて行った。そして二階めがけて「ちょっとダンジョンに行ってきますね。留守番よろしくお願いしまーす」と声を張った。
すると、バラバラに返事が来た。スタッフは二階で事務作業をしているのだと言う。では、一階奥の事務机は誰のものかと聞いたら、店長兼社長であるマリンのものだと返ってきた。業者さんや取引先と話をする際は、奥まったバックヤードですることが多いのだと言う。
「では、行きましょうかゲイルさん」
「はい。ダンジョンって、どんなところなんだろうな。モンスターがいっぺえ出てくる、洞窟みたいな所だって、昔子供の頃に聞いたことがあるけれど、見つけても絶対に入っちゃダメだって言われてました」
「フフ、そうですね、たしかに子供だけで入るのは危険ですけど、これから行くのは、人工的に管理された安全なダンジョンです。中に放っているモンスターも、我々が預かって管理している、大事な従業員ですよ。人間を引っ掻いたり、食べたりするような子は一匹もいませんから、そこは安心してくださいね」
「マリンさん達の相棒なんですか?」
「いいえ? モンスターの中には、とてもやんちゃな気質や、戦いが大好きな性格の子がいるでしょう? そういう子たちを集めて、お客さん達と戦わせるんです」
「ええ!? 危ないべよ!!」
「フフ、言ったでしょう? 人間を襲ったり食べたりする子は、一匹もいないって。あの子たちは、ちょっと遊びが過激なだけで、じゃれているだけなんですよ。ちゃんと引き際もしつけていますから、お客さんをどこまでも追いかけて、飛びつくなんて事はありませんよ。死んだふりだって上手なんです」
「本気を出したお客さんたちに、殴られたりしませんか? オラ、そういうのを見るのは嫌なんです」
「本気で死闘を繰り広げるわけないじゃないですか。お客さん達には、手に大きなボールをいくつか持ってもらって、それを的確にモンスターに当ててもらう程度しか、攻撃手段がありません。ボールも柔らかい物ですから、モンスターも怪我をしませんよ」
「なんだ、お遊び程度の威力だったのか。よかった」
「確かに、こうして話していると子供のお遊びのようにも聞こえますよね。でも、全力で必死にボールを投げたら、結構疲れるんですよ? 目の前に接近してくるモンスターたちも、大迫力ですし、とってもドキドキしますよ。お互いが助け合わないと、手強くてなかなか前に進めないかもしれませんね」
マリンがいたずらっぽく、片手で口元を覆って笑った。一見おしとやかに見える人だが、元気なモンスターの遊び相手と、ドキドキしてパートナーを見つけたい人の願望を、両方とも叶えている、かなり合理的な人だった。
そして、ちゃんとモンスターと人間が怪我しないように、両方ともの安全をしっかり考慮してくれて、両方とも楽しみながら、思い出を作れる、そんな方法も編み出せる、素敵な人だと思った。
(オラ、ここでならやっていけるかな)
自分と価値観が似ているマリンが経営する、マリッジ・アリア。ゲイルは頑張れそうな予感がした。
相棒のピンキードラゴンを連れて、マリンの案内に従い、並んで歩く。伯爵の城で飾ってあったあの絵画の女性が、すぐ真横で一緒に歩いているという、この奇妙な事態。絵画の横顔よりも、大人っぽくなったその女性は、深く被った白い帽子を、その黒髪を隠すためにかぶっているのだと、ゲイルに悟らせてしまった。
(どうして伯爵様の妹が、商売をしてるんだろう。いや、働いてる貴族の人だっているけど、庶民の婚活をサポートする職業って……しかも彼女が社長なんだから、世の中わからないことだらけだべ)
伯爵のことが個人的に色々と知りたいゲイルだったが、なんだか、聞くのに躊躇した。大きな白い帽子のせいだと思う。身長差があるので、ゲイルからは彼女の表情がよく見えなくなっていた。
顔を隠し、特徴的な髪色を隠し、それでも人のためになることがしたいと……素晴らしい女性だと評価できる反面、伯爵家の令嬢が、どうしてこんなところにいるのか、それもさっき変な女性客に偉そうに怒鳴られていて、誰かに言われなければマリンが貴族の女性だとは、誰も気づかないくらいだった。
(……きっと、初対面のオラが気安く触れて良い事情じゃないんだろうなぁ。でも、オラにとっては実の父親のことだから、いろいろ知りたいなぁ。あ~、じれったい。すぐに聞けばわかることが、こんなにも聞きづらいだなんて。いったい、あんたたちに何があったんだべよ……)
こんなに人の多い王都で、偶然が重なり合って巡り会えた身内なのだからと、ゲイルが意を決して、口を開こうとした、その時、あのオレンジ色した石畳が視界に入ってきて、驚いた。
ゲイルが悩んでいる間に、試験会場へとマリンが歩みを進めていたのだ。
「あの〜、マリンさん、この道の先には試験会場しかねえですよ?」
「はい、そうですね」
「そうですね、って……あの、試験会場に用事が?」
「いいえ? どうしてそんなこと聞くんです?」
「いや、あの、この先には試験会場しかねえはずなんですが」
「え? ああ、違いますよ。実技の試験会場の下の階層に、昔使われてた『人工ダンジョン』があるんです。そこを私が、特別に使用させていただいてまして」
「昔の時代に、使用されていたダンジョン?」
「はい。昔の国家テイマーの実技試験に使われておりました。私も、一昔前の書物を読んで知ったんですけどね。パートナーのモンスターと協力して、人工的な罠や、戦闘訓練用に教育されたモンスターと戦い、最下層にある宝箱から、合格証明書を手に入れて、また地上まで戻ってくること。これが昔の、国家テイマーの実技試験だったのです」
「へえ〜、オラもそんな形の試験がええな〜。今の実技試験は、なんか嫌な感じがするだよ」
マリンの微笑みが、ふと陰った。
「兄と同じことを言うんですね……。さすがは親子です」
「はは……あんまし似てねえなって、よく人から言われるんだけどな」
似ているだなんて。初めて言われた。
実技試験の会場は、筆記試験会場の奥にある。マリンは筆記試験の会場の玄関をくぐっていった。道中すれ違った会場の従業員たちと、笑顔で挨拶し、建物内でも、そのやりとりは変わらなかった。
(マリンさんは、ここの人たちと顔なじみなんだな。って、当たり前か、マリンさんが仕事で使う場所が、この下にあるんだしな)
建物内は、ゲイルが初めて来た時と同じように、どこかピリピリした空気を放っていた。広い建物の中に、スーツを着た従業員がそれぞれの役割に従って、廊下を往来している。ゲイルには、彼らが何の仕事をしているのか、全くわからなかったが、この会場と、国の軍が結びついているとわかってしまった以上、あんまり長居したくない場所であった。
(まさか自分のバイト先が、ここと繋がってるなんてなぁ。こういう縁は、ちょっと嫌だなぁ。マリンさんがくれた仕事だから、文句言わずに覚えるけどさ)
筆記試験会場を通り抜けて、次は実技試験会場へ。二つの建物は、廊下一本でつながっていた。マリンいわく、この二つの建物は、他の資格の会場や、特別なセミナーなどでも使用されるのだと言う。近隣の小さな子供たちを集めて、発表会なども行われるそうだ。
王都の人たちにとって、けっこうなじみ深い建物だった。
「そげなところに、ダンジョンさあるのけ!? みんな知ってるのか!?」
「知っている人もいれば、知らない人もいる、という感じですね。でも、知らない人の方が多いと思いますよ。特別な許可がおりない限り、ダンジョンには入れませんから」
「婚活したい人たちが入っても、大丈夫な所なんだべか? 入るには何か資格がいるとか?」
「身元がはっきりしていて、国からの許可が下りたら、入ることができますよ。参加費用の一部が、ダンジョンの維持費に使われているんです。皆様のご縁が結べて、ダンジョンも綺麗になって、暴れん坊なモンスターたちも適度に発散できる、一石二鳥ならぬ、一石三鳥ですよね」
そう言って微笑んでみせるマリン。
ゲイルは何もかも軍とつながっているような気がして、国民とは国と一つになっていろいろとつながってしまうのは仕方がないことなのだろうかと、少しナーバスになった。
(オラの頭がガキなんだべか……。今まで、グレートレンだけが世界の全てだったしな)
その後、二つの会場をまとめる一番の責任者の男性がやってきて、マリンと会話し、彼女はゲイルを連れて実技試験会場の地下一階の階段を、下りていった。
頑丈な観音開きの、錆びついた扉の向こうには……
(うーわ! 思ってたよりも規模がでけえ! オラ頑張って仕事さ覚えねえと!)
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