「もらはらの山」

低迷アクション

第1話

 「今は何処の職場環境も、色々難しい…ホントに」 


行政技能職員に転職した“R”は勤続3年目…職場は市の本庁勤務ではなく、山深い地元の山林管理センター…


こう言った本庁から外れた公共施設管理は、公務員にとって、いわゆる“姥捨て山”である。本庁で使い物にならなかったのが事務職として左遷され、


センターの現場業務で雇用された技能職員は、彼等の人数調整、出世の足掛かり要員としての役割を与えられる。


管理すべき施設自体も本庁の事務職が出世するために、簡単に競札に出され“民営化”される。落札した管理会社のほとんどは市上層と縁故があり、お互いの利益、関係性を高める事のみに重きを置く。


実際、Rが入る前にセンター内8割の部署が民間になった。彼が就職する段階でも、民営化の話は出かかっていた。それを踏まえての勤務…


職場内も実に“器の小さい人種”と“僻みの塊”のような輩しかおらず“公務員”である事と“残業無し”有給が実に簡単に取れると言うメリットがなければ、3日で辞めていただろう。


この状態は2つの出来事により、激変する。


1つは、頻発する自然災害と流行り病…映画の中でしか見られないような瓦礫群…正体すらわからない感染爆発は多くの被害と死者をもたらした。


平成、令和と続く未曾有の災害、疾病に対して、民営化された病院、ごみ収集業務と言った生活のライフラインを保つ重要なセクションが“民間”を理由に、出勤を拒否できる立場になっていたため、都市機能がマヒし、復興、感染対策が遅れると言う問題が発生する。


近い例で、公共民営化が顕著な〇〇府は、疾病に携わる看護職員が不足し、法外な給与で他県から職員募集を募ると言う、実に間抜けかつ、後先考えない手抜き市政を世間に晒した。


2つ目は働き改革、いわゆるハラスメントへの対応強化である。


かつての経済成長時に埋没された社会人達の苦悩が時代の変化により、浮き彫りにされた。


今では、政府、大手産業、エンタメ業界と言った社会構成要素全てがハラスメントに該当し、それらと同様に、古い体制を謳歌し続けてきた地方自治体も例外ではない。


Rの市役所では、今年に入り、職員の5割が旧態依然な上司からハラスメントを受けていると訴え、改善処置を行った後も、解決を答えたのは1割…加えて政府不振の煽りを受けたのか?ハラスメントの勢いによる密告か?キックバック不正の問題も露呈した。


皮肉な事に、山林センターは、これらの影響を全く受けなかった。3年と言う月日はハラスメント紛いの職員を退職、長期の病気休暇、自殺に追い込んでいた。


元々、姥捨て山と揶揄される場所、送り込まれたり、元からそこに勤務した者達に逃げ場はなく、後輩や同僚をイジメていた者達は、


年を取る、定年を迎え、立場が逆転する事に恐怖を覚え、ごく自然に淘汰された結果、休みも取れ、仕事も楽な“働・き・や・す・い・環・境”に変化していく。


一番の問題である民営化も直近の災害を見るにつけ、今の所は大丈夫そうだ。

Rの代で止まっていた技能職採用も今年から再開される事が、それを保障している。


姥捨て山は、本庁の大火や世間のハラスメント嵐を対岸の火事として眺める事が出来た。何の不安もない安定した職場…


とは、いかない所で、この話は始まる…



 「またかよ…クソッ」


Rは毒づくと、通勤用のバイク籠に置かれた“賞味期限切れのコーヒー”を林に投げ捨てた。


相手はわかってる。同じ現場職員の“L”だ。Rより2年程先に入った、一応の先輩に当たる。この先輩が事あるごとにRにちょっかいを出してきていた。今までは…


だが、コーヒーの例を見るに、どんどんエスカレートしてきている。それこそ、ハラスメントに該当しそうなレベルに…


理由は特にない。自分の方には…仕事では、別の班だし、顔を合わせるのは、詰め所内のみ、Lの家庭は揉めていると聞く。それとも…連中の陋習に引っかかったか?


聞けば、L達は淘汰された先代達から相当しごかれたそうだ。それは、ハラスメントやイジメ、暴力に匹敵するような事すらあったと言う。


だが、彼等の器が本当に小さいと思うのは、自身達が受けた事を後輩に伝え、イジメの連鎖を絶とうと言うのではなく、


「俺達が嫌な思いをしたのに、後から入ってきた奴が楽しくするのは悔しい」


と言う非常に矮小な嫉みだ。L自身も、本庁の騒ぎに対し、


「今は可笑しいよな?何でも、ハラスメント、ハラスメントって。ハラスメントって何だよ?」


と、自分の心にやましい事があるのを、逆にアピールしてしまっていた。それによって、Rに対する表だった、からかいが減ったのはいい。


しかし、代わりとして、山作業で拾ってきたマネキンの首や手、賞味期限の切れた商品、所謂、ゴミを駐車場に停めてあるRのバイクに置く行為が始まった。


小狡いと思うのは、ゴミと言っても、そんなに汚れてないモノ、他者が観ても“からかい”程度に済みそうなモノを選んで入れている点だ。


こちらが詰め所内で指摘しても、


「何だ!おおーいっ!?俺、疑ってんのかぁああ?証拠!証拠は?なぁっ、皆ぁっ?」


と、大袈裟な仕草に、おどけたような嬌声を上げ、周りを巻き込み、冗談に済ませる流れを作ってしまう。周りの同僚達も、自分に矛先が向かないように、控え目な同調か無視を決め込む。


そんな嫌がらせとからかいの微妙な事象では、ハラスメントを訴えても、自意識過剰と見られ、逆にRの方が非難の目を向けられる可能性がある。


仮にハラスメントとして、認定されても、本庁と違い、ここにいるしかない。周りの冷たい視線の中で勤務できる程、Rのメンタルは強くはないだろう。


結局は泣き寝入り…


怒りに体が震えるが、


「何だ?ぷるぷるして?怒ってんのかよ?」


と揶揄されるのが、目に見えている。ただ、耐えるしかない。そんな日が続いた…



 (だったら、証拠をつかむ)


バイクの籠に泥だらけの野菜が突っ込まれた翌日、Rは駐車場近くの林に身を潜め、スマホを構えた。


今は作業終わりの待機時間、終業までの1時間…


全員が詰め所、喫煙所、事務所でたむろし、談笑するこの時間が最も怪しい。


夕日が傾き、一気に冷え込む時間、寒さに体が震えるが、構わない。管理センターの駐車場周りは高い林に囲まれているので、すぐに真っ暗…嫌がらせには、絶好の時間帯だ。


そもそもナマモノがつっこまれたのだ。次は何が入れられるか、わかったものではない。


センター入口から外に出てくる人間は、今の所、電話や自分の車に向かう者だけだ。出来れば、L以外の人間が犯人でない事を祈っていた。また別の心配事を抱え込むのはゴメンだ。


そう思うRの頭上に影がさす。屈んでいるとはいえ、センター内では大柄の自身より、高い存在…疑問が恐怖に変わった瞬間、頭上を生臭い息と共に、ボロを纏った何かが視界を塞ぐ。


尻もちをつき、仰け反ったおかげで、相手の全体がわかった。


ボロボロの藁を纏い、異常に背の高い女、白髪の…その枯れ枝のように長い腕には、殺してきたばかりと言った様子の野兎が握られている。


呆然とするRの前で、女?のような何かは、バイクの籠に兎を放り込むと、こちらが視えてないか?敢えて無視している?と言った感じで(ザンバラで前が隠れた顔では、目元は確認できなかったが)自身の前を通り過ぎ、林の中に消えていく。


時間にして数十秒…スマホの録画ボタンを押す事も考えられなかった…いや、撮らなくて、正解だったのかもしれない、眼前で繰り広げられたこの異常体験は…


アレは何だ?人間の姿はしていたが、とても人には見えない。不燃物などのゴミはLの仕業で、ナマモノはアイツの…そもそも理由は何だ?Lの真似?


訳がわからない。わからなさすぎる。一体、明日からどう過ごせばいい?奴の姿を撮って、上に報告してハラスメント?これはそーゆう問題なのか?とにかく、この職場にはいたくない。いられない。ハラスメントだらけの本庁だっていい………無理だ。


自分達は出られない。


そのための“姥捨て山”なのだから、ここは…


恐怖でどうしようもない状況に、全身が震えだす自身の背後にLが立つ。


後ろに何かを隠した彼は、いつもと変わらない嫌味な口調でこう言った。


「何だ?ぷるぷるして?ビビッてんのかよ?」…(終) 

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